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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 ちょっと変わったことしようか、と三ツ井が提案した。汗をぬぐうために用意しておいた手ぬぐいを目元と両腕に巻いて、かるく拘束された。ゆるく巻いてくれたから、痛いわけじゃない。ちょっとただれたお遊びで、すぐ外れそうな目かくしや手かせはもどかしく、身体の火を燃え上がらせるのに充分だった。
 次に三ツ井がなにをするのか、まったく分からない。姿が見えなくて不安。自分から手を伸ばそうにも両腕は窮屈で、三ツ井の好きにされるしかない。散々焦らされてようやく三ツ井のものが入り込んだ時、目元は涙と汗とでぐしゃぐしゃだった。
「――あっ、いやっ、いやだっ……三ツ井っ……」
「なにがいや? こんなになってるよ……」
 三ツ井の手で、欲望をぴんと弾かれる。いきなりの刺激に有宏はがくがくとふるえた。
「みえ……見えないの、も、やだあ……」
 口の中にたまった唾液が邪魔して、呂律もちゃんとまわらない。
「手も……はずして……」
「……もっと言って。このまんまで気持ちいいだろ? どうして外してほしいんだ?」
「……あっ、ああ、いやっ、」
 ぐるりと三ツ井が中をかき混ぜて、有宏は身体を引き攣らせる。先程からずっと三ツ井に触りたくて触れていないから、あの逞しく広い背中に、早くしがみついて安心したかった。
「みっ、三ツ井っ」
「言え、有宏、」
 ぱん、と音だけは鋭く臀部を叩かれ、痛みよりはその音にびっくりして、中を収縮させる。
「も、はずして……三ツ井に触りたい……」
「お願い、は?」三ツ井の声が上擦る。
「おねがい……」
 そう口にすると、生温かくやわらかいものに口を塞がれた。三ツ井の舌がねっとりと絡みつく。夢中で吸っていると、三ツ井は目かくしを外してくれた。それから腕の拘束も解く。
 ようやく近くで目が合うと、ひどく安堵した。
「よいせ」
 と言いながら、三ツ井は有宏を抱え直す。座した三ツ井に下から貫かれる格好で、深くつながったことに背をのけぞらせながらも、自由になった両手で、必死にしがみつく。
 獰猛な愛撫はぴたりとやんで、ゆらゆらあやすように、三ツ井は身体を左右に振る。
「悪い、泣かせちゃったな」
 しがみつく有宏の目元にキスを落としながら、三ツ井は呟く。
「何日も何週間も何ヶ月も前からさ、考えてるわけ。今度会ったら、どんなセックスしようかなって。一日だけだから、あーやってよかったーみたいに思えるやつを、ってさ」
「……考えすぎだよ……」
「考えるよ、そりゃ。楽しみなんだぜ、おれはさ。有宏とセックス出来るの」
「……」
「もうちょっとこのまんまでいさして」
 ちゅ、と音を立てて額にキスをされる。口をあけて舌を覗かせたら、ちゃんと塞いでくれた。キスなんか三ツ井としかしたことがないので技巧豊かとはいかないけれど、有宏はこれが好きだ。
 大学の頃は、セックスを覚えて、どんどん淫らに浅ましくなる自分を心底嫌っていた。自分のことが好きになれないから、三ツ井には嫌われそうで怖かった。いまは心地よいと思っている。素直に肯定できる。そんな自分だったら、三ツ井はまた好いてくれるだろうか、と思う。
 また恋をしてくれるだろうかと、思う。


 寝床に転がったまま、ふと、三ツ井は「なんか聞こえる」と言った。
「笛? 太鼓? 演歌??」
「ああ……お囃子、」
「お囃子……」
「毎年来てるのに、気づかないもんなんだな。七夕まつりがあるんだ。今年から地区の集会所の場所が変わったから、お囃子の音も近くなった」
「へえ。踊ったりすんの?」
「踊り連、出るよ。夜通し踊るんだ。出店もあるし、一年で一番賑やか」
「そうか……」
 呟いて、三ツ井は黙る。
 午前中からはじめた長いセックスは、午後、夕方になって終息した。隣近所が近い都会だったら声が漏れていたんじゃないだろうかと思うぐらいの、激しい行為だった。今日が祭りで良かった。みな準備でせわしく、わざわざやって来た三ツ井のことも、観光客のひとりぐらいで気にも留めないだろう。
 行為が終わったから、今日のうちに、三ツ井は帰るはずだ。
 毎年、例外を見たことがない。会って、世間話をして、セックスをして、おしまい。泊まっていきたい、と駄々をこねることもなかった。その日のうちに撤収するのがルールだと思っているのか、跡形もなく綺麗に消えてゆく。
 だから翌日は、昨日本当に三ツ井がここへ来ていたのかな、と思うぐらいだ。約束の始まった最初の六年間は家に母親がいるという理由で街中のラブホテルで会っていたから、急な宿泊だと困ったものだが、いまその枷はない。泊まっていけよ、と自由に言える。けれど有宏は言えない。三ツ井も言わない。
 三ツ井は起き上がった。シャワーを浴びて帰宅かな、と考えると、胸がきゅうっと痛んだ。だが予想に反して、三ツ井は「行きてえな」と言う。
「祭り、見に行かない?」
「……」
「ま、シャワー浴びてる間に、ちょっと考えといてよ。借りるな」
 そう言ってすたすたと部屋を出てゆく。その背中に慌てて声をかけた。
「――い、行く」
「――そうか」
 満足そうに笑って、三ツ井は浴室へと消えて行った。


 祭りの日は、道路が閉鎖される。町中のあちこちに出店が出て、各地区から出発した踊り連は町の中心部で合流する。合わせて笛や太鼓が鳴らされ、ヨイヤーヨイヤーと掛け声がかかり、夜になれば灯篭がともる。その中を三ツ井と歩くのは、不思議な感じがした。こうして二人並んで歩くのは、大学以来だと言うのだから。
 普段は見ぬ人混み、この祭りに合わせて若い人間も帰省するから、普段の町よりずっと威勢がいい。子どもも多い。後ろから駆けてきた子どもは前を見ておらず、三ツ井の足もとに思い切り直撃して、また駆けていった。小さくても踊り連と同じ衣装を着ていた。
「元気いいな」と三ツ井は呟く。楽しそうでほっとする。
 綿菓子、焼きそば、お面にくじ引きに飴の量り売り。三ツ井は屋台を見かけるとすぐ欲しがり、片端から買ってどうするんだ、と有宏は笑った。ラムネを二本買い、飲みながら歩いた。途中、三ツ井が射的を試す。三発目で当たったのはビニール製の着せ替え人形で、どうしてよりにもよってそんなものを狙ったんだと、また二人して笑った。
 時計を見ると、夜の七時だった。祭りはこれからだが、道のりを考えるならば、三ツ井はもう帰らねばならないだろう。どういう予定で来ているんだろう。怖くて、なかなか聞けない。
 楽しくて、淋しい、という感情を久々に味わっていた。大学時代に有宏を苦しめたせつなさ。しかしいまは、それを苦しいとは思わなかった。三ツ井とだったら大丈夫なんじゃないか、という前向きな気持ちが湧く。
 帰らないで。その一言が、言えない。もどかしいまま、いつの間にか周囲の人はまばらになっていた。踊りの中心部から外れたのだ。
 まだ商店街の一角ではある。端っこの無料休憩スペースには笹があり、七夕飾りがつくられていた。風に飛ばぬようガラスのペーパーウェイトでおもしをして、短冊の箱も置いてある。自由に書いていってよい、という趣旨だった。
「人の願い事って、見ちゃうよな。悪趣味だけど」と三ツ井は言った先から笹を覗く。
「絵馬とか、見ちゃう」
「でも、見られない願い事なんかないってみんな、承知してるんだろう」
「まあな。……お、受験受かりますように、だって」
 有宏も隣に立って一緒に覗いた。おばあちゃんが元気でいますように。世界平和。病気が治りますように。好きな人とずーっと一緒にいられますように。
 短冊を読み上げた三ツ井は、こちらを見ないまま「もうやめようか」と言った。
「――やめる、って」
「いまの関係」
 無理だろ、もう。三ツ井はそう言った。
「耐え切れないよ」
「――……」
「ずっと続けられるか? と考えたら、負担だと感じた。……有宏、おれな、この間まで恋人がいた」
 三ツ井の告白に、ずきっと胸が痛んだ。それは、どういうことだ? 三ツ井の顔を見ると、三ツ井もまた有宏を見た。ひどい顔色だった。
「去年の九月から付き合いはじめて、続いたら、今年は来るつもりなんかなかったさ。でも結局別れた。――有宏に会いたかったから、別れた」
「……」
「おれがおまえを裏切ったって、ひどいと思うか? でも当然のことだと思うよ。もう大学生の頃のピュアな気持ちも飛んだ。好きなやつがいて、そいつもおれのこと好きなのに、年に一度しか会いに行けないって、我ながらばかな制約を設けたよな。――淋しくて、手近にいい人がいたら、流れるのも当然だ。ちゃんと愛せたら、おまえとは縁を切るつもりでいて、」
 ふう、とため息をつき、出来なかったよ、と三ツ井は言った。三ツ井の深い悲しみが、苦しみが、有宏の足もとを這いのぼってくる。じわじわと心臓まで浸食されて、呼吸がうまく出来ない。
「……僕といまの関係が終わったら、その人のところに、戻る?」
「かもしれない。そうじゃないかもしれない。分からないけど、……おれはずいぶんと、楽になると思うよ」
「嫌だ」
 力んだ拍子に、手に触れていた笹をちぎってしまった。それをぐっと握りこむ。
「三ツ井と会えなくなる?」
「……終わらせる、って、そういうことだろ、」
「嫌だ。嫌だいやだ……僕はようやく、自分を肯定できるようになってきたのに……」
 これは、罰だろうか。恋を拒んだ自分への、天罰。三ツ井のやさしさに甘えきった罰。
「自分を好きになったら、……きみから好かれることも、いいと思えるようになったのに」
「有宏、」
 ぐっと三ツ井の身体が近付き、顔を覗きこまれた。「それ、本当?」
「おれとちゃんと真正面から向き合った恋愛、する気、ある?」
「……」
「ちゃんと言わなきゃ、分かんないよ。言って、有宏」
「……」
「言え!」
 三ツ井の目が、見たことのない色をしている。不安? 悲しみ? 期待? 分からないけれど複雑で、見惚れる揺らぎをする。
 手には思い切り力が入っていた。それを三ツ井の指で、上からやさしく包まれる。
「三ツ井とまた、恋がしたい」
「……うん、」
「ちゃんと恋がしたいよ……」
 まず、話がしたい。会わないでいた三百六十四日をどう過ごしていたのか、聞きたい。体温を感じる距離がいい。キスをいつまでも何度でもしたい。セックスをしたら、夜明けを一緒に迎えてみたい。
 いままで拒んできた様々な欲求が、次々と溢れる。言葉にできるものも、できないものも、ごちゃまぜに口をぱくぱくと喘がせていたら、三ツ井に強く抱きしめられた。
 商店街のはずれとはいえ、人なかだった。それもいまは構わない。
「……今夜、泊まって行ってもいい?」
 泣きそうになりながら頷く。
「一年に一度じゃなくて、何度も会いに来ていい?」
 また頷く。強く、三ツ井にしっかりと伝わるように。
「……そっか」
 遠くでエイヤーエイヤーと、ぴーひゃららと、音がする。有宏が好きだよ、と言った三ツ井の、心臓の音も聞こえた。


End.


前編


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お久しぶりです!こっそりこそこそ時折お邪魔してました!遅くなりましたが、フルールさんへの掲載も本当におめでとうございます(^◇^)

今回の、『また恋がしたい』、ゆっくり読ませていただきました!「もうやめようか」のくだりで、「うぉぉぉまさかのバッドエンドルート!?」と焦りましたが、最後に有宏くんが!男見せたー!ホントヨカッター!!!と、一人盛り上がってました(笑)。

1年に1度の逢瀬、まるで織姫と彦星のような恋人関係を続けていた2人が、ようやっとちゃんとした恋ができるようになるってところで、読んでいる側としては、この続きもまた読みたいと思ってしまうところですwww

栗子さんの切ないお話ほんま好きです!就活の活力になりました!またお邪魔させていただきますね!テンション高く!w←それは要るのか?
2014/07/08(Tue)18:56:39 編集
Re:宰さま
>お久しぶりです!こっそりこそこそ時折お邪魔してました!遅くなりましたが、フルールさんへの掲載も本当におめでとうございます(^◇^)

ご無沙汰しております。お返事遅くなりまして申し訳ございません。
掲載の件、ありがとうございます。こうしてコメント頂くと、嬉しいですw

>今回の、『また恋がしたい』、ゆっくり読ませていただきました!「もうやめようか」のくだりで、「うぉぉぉまさかのバッドエンドルート!?」と焦りましたが、最後に有宏くんが!男見せたー!ホントヨカッター!!!と、一人盛り上がってました(笑)。
>1年に1度の逢瀬、まるで織姫と彦星のような恋人関係を続けていた2人が、ようやっとちゃんとした恋ができるようになるってところで、読んでいる側としては、この続きもまた読みたいと思ってしまうところですwww

このお話自体のネタ自体は古いもので、2年ほど前でしょうか、それぐらいから温め続けていたものです。ようやくかたちに出来てほっとしています。
最後、有宏くんが男を見せましたね(笑)有宏くんの心の成長とともにあった恋愛だったと思います。
続きもリクエスト頂いて、ありがとうございます。機会があればまたこの二人に向き合ってみたいと思います。

>栗子さんの切ないお話ほんま好きです!就活の活力になりました!またお邪魔させていただきますね!テンション高く!w←それは要るのか?

読んでくださる方の心に留まるどころか、活力になるなんて、こんな嬉しいことはありません。こちらこそ読んで頂いて本当にありがとうございます。
せつないお話も、そうでないのも、好きにやっていけるのがこのブログです。またちょこちょこと更新してゆきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
コメントありがとうございました!

栗子
【2014/07/10 08:14】
To jasmine
Thank you for your comment. It is encouragement for me. I'll do my best now and forever. Thank you so much!
いつも読んでくださっていますね。これからも更新は続けていきますので、またよろしくお願いいたしますw
粟津原栗子 2014/08/20(Wed)07:01:53 編集
ばうさま(拍手コメント)
読んでくださってありがとうございます。
七夕のような恋愛、というものを書いてみたくて書いたお話でした。言葉の言い回しはいつも気を遣うポイントのひとつであるので、お気に召していただけて嬉しいですw
またぜひいらしてください。拍手・コメント、ありがとうございました!
粟津原栗子 2015/02/02(Mon)08:03:40 編集
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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