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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 SにあるS大社はほどよく人がいて、しかし全く歩けないというほど混んでいたわけではなかった。参道はさくさくと進んだが、手水舎のあたりで少しもたつきはじめ、その最深部、拝殿の前が混みあっていた。賽銭を用意し、順番を待つ。白布がかけられた賽銭箱に五円玉を放って手を合わせ目を閉じたが、考えるのは村上のことばかりだった。あのキスはなかったことにされたのか。気持ち悪いと思われなかっただろうことは分かるが、その先が見えない。本音を言えば、もっとキスがしたいと思った。くちびるを合わせただけだなんて、野口に言ったらきっと、笑われる。
 Sは、想像以上に寒かった。吐く息が白いのは当たり前で、幾日か前に降った雪は半端に溶けたまま凍り、足元を危なく光らせている。それでも村上は平気な顔で進み、カメラを構え、写真をぱちぱちと撮った。撮るのはやはり空ばかりで、そのまま後ろに転んで頭でも打たないか、ひやひやする。たまに三崎にもレンズを向けた。どういう顔をしていいのか分からず、三崎はマフラーに顔を埋める。
 出店が境内にまで並んでいた。飴屋、だるま売り、熊手売り、ジャンクフードなど。村上はお神酒を買い求め、それをちびちびとやりながら、参道をくだった。くだった先に、村上が行きたいと言っていた銭湯があるはずだった。路地を入ったところにあったから少々迷ったが、営業していた。そこへふたりで入る。
 ここは境内と違って、番台に座るばあさんの他には誰もいなかった。雑誌に掲載されていたくせにおかしいな、と村上は笑った。笑顔に胸を引き絞られながら、三崎も笑う。村上はぱっぱと服を脱いで先に浴室へ入っていった。
 背の高い村上の、肉体が晒される。薄着のところは見たことがあっても、脱いだところまでは見たことがなかった。長い手足。きゅ、とくびれた腰も、締まった臀部も、三崎とは違って高い位置にある。肉体労働者らしく、上質な筋肉を備えていた。ふくらはぎはまるく、足首へと締まる。
 思わず三崎は目を閉じた。一緒に風呂など、入れそうになかった。脱衣所にうずくまり、身体を反芻しながら、もだえる。あまりにも三崎が遅かったせいだろう、村上が全裸で戻って来た。
「――具合、わるいのか」
 村上の声は不安に揺れていた。その声に、安堵する。村上、そんな声も出すんだな、と。三崎は首を横に振った。
「平気。ありがと」
「無理しなくていいぜ」
「いや、風呂入ってあったまりたいから、すぐ行く」
 再び村上を浴室へ押しやって、三崎も服を脱いだ。村上に比べれば白く貧弱な身体にため息が出る。それでも寒い冬の日の風呂、という温みに、勝てない。
 深呼吸をして風呂場へ向かった。


 風呂からあがった後は髪をよく乾かしてから、外へ出た。少し歩こう、という話になり、自然と人のいない道を選んだ。神社の参道は混み始めていたので、商店街の方へ歩く。新年から営業している店はなく、人通りもない。シャッターの閉まった通りを、村上は写真に収めた。三崎はその少し後ろを、ぼんやりと歩く。
 好きだという気持ちが溢れてくる。振り向け、と三崎は心の中で念じてみる。同時に、足元から不安が這いのぼってきた。村上は野口と三崎の関係を知っているのかどうか。村上と眠るようになってから野口とは連絡を取っていない。そういう薄情な関係を、村上に知られていたとしたらどうしようと思う。知られていなかったとしたら、黙っておきたい。つまりは自分をよく見せたいのだ。あくまでも純粋を装って。好かれたい、村上に。
 振り向け、振り向くな。揺れる三崎の心に、村上は振り向くことで応じた。「そういえば」と言ったが、その後は継がなかった。
「――そんな顔、」
「え?」
 呟くと同時に、村上の大きな身体が三崎に一歩近付いた。三崎より上部にあった顔が落とされ、くちびるとくちびるが重なりあう。風呂上がりに村上が舐めていた薄荷キャンディの甘さがうつされた。下唇をそっと舐められ、三崎はふるえた。
「三崎、」村上が囁く。低く、甘く、よく練られたダークチョコレートのような声で三崎を呼ぶ。
「高校のころ、前の座席は必ず空席だったけど、テストのときだけ埋まった。おれたちの席はいちばん窓側の通りで、陽がよく当たった。それで、」
 至近距離で村上は熱心に囁く。三崎は耐え切れない思いでうつむく。
「埋まった前の座席に座るやつの、後ろ姿をよく見ていた。詰め襟と刈った黒髪のあいだ、首筋が見えた。陽に当たると、そこだけ発光してるみたいに白くて」
 村上は手のひらを三崎の背後にまわす。コートのフードとマフラーとで隠されているが、村上に確かにそこを触られた、と思った。
「……それをよく見ていたことを、思い出した」
「……」
 村上は瞳を細くさせ、蠱惑的に微笑んだ。三崎はたまらなくなり、村上から一歩身体を引くと、そのまま回れ右をして走り出した。
 そんなに綺麗な人間じゃない、と思う。
 村上が思うような、清い存在じゃない。眠るためにセックスがほしい、欲と欲が蛇のように絡んだ、あさましい人間だ。


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ellyさま(拍手コメント)
いつも読んでくださってありがとうございます。
駄々をこねられて、にやりとしてしまいましたw
冬という季節を書くのは私にとって特別であるように思います。やはり冬の寒さが好きです。(と言いつつ、今年の寒さにはそろそろ飽きてきましたが。)その、しんと静かな感じや、きんと澄んだ感じを物語から受け取っていただけていたとしたら、本当に嬉しいことだな、と思います。
更新あと2話です。最後までどうかお付き合いください!
拍手・コメント、ありがとうございました!
粟津原栗子 2015/02/05(Thu)08:20:28 編集
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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