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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 元々が、眠りにくい体質だった。高校のころは、始終ぼーっとするせいで授業をまともに受けられず、事情を聞いた教師による恩情で、保健室登校をしていた。学校の保健室は、不思議と落ち着いた。そして当時保健委員の委員長を務めていた野口と知りあい、仲良くなった。
 野口が先に学校を卒業したおかげでしばらくは会えなくなったが、社会人になって二年目、野口と再会した。野口は調理師の免許を取り、中華料理店のスタッフとして働いていた。三崎は、市立図書館の分館で司書として働いていた。不眠がたたって、仕事がつらい時期だった。そのことを野口に相談したら、人の好い野口はあれこれと方法を画策しては試してくれた。
 セックスをする関係になったのは、再会して一年が過ぎたころだった。
 大学時代、恋人だった男にしてもらえると眠れた、という話をきっかけに、三崎から誘ったのだと思う。ぼーっとしているおかげで、記憶にはいつだって靄がかかっている。野口の愛撫は、てきめんに効いた。昏々と眠って起きた朝、自分はこうやって生きていくしかないんだな、と思った。以降、眠れぬ日が続くと、野口を求めるようになった。
 定期的なセックスは、ストレス解消にもなる。前よりも日々に張りが出て、昼間覚醒していられることは素晴らしいことだと実感した。野口には、三崎よりも大事な、彼女が存在する。高校時代から付きあっている、遠距離でなかなか会えない、愛おしい彼女だ。したがって野口と三崎、ふたりのあいだに恋愛感情は存在しない。ただ、三崎を寝かせるために(そして半分は、性欲のはけ口のために)、野口は三崎を抱いてくれる。
 彼女にばれることなく、関係は日々穏やかに続いてゆく。村上の出現は、そこへいきなり吹いた突風、だと思うことにした。被害があったわけじゃない。過ぎれば忘れる。しかし、「昨夜は楽しかったな」と言った、あの穏やかに低い声が、いつまでも耳に残った。昨夜、楽しいことをしたのだろうか。やっぱり複数でセックスに及んだとか……よく眠ったはずなのに、頭がぼんやりとした。
 それから三日経って、野口と飲んだ。雑居ビルの三階に入る、アジア料理の店だった。
「――で、あれから村上にしてもらってる?」と香草とエビの炒め物を取り分けながら野口が訊いたので、やっぱり肉体関係ってやつだったのか、と思った。
「村上となら、会ってないよ。あれきり」
「あ、なんか言い方わるかったよな、俺。そういう意味じゃなくってさ、村上に……寝る、寝かしつけてもらう、……あー、うまく言えねえや。なんか、そういうことしてもらって……ってなさそうだな」
「? 言ってることが分からない、先輩」
 そもそも、先日の件だってなにがどうなってああなったのかさっぱり不明なのだ、と言うと、野口は改めて「おお」と驚いた。
「見事に記憶飛んでんなー。おまえ、いっぱい飲んだもんな」
「先輩と居酒屋に入ったことは覚えてる。けど、それから、村上と寝てたところのあいだが、抜けてる」
「んー、と」
 野口は呆れ笑いをしながらも、説明してくれた。入った居酒屋でたまたま偶然、村上と居合わせた。村上はひとりで来ており、ちょうどよいからと言って、三人で飲んだ。村上は三崎のことを懐かしがり、三崎は村上のことを覚えてはいなかったけれど、ふたりはかつて親友だったんじゃないかという勢いで喋った。もっと飲みたいと三崎が希望し、場所を変えて、野口の部屋まで来た。三崎の不眠を知った村上は、「なんだそれ、おれには得意分野だ」と答えた。
「それでおまえは村上に寝かしつけられて、このあいだの朝だよ」
「……村上とやった、ってこと?」
「違いますー。俺も傍で聞いててびっくりしちゃったんだけどさ、……あいつ、朗読うまいのな」
「……朗読……?」朗読って、本を声に出して読む、あれか。
「声がいいだろ。市民サークルで朗読ボランティアの団体ってのがあって、一時期はそういうところで読み聞かせのボランティアしてたらしいぜ。で、『おれの読み聞かせのときには寝るやつが多いんだ』って。試しに俺が持ってた文庫本を読ませたら、おまえ、すぐ寝た」
「……嘘、」
「俺も寝そうになったもん。つまらない、って意味じゃなくて、心地よくて。催眠術師とかになれるんじゃねえ? っていうレベルだったな、あれは」
 満足そうに野口は微笑んだ。三崎は、驚いていた。たかが朗読くらいで眠れるか? 風の音ひとつで目が冴えていた自分が?
「あいつが言ったこと、覚えてない?」野口に言われ、首を横に振った。
「今度眠れなくてしんどいときは、おれんちに来いよ、って。アドレスだって交換してたじゃん」
 言われてスマートフォンを確認すると、確かに村上の名前が登録されていた。村上士信(むらかみしのぶ)というフルネームで。
「いつまでもさ、おれとやってるだけじゃ、だめなんだよ」
 しみじみと野口が言って、三崎は真意をはかり損ねて首を傾げる。
「気持ち良くない?」
「そういうことじゃなくて」
「あ、彼女に悪い、とか」
「それは思ってるけど、おれの問題だから。――そうじゃなくて、」
 野口はビールを飲み干してから、言った。
「上手に眠れた方がいいんだ。歪んだ寝方じゃなくって」
 それと村上がどうして結びつくのかが、よく分からなかった。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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