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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 ◇


 夏の街を、干からびないように日陰と日陰を渡り歩きながら、二十分ほどは歩いた。先ほどから静可はなにも喋らない。黙々と歩いている、という感じだ。
 もうそろそろ駅に戻っておかないと、電車の時間が危うかった。静可は明日からまた仕事だ。今日中には寮へ戻ってなくてはならない。
「ねえ、そろそろ戻ろう。駅ビルで買い物もしたいし」
「……」
「静可さん?」
「――気持ち悪い」
 と静可はその場でうずくまった。寧はぎょっとする。すっかりうなだれている静可の首筋、白いうなじに頸椎が浮かぶのが見える。背に触れると、熱い。そういえばあんなに涼しい顔をしていたじゃないか。汗をかいていなかった。脱水? 貧血? 熱中症? 昼に食べたものが悪かったか?
 ばさ、と静可が手にしていた紙袋が落ちる。寧の書いた本の入った袋だ。寧は静可の額に手を当てた。
「気持ち悪い? 吐く?」訊ねても静可から返事がない。
「静可さん、OKなら返事して――静可さん、」
 しずかさん、と何度も呼ぶ。なんだなんだ、と通りすがる人が気にしていく。人のよさそうな婦人が「どうしましたか?」と声をかけてくれた。
「気持ち悪い、って言うんですよ」
「あら、熱中症かしら。気持ち悪いだけ? 大丈夫?」
「……大丈夫です」
 と、静可はようやく返事をした。顔をあげたが、真っ青だった。
 そのままふらふら歩いて行こうとするので、慌てて静可の腕を取った。
「大丈夫じゃないでしょう、」
「ちょっと気分が悪いだけ」
「待って待って、少し座ろう」
 だが静可は歩こうとする。


 ◇


 数歩歩いてはまたうずくまり、数歩歩いてはうずくまり、していた静可だ。歩き続けられるわけがない。さいわい、少し歩いた先にビジネスホテルがあった。入浴施設があり、日帰り入浴だけでも可だという。そこの畳敷きの休憩室に静可を運び込んで、ようやく横たわらせた。自販機でペットボトルのお茶やスポーツドリンクを数本買い、一本は静可に飲ませ、残りは腋下や首筋に当てた。
 しばらくして、静可は目をあけた。瞳の焦点が定まってきている。脈も収まってきたし、なにより汗をかきはじめた。水分がまわってきた証拠だ。
「――軽い熱中症だと思うんだけど」
 そう言うと、静可は「私は貧血だと思いました」と答える。
「どっちにしろ、歩きまわれる状態じゃないね、……どうしてそんなに歩きたがったの?」
 行きたいところでもあったのだろうか。静可は頭を乗せている座布団を自力でどかすと、寧の膝に頭を乗せ替えた。寧はびっくりする。
 休憩室には、おじさんがひとりいるだけで誰もいない。彼は背を向けて、高校野球のテレビ中継を観戦中だ。静可と寧には気付かない。
 静可は「入道雲がすごかったから」と答えた。
「ビルとビルの合間に入道雲を見るなんて、久しぶりだと思って。……入道雲の下はどうなっているのか、気になっていた少年時代を思い出しました」
「そこまで歩くつもりだった?」
「さあ」
「ばかだな」
 膝に乗った静可の髪を梳く。静可は身を捩って、横向きに寝転んだ。楽な体勢を選ぶ。痩せて細い腕、長年使い込んだ腕時計が、視界に映る。
「――あっ」
 寧は思わず声をあげた。十五時をとうに過ぎている。予定していた電車にはもう間に合わない。今日中に帰らねばならないのに、時間を逃してしまった。
 それを告げると、静可は「いい」と言った。いや、良くないだろう。
「今夜はこのままここに泊まって、明日帰りましょう」
「うーん、……仕事は、大丈夫?」
「事情を話せば、替わってもらえるはずです」
 ならば、ゆっくりできる方が静可の身体のためにもいいだろう。寧は後ろ手を突き、「そうか」と笑った。「なら、休もう」
しかし「抱いていいですよ」と静可が言うので、笑いが止まる。
「――はっ?」
「今夜。あなたの好きにしていいですよ」
「ちょっとちょっとちょっと待って、待って、……待って、」
 寧は思わず周囲を見渡す。テレビ前に陣取っていたおじさんは、いつの間にか横たわり寝息をかいていた。静可に顔を近付け、小さな声で、寧は「いきなりなにを言い出すんだ」と抗議する。
 静可は「街へ出るからには、まさか健全なデートで終わると思っていなかったですけど?」と答えた。
「ホテルにでも直行するかと思ったのに、あなた本当に本屋に行くし」
「あのねえ、僕はあなたと違ってけっこう、かなり、すごく、健全なんだよ。好きな相手とはじっくりやりたいんだ。好きです、はいセックスします、ってのじゃなくって」
「まさか童貞じゃないでしょうに」
「そりゃ、そうなんだけど」
 だが寧にとって、好きな相手とこうなるのは人生生きてきてはじめてのことなのだ。「それに」と付け加える。「あなたは気分悪かったんだし、このホテルじゃなんにも準備がなさそうだし」
「そんなもの、いくらでも代用はきくし、ここは街なんですから、なんでも揃うでしょう」
「……そんなこと言って、本当にどうなっても知らないぞ、」
「ええ、お好きにどうぞ、と言っています」
 そう言って静可は、そっと寧の耳たぶを引っ張った。まったくこの人にはかなわない。
「……チェックインできるか聞いてくる」
 顔が火照るのを感じながら、寧は静可の傍を離れようとしたが、静可にしがみつかれた。
「どっちなんだよ、もう」
「ふふ」
 もう少しこのまま、と静可は言う。寧はとても困ってしまった。困る寧が、静可は嬉しいらしい。
 静可は目を閉じる。静かな休憩室に、野球中継のアナウンスが響く。



End.


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はるこさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
いままで色んな歳の差を書いてきましたが、ここまで年齢が上である歳の差カップルははじめて書きました。
ゆえに難儀なことも多そうなふたりですが、「きゅん」としてもらえて、ほっとしています。(そう、静可を書いている時、その魔性っぷりに目を剥く思いでした。笑)
人を代えて続いているシリーズですが、今日・明日の更新でいったん一区切りの予定です。(予定なので、確定したことが言えないんですが)
ひとまずそこまで、どうぞお付き合いくださいね。
拍手・コメント、ありがとうございました!
粟津原栗子 2015/07/24(Fri)07:41:24 編集
Fさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
好きです、と仰っていただけて嬉しいです。二十何年も片想いの出来るのんびり屋のボンボン・寧と、きっと苦労が絶えなかっただろう静可は果たして組み合うのか? と思っていましたが、なかなかのカップルぶりを発揮してくれたようで、私も満足しています(笑)
山シリーズは、ひとまず今日の更新分までになります。シリーズとしてもう少し続けたいところではありますが、今回はひとまずここまで、という感じです。
おつきあいくださいね。
拍手・コメント、ありがとうございました!
粟津原栗子 2015/07/25(Sat)06:35:22 編集
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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