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 昔から身体の大きな人間に弱い。はじめて好きになった人も、その次に好きになった人も、その次に好きになった人もそうだった。確かな筋骨、分厚い胸板、太い首や腕。大概はパワー系スポーツが得意な人種だ。線が細く、筋肉もぜい肉もつきにくい、ゆえにスポーツの類はてんで不得意という燕琢己(つばくら たくみ)からすれば、憧れの塊みたいなものだった。
 そういう人間こそ、ニットは似合う。
 昔から冬季オリンピックの中継を眺めるのが好きだった。各国揃いのニットウェアを身に着け入場行進などされるとたまらない。憧れの体格をした男女が、燕が最も好きだと思うファッションで登場するのだ。これに興奮しない訳がない。いつかそういう人に最高のニットを編んであげたいと思っていた。それを着てほしい。アラン模様もいいし、編み込みでもいい。もちろん、自分が最も得意とするフェアアイルだって最高だ。
 元からそういう趣味嗜好があって、燕は熊田穣太郎(くまだ じょうたろう)に出会ってしまった。ひと目ぼれだった。山荘の厨房で腕を振るう大きな熊。その巨大な熊もまた、燕が気になるらしかった。「細っこいの見ると食わせたくなるんだよなァ」と言い、空き時間に手招かれては、厨房からおやつをもらった。
 それが去年の夏だ。一年過ぎて、ようやく帽子をプレゼント出来た。また山荘に来いと言われたから、日ごろ家にこもってばかりの身体を頑張って山荘のある尾根へ引っ張り上げた。今度は客として、一泊二日を山荘で過ごす予定でいた。
 八月も終わろうかというころだ。尾根に吹く風はとうに秋風だ。


 ◇


 数週間ぶりに会った穣太郎は、トレードマークの髭がなくなっていた。燕があげた帽子をかぶっていなければ、彼と分からなかったかもしれない。早朝にふもとを出発して、昼ごろようやく山荘に到着したのだが、数時間山道を歩いてへばった身体と精神に、髭なし穣太郎の姿はなかなかに衝撃だった。
 昼のピークを過ぎて、人の少なくなった食堂でようやくゆっくりと穣太郎と話が出来た。
「ひ、髭」
「ああ、これなァ」
 つるりとしてしまった頬を穣太郎は撫でた。「今朝、やむ得ず剃った」と答える。
「朝起きたらガムが髭に絡んでたんだ。多分、従業員が噛んでちゃんと捨てなかったのが、布団に紛れたんだろうな。犯人を誰とは探す気ねぇけどよォ、朝礼の時にきちっと話したわ。ごみはだめだ、ごみは」
 山荘には当然ながらごみ収集車はやって来ない。基本的に登山客個人が出したごみは個人が持ちかえる。山荘で出たごみは、荷上げのヘリコプターの復路で下ろす。おいそれとそこらに捨てられないのだ。
 極地だからこそ、ごみの管理は徹底している。分かっていることだ。なんとなく燕は、しょぼんとしてしまった。
「ま、あんたが気にすることねぇわな」
「いえ、気にします。……穣太郎さんの髭、好きだったので」
「そおかァ?」
「でも、髭ないのも、新鮮ですね、」と気を取り直す。
 髭がないと、顔の輪郭線がはっきりと分かった。意外とシャープな輪郭をしている。つぶらだと思っていた瞳も、案外に険しい。それが優しげに緩んで、燕はどきどきしてしまった。
「そういやあんた、したいことがあるって言ってたな」
「あ、そうなんです。……寸法、測りたいと思って」
「おれのか」
「はい。今度はセーターか、ベストか、カーディガンか迷ってますけども、編みたい、と思っていて」
 冬までに必ず仕上げたいと思っている、穣太郎のためだけに編むとっておきの一枚だ。
「また編んでくれるのか」
「……それはもう、おれのライフワークですから。……迷惑じゃないですか?」
「あんたの編み物は好きだ。色がいいし、なんかな、ここまであったかくなる」
 親指で自身の胸を指して、穣太郎は言った。燕にとってそれはもう飛びあがるぐらい嬉しい言葉だった。つい照れてうつむいてしまったが、顔をあげる。
 ウエストポーチからメモ帳と巻き尺を取り出し、「では失礼します」と穣太郎の肩に触れる、そのときだった。
「ツバメくん来てるって?」
「あーほんとだ、いるいるー」
「レース王子!」
 と賑やかにやって来たのは、ここの女性従業員たちだった。きゃあきゃあとはしゃぎながら、久々の再会を歓迎する。
 彼女らは、休憩時間のたびに黙々とレースを編む燕のことを、「レース王子」と呼んでかわいがってくれていた。総じて体育会系だったが、そこは女子、かわいいものは好きなのだ。
「相変わらず細いねー」
「ね、まだ編み物してるの?」
「こんな熊と一緒にいるより、お花畑に散歩に出ない?」
 ちなみにお花畑とは、高山植物の群生地を指す。はじめて「お花畑」と聞いたときは、なんてメルヘンでドリーミーな言葉だと思ったのだが、実際のお花畑はもっとリアルで、シビアで、素朴な花々が咲く。
「おれと琢己は真面目な話してたんだよ」吠えるように穣太郎が言う。
「じゃあジョーさんも一緒に散歩する?」
「……おうよ」
 それでみんなでお花畑へ出かけることになった。


→ 2‐2


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粟津原栗子
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成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
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