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 配達に出た矢先に、通行止めにぶつかった。
 市町村対抗駅伝だとかで、そういえばこの時間からこの時間まではどこそこの道路が通行止めになると前もって知らされていたが、日々の忙しさにかまけてそのことをすっかり忘れていた。もっと直前に指示されていたら覚えていたのにな、と頭の中で改めて今日の配達の道順を組み立てなおす。配達する家の順番でバイクの荷を組んであるので、あまりにもこの通行止めが長引くようなら一度集配局に戻った方がいいだろうか。
 情報収集が先かと思いつく。ちょうどよく車の影がなかったので通行止めの道路のぎりぎりまで近づき、先で交通整理をしている警察官にこの通行止めがどのくらいかかるものなのかを訊ねた。
 警察官は「一時的に止めているだけですよ」とにこやかに教えてくれた。
「ちょうど選手が通過するので止めているだけで、ある程度選手が去ったら順番に道を通します」
「選手の通過に時間がかかりますか?」
「そんなには。いまこの集団が通り過ぎたら、通すと思います」
 ならばさほどのロスにはならないだろうと踏む。そのまましばらく待つことにした。
 沿道はそこそこの人出で賑わっており、時折「がんばれー」という声や拍手が聞こえた。樹生自身も時折、ストレス発散の意味合いで走ることはあるが、生身の人間が走る、それを客観的にはあまり眺めたことはなかった。興味深い気がして、選手を観察する。結構な速度で走っていることに驚く。ここの道路はわずかだが傾斜があり、選手からすれば上り坂だが、ものともせず駆けて行く。
 テレビなどで大学駅伝や都道府県駅伝などを見る機会はあった。わりと好きで、やっていれば見てしまう。あれはずっと中継車が選手を追いかけてくれるからドラマを見ている感覚に陥る。沿道で旗を振りながら声援を送る行為自体は、選手の通過は一瞬で終わるので、なにが楽しくて応援に行くのかね、ぐらいに思っていた。
 だがいま目前を走っている生身の体は、しなやかに逞しく、アスファルトを蹴り飛ばしてびゅんびゅん進む。案外、重たい音がすることに気付いた。テレビではさほど音声を拾わないので気付かないことだ。選手が何キログラムの体で走っているのかまでは知らないが、それでも肉の塊が地面を蹴り出し、前進し、着地してまた進む。それに音が伴わないわけがないのだと分かる。テレビの画面の中ではまるでぽんぽんと弾む毬みたいに軽やかに見える選手たちも、実は体重があること、筋力を使って前を進むことを、確かな迫力で知らされて軽く衝撃を受けた。
 選手があらかた通り抜けた。警察官が目でサインを寄越したのでこれで通すかと思いきや、後方から凄まじいスピードで駆けてくる選手がひとりいた。先ほどまでこの付近を通過していた選手らと明らかに速度が違う。「羽根が生えているかのような」軽やかさで、でもきちんと量感を伴って、やって来る。警察官が樹生にもう少し待て、のサインをした。沿道の皆がみな、この選手に釘付けになっているような、そういうアトラクティブな選手だった。
 沿道からひときわ大きな声で「ゆうだいーっ!」と声援が響く。呼ばれた選手はそちらを見て、ふっと笑ってみせた。その笑みがあまりにも爽やかだったので、どきりとして樹生は笑みの方向を見た。誰が叫び、誰に笑顔を向けたのか、気になったのだ。
 そこには知っている顔があった。笑みを向けられた本人も同時に樹生に気付き、ふたりで「あ」と声をあげた。
「――仁科さん、」
「相変わらずでっかいなあ、岩永」
 人混みをかき分けて男が樹生の傍までやって来る。樹生がまだ非正規雇用社員だった頃に世話になった人で、いまは別の集配局で配達員をしているはずの男、名を仁科朗(にしな ろう)と言う。
「いま叫んだの、仁科さんでした?」と訊くと、仁科は一瞬だけ顔を素にしてから、やわらかく笑った。
「そうだ。あいつ、知りあいでさ」
「ひとりだけ猛スピードで行きましたね」
「前のたすきを持ってた中学生が途中で転倒して順位を大幅に落としちゃってさ。それを挽回するって腹積もりなんだろうな。ま、あいつにはたやすいでしょう。熱いけど、冷静だから」
 よっぽど熱心に応援しているのか、仁科の言い方に特別な親しさが滲んだ。それを聞いてなんだか腹の奥にずしんと重たい温みが沸いた。ぼんやりしていると、交通整備の警察官が「もうじき通します」と言うので、樹生は慌ててバイクのハンドルを握りなおす。
「あ、悪い、仕事中だったな」
「仁科さん、良ければうちの職場に顔出してきませんか?」
「あー、そうだな」
 仁科は腕時計を見る。
「じゃあ、終わったら寄るわ。えっと、この辺の集配区ってW局だったよな」
「そうっす」
「気をつけて配達に行きな」
 お疲れさん、と仁科は樹生に軽く手を振る。警察官が道をあける。樹生は沿道を歩く人に注意を払いながら、バイクを発進させた。


→ 中編


いまさらですがカウンター100万歩達成のお礼(のつもり)です。



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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
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