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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 朝、先に目覚めていたのは慈朗の方だった。
 理はつま先が冷たくて眠りから浮上し、ふと腕を動かしたら隣になにもないので慌てて起きた。徐々に冬が迫る時期、朝の冷え込みは裸体には辛く、慌ててシャツを探して着込む。慈朗は部屋のどこにもいなかった。廊下へ出ると、通称「ベランダ」と呼んでいるガラス張りの物干しスペースにいた。窓を開けているようだ。窓枠に肘をついて、朝の冷気に身体を当てている。
 昨夜の幸福感とは逆に、横顔の輪郭がひどく淡く、脆い。なにか気に病むことがあるのかと焦り、「慈朗」と名を呼んでベランダに出た。
 振り向き、ひらひらと手を振る。そしてまた外の方を向いてしまった。
「寒くないか」尋ねながら傍へ寄る。
「先生の身体ってさ、熱いよね」
「そうかな」
「先生が毎年夏に風邪ひくのって、身体が熱すぎるせいなのかなって隣で寝てて思った。冬の方が調子いいっていうのは、身体があったかいからなのかな、って」
「よく分からん理屈だな」
「おれは、痩せちゃってから体温調節がうまくいかなくて、なんかずっと寒い。この冬、大丈夫かな」
「さあ……」
 慈朗がなにを言いたいのかがよく分からず、曖昧にしか相槌を打てなかった。冷たい風が窓から容赦なく吹き込んでくる。今日から十二月に入った。
「シャワー浴びた?」
「うん」
「じゃあおれも浴びてくる。それからめしにしよう」
「うん……」
 慈朗の頭をぽんぽん、と軽く叩いて理は階下に降りる。
 熱い湯を浴びて、昨夜の名残を落とす。久しぶりのセックスは、久しぶりすぎて加減を誤った気がしている。自分では精一杯でやさしくしたつもりだが、慈朗は辛くなかっただろうか。そういう危惧を持たせるような朝の雰囲気だった。なにかまた物憂げに、考え込んでいる。
 それでも自分が考えても仕方がないと思いなおし、身体をざっと洗って浴室を出た。台所に慈朗の姿はなかった。まだ二階の物干し場でぼんやりしているんだろうか。とりあえず白米を炊き味噌汁を煮て、卵を焼いた。梅干しや白菜の浅漬けも添える。休日の朝にこんなにしっかりとは普段なら作らないが、理は腹が減っていた。
 階下から慈朗を呼ぶ。返事がない。頭の後ろを掻きながら二階へと上がる。やっぱりまだ物干し場にいた。「朝飯にしよう」と告げると、うん、と頷いて慈朗は理の腕に縋りついて来た。
「なんだよ」
「……」
「どうした」
 慈朗は答えない。やたらと理の身体に引っ付いて、甘えてくる。その髪をくしゃりと撫でる。やわらかな髪は、冷え切っていた。
「先生、あのね」
 理の肩に頭を押し付けて、慈朗がようやく喋る。
「おれ、やっぱり帰る」
「――」思いがけない決断に、正直動揺した。
「……なぜ?」
「このまんまじゃ、だめになるから」
「ならないさ」
「なるよ。おれ、先生にきっとすっかり依存して、この家から出たくなくなる。写真とか大学とかどうでもよくなる。よくなって、中途半端に辞めちゃったりして、きっとろくなことにならない」
「……そこまで危惧が具体的なら、そうならないように気をつければいいんじゃないのか」
「そうだよね。でもおれは、自信がない。弱い人間だから」
 そうかな、と思ったが、慈朗の言葉を待った。
「先生の傍、気持ちがいいよ。どうしてもっと早くここに来なかったのかな、って思った。もっと早く来てたら、おれは先生にちゃんと愛してもらえるんだって分かってたら、それが自信になって、あっという間に大学に戻れてたかも」
「……」
「先生があんな風におれを抱くんだなって分かって、嬉しくて、でもいまのおれは弱いから、溺れちゃいそうだ。ずっと先生の傍にいたいし、先生にまた触りたい。先生にも触ってほしいって思う。『理』ってたくさん呼んでみたい。けど、……それだけじゃいけない」
「……ああ」
「それに、いずれ大学に戻るなら、先生とはまた遠距離になる。そんなにしょっちゅうこっちに戻っては来れないし。……いまのうちに、先生と一緒にいられたこの二週間の記憶大事に仕舞って、復学の準備、したい」
「でも、……それにしたってもう少しここにいたっていいと思う。復学はもちろん、将来的なこととして見据えて行動する。けど、ここでもう少し休んでたって……」
「そしたらだめになっちゃうよ、おれ」
「……」
「だから、帰る。実家でもう少し休んで、来春からまた大学に行くんだ」
「行きたい」ではなく、「行くんだ」だった。その決意は、本人の将来に関わることで、冷静な判断だと思った。だが理の胸にはすうっと冷たい風が吹き抜ける。
「おまえが大学に戻ってさ」
 理は慈朗の腕を剥がし、僅かに距離を置いた。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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