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 早く大人になれとは言った。だがそれを待つ気はあまりなかった。子どものうちに手を出しておきたい、という意味ではない。心変わりは若いうちならなおさらするだろうと思った。つまり、雨森慈朗の想いは一時的なもので、それを信じたりはしなかった、という意味だ。
 そもそも、自分ほど恋愛に向かず、ひとりを好む人間もいないだろう、というのが理の経験から来る実感だった。恋愛をしたとしても、理のそれまでの恋愛対象は同世代か少し上、大人っぽい方が断然好みだった。教員の道を選んだのは自分に絵の才能がないと分かったからだったが、自分には案外向いてる道かもしれない、と思ったのも確かだった。職場で接する人間らは、恋愛対象からは確実に外れるからだ。生徒には手を出さない。興味もない。仕事をする上で重要なことだと思っていた。私情を挟まない、ということだ。
 したがって慈朗のことも、はじめから気になっていたわけではなかったし、むしろ鬱陶しいとまで思っていた。
 理には、高校時代からずっと想いを寄せているやつがいた。すごい絵を描き、周囲をあっと言う間に感動の渦に巻き込む、芸術の神様に愛された天才。尊敬もしていたし、同時に、どうしようもなく惹かれていた。
 赤城詠智(あかぎえいち)は、高校進学で同じクラスになったことがきっかけで知り合った。美術部の体験入部に行ったら赤城もいて、「絵、好きなん?」と親しく話しかけられた最初のことをいまでも覚えている。
 理の家は代々続く植物の育苗家の家系だった。祖父は庭師で、父は庭木を中心に様々な樹木の育苗を生業としていた。生家は狭いながら店舗も兼ねており、種や鉢植えを買い求めに来る客もいて、それの管理や接客は母の仕事だった。姉はこの家の生業を幼いころより受け入れており、植物のことならなんでも知りたがり、後に大学の農学部で樹木について学び、カナダへ留学して現在の夫と知り合い、向こうに移住した。カナダの自然は魅力的で絶対にいまより楽しい暮らしが出来るよと両親を呼び寄せ、家督は理へと譲られた。家族はなんとなく気づいていたのだろうと思う。「息子は植物よりも芸術に興味があり、性的弱者でもある。好きなように人生を歩ませてあげたい」。そういう思考は思春期に差し掛かるころにはなんとなく透けて見えていた。
 とはいえ理の興味の先もやはり植物に向いた。緑の指は持っていなくても、描く絵は繁茂する植物ばかりだった。そんな理が出会った赤城詠智という男は、抽象画の描ける男だった。リアリティを追究して具体的なものを描く理と違い、色彩やタッチ、マチエールの美しさで目を惹く絵の描ける男。違いに驚き、惹かれない方が無理だった。
 赤城がS美を目指すと聞いたから、理も目指すようになった。高校三年生に上がるときに、受験対策として美大予備校に揃って入校し、高校と予備校の中間地点に安いアパートを借りてふたりで生活をはじめた。切磋琢磨する日々は充実していたし、なによりも憧れている、好いている男と共に暮らせる喜びは大きかった。はじめのうちは本当に楽しい、その一言に尽きる日々だった。
 予備校に通うようになって、理は自分の力不足を痛感するようになった。厳しい塾講師の指導、なにをどう描いても評価はされなかった。赤城は同じ洋画の夜間クラスに通ったが、赤城のデッサン力はすさまじく、こちらは参考作品に何度も選ばれるほどである。次第に違いが明確になり、理は苦しんだ。描いても描いても上達しない。赤城は先へどんどん進んでいく。絵を諦めようかと何度も思った。けれど赤城の存在が、無邪気で一心不乱な絵が、理の心に何度も感動を呼び起こす。この人と同じ場所に立ちたいと強く願った。それはもう執着に近かった。
 赤城は現役合格を果たし、あっさりとふたりの生活は終わった。だが赤城が「S美の近くにも予備校はあるんだから、そっちに通った方がよくない?」と言うので、浪人生活はS美の傍で送った。念願の入学まで五年かかった。それは赤城の活躍を知っていたからこその意地だった。
 バイトをして予備校へ通うの繰り返しの日々がようやく終わったころ、赤城は学校を卒業していた。ようやくやって来た大学生活は、しかしあまりいいものではなかった。描く絵描く絵でやはり酷評される。同時期、赤城が「絵を辞める」と知った。酷い仕打ちだと思った。あんなに憧れていたやつが、どうしてこうもあっさりと絵を辞めるなんて言えるのか。おれの立場はどうなる? と自問する。
 赤城が絵を辞めると聞いて、教職の講義を取るようになった。どうせ芸術家として大成しないのは目に見えている。目標にしていた人間まで絵を辞めるくらいだ。だったらせめて絵の傍にいようと思って選んだ、理なりの妥協だった。
 教員採用試験は地元で受けた。ここは運があったようで、高校の美術科という狭き門でもあっさり採用に至り、大学卒業後は美術教師として学校に勤めるようになった。二年ぐらい勤めて慣れてきたころ、赤城と再会した。いつ間にか赤城も国語科の教員免許を取得しており、同じ高校に国語教師として赴任してきたのだ。
 絵を辞めても、赤城は変わらなかった。久しぶりの再会を理は歓迎しなかったが、赤城は嬉しそうだったし、家にふらりとやって来るようになった。大抵、赤城は甘いものを持参した。赤城はたいそうな甘党で、それは昔から変わりなかった。理の家で持参した菓子だけ食って帰る。そういう日々がまたやって来た。高校時代より抱いていた熱がよみがえって来る。だが赤城の目は外へ向いた。よりにもよって教え子だった。
 おれは一体、こいつに何度期待して、何度失望するのだろう、と思った。
 赤城が傍にいる限りは、もうこいつに執着するのだろうな、と分かった。好きとか嫌いとかそういうものを通り越して、赤城に対する思いは執念だった。来年あたり異動願いを出そうかと思っていたころ、赤城と生徒との関係が明るみに出た。そしてまたあっさりと、赤城は理の前から消えた。
 いつだって思いもよらぬ方向へ行く。そういうところも許せてしまうのだから大概いかれている。でも、いなくなったことで理は正直、軽くなった。もうこれで日々の生活を、理の心を乱すようなやつはいない。うつろで、さっぱりして、これより先、もう誰かを好いたり好かれたり、という生活はない、と思った。


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粟津原栗子
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成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
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