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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 空港の到着ロビーは混んでいた。めいめいに到着を待つ人がゲートの先を見つめている。「お帰りなさい日本へ」と日本語で書かれた札を持つ人がいれば、「Mr. Smith」と英語の札を掲げる人もいる。国際空港の到着ロビーなので、待機する人間の人種もばらばらだった。
 柾木理(まさきあや)の隣にはやたらと背の高い黒人の女性が立っていた。ひょろりと長い背は女性のはずなのに理と同じぐらいある。年齢は分からないが軽快な服装からして若そうに思えた。理がいま待っている人間と同い年か、もしかすると年下かもしれない。
 最初のひとりが出てくると、到着ゲートを次々とくぐる人間が現れはじめた。家族と再会したり、旅行で来たりと、これも多様な目的の人間が行き交う。理は視線をむやみに巡らせることはせず、ただゲートを見ていた。そのうちそこにひとりの青年が現れる。ほわほわと揺れる赤茶の猫毛は相変わらずで、誰よりもしなやかに、誰よりも軽やかに歩くその様は贔屓目に見ても目を惹くと思う。若いから、と言ってもこの夏で二十五歳になる。出会いのころよりは確実に年齢を重ね、その分様々なものを背負ったはずなのに、いつだって彼は軽そうに見える。見た目も、社会的なしがらみからも、解き放たれてフリーに感じる。
 彼がゲートをくぐった途端、何人かの視線はそちらへ向いたまましばらく離されなかったことに彼は気づいていないだろう。昔からそうだった。他人からの評価なくしては成り立たない商売についていながら、他人の目をこれほどまでに惹きながら、無自覚。こういう人間はどんな大人になるんだろうな、とはじめは思っていた。いまでも思う。どんなふうに年を重ねるものなのか。重ねたら少しは地に足がつくかと思ったが、そうでもなかった。いまのところは。
 青年が理に気付く。彼は高く手を挙げた。理も軽く手を挙げ、ゲートの方へ近づく。引っ張っているスーツケースのほとんどは機材だ。自身の荷物は機内持ち込みが出来るほどコンパクトだったろう。彼はいつだってそうやって旅に出る。
「理」と青年が呼んだ。ゲートの外側でふたりは落ちあう。
「遅かったな」
「着陸、一回やり直したんだよ。危うく別の空港に着陸になりかかってたんだけど、無事に降りれてよかった。日本は天気悪いな」
「梅雨だし、台風来てるって話だ。飛行機もそんな地域によく飛んだなと思った」
「そんなんなのに迎えに来てくれてありがとう」
 素直に言う言葉に、「ああ」とか適当に言い返してしまう。正面切って「どういたしまして」なんて言えるはずなかった。照れ臭いし、ガラじゃない。
「駐車場こっち」と言って、青年の手から荷物を攫って歩き出す。「あ、ちょっと待って」と言われて振り向いた。なにかあるのかと思ったから振り向いたのだが、その瞬間を写真に撮られた。
「――くそ、」
「行こっか。駐車場、どっちだって?」
 いつの間にか手にしていたカメラをあちこちに向けるから、ちゃんと見て歩いているのか分からなくてちょっと怖い。腕を取って「こっち」と改めて指示すると、青年――雨森慈朗(あまみやしろう)は嬉しそうに笑った。
「しばらくこっちいられるんだろ」と乗り込んだ車内、パーキングを徐行しながら尋ねる。
「んー、いる」
「なら買い出しもしてこう。食材がない」
「あれ食べたいな、西京漬け。つか、魚食いたい。サカナサカナ」
「ハワイだって島なんだからシーフードぐらい食べただろ」
「いやー、すげえ肉率だった。ゆってもUSAなんだよ、ハワイって。シーフードもあったけど、大体油で調理してあるから疲れた、なんか」
「そうか」
「あ、でも果物美味かったな。なんか、なんだっけ? なんかのミックスジュースだかスムージーだか飲んだけど、濃厚でさ」
「そうか」
「ケーキはめちゃくちゃ甘かった。けどあれは、赤城先生が甘党なせいだと思う」
「そうかもな」
 車はパーキングの中でも高層に停めていたので、抜けるのに時間がかかった。その間、慈朗はよく喋った。
「――いいお式だったよ。通りがかりの人もいつの間にか混ざってて、花とか飾って」
「写真、撮れたか」
「うん。あとで見せる。そうだな、幸せそうでよかった。青沼と、赤城先生」
「――そうか」
 ようやく立体駐車場を抜けると、外はとうとう雨が降り出していた。



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沙羅さま(拍手コメント)
残暑見舞いのご挨拶をありがとうございます。今日あたりは私の暮らす町でもちいさなうろこ状の雲が見えましたが、昼間はしっかりと暑いですね。
ですが秋虫が鳴くようになったな、と感じています。
一緒にいたんだかいなかったんだか、とにかく年数を経てお互いの垣根を外しつつあるふたりです。慈朗は確かに「逞しく」なりましたが、そうなった理由があります。その辺りこれからぼちぼち語りますので、お楽しみいただけたら幸いです。
柾木はとっつきにくい人ですが、芯はとても真面目な人です。真面目にしか愛せない人で、彼がどのように慈朗と接していくかは、私の中ではひとつしかありませんでした。これも今後語ってゆきますので、お付き合いください。
拍手・コメント、いつもありがとうございます。またお気軽に。
粟津原栗子 2019/08/18(Sun)19:17:04 編集
プロフィール
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粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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