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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 目が覚めると雨は止んで、外は明るかった。薄日が差し込んでいる。いま何時だ? とスマートフォンを引き寄せて時刻を確認すれば、朝九時をまわっていた。さすがに眠りすぎた気がしている。
 梅雨の合間の陽光で、気温が上がり蒸し暑くなることを感じさせる朝だった。理の苦手なシーズンに突入しつつある。布団の中に慈朗はすでにいなかったので、あくびをしながら部屋を出た。ベランダには洗濯物がすでに吊り下げられている。
 階下へ降りる。慈朗は台所の隣の六畳間で、ノートパソコンに様々なケーブルをつないでなにかやっていた。デジタルで撮った画像をチェックしているようだ。現れた理を見て「おはよ」と言い、「おなかすいたよ」と朝食を催促した。
「よく寝てたから起こさなかったけど、今日は休みでいいんだよね?」
「ああ、申請したからな。――ちょっと待ってろ、シャワーだけ浴びてくる」
 と、タオルや着替えを拾いつつ、ふと慈朗の手元を見た。
「それ、今回のハワイの挙式のデータか?」
「うん、そう。改めて画像チェックしてんの。フィルムで撮ったのもあるけど、この家に暗室ないからね。それは後回し」
 ちらりとパソコンの画面を見たが、拡大されていて全体像を見ることは出来なかった。「あとで見せるよ」と慈朗が言う。
「ああ」頷いて浴室へと向かう。
 シャワーを浴び終えて台所へ戻った。ひとまずコーヒーを最初に入れる。理はブラックで飲むが、慈朗はミルクを入れないと飲めない。マグカップを渡して再度慈朗の手元を覗き込んだ。データの整理はあらかた済んだようだった。
「めしにしよう。ちょっと手伝ってくれ」
「うん」
 理が魚を焼いているあいだに、慈朗は食器の準備をした。未だに食事を作ることは苦手だが、材料をぶち込んで具材に火が通るまで煮て、あとは味噌なりだし醤油なりコンソメなりを放り込めば汁物ぐらいはできると分かってから、慈朗は汁物だけは作るようになった。食卓に和食が並ぶ。ハワイ帰りの慈朗のためだった。
 時間が遅くてテレビはニュース番組を終えていた。見るものもないので向かい合わせに座って黙々と食事にありつく。数日前の夕飯に作っておいたスナップエンドウとベーコンとジャガイモの炒め物の残りも出したが、これを慈朗は気に入ったようで、器はあっという間に空になる。
 食器を片付けて、ざっと部屋を掃除する。シーツの洗濯もする。そのあいだ、慈朗は再びパソコンをいじっていた。あらかた済んだところで手招きされる。「写真、見ようよ」と慈朗は言い、台所のテーブルまでパソコンを引っ張ってきた。
 椅子に腰かけて眺める画面の中には、青みがかったシルバーのタキシードに揃いで身を包み、胸に花を挿して笑っている赤城と青沼の姿があった。
「ここが教会?」
「うん。教会で挙式して、そのあと近くのレストランに移ってパーティだった。このアロハ着てるの神父さん」
 慈朗の説明を聞きながら画像を繰っていく。時系列になっているので教会の様子からレストランでのパーティまでが追えた。アロハシャツを着た神父は確かにロザリオを胸から提げており、その前にはやや緊張した面持ちの青沼と、いつも通りふんわりと笑っている赤城の姿があった。誓いのキスをして、教会を出て来たところで集まっていた人々に祝福されている。慈朗が言う通り通りがかりの人もいて、それはタンクトップを着ていたり、ビーチサンダルだったりで分かった。
 ここに至るまで、ふたりの道のりは長かっただろうか、と考える。一度は青沼の前から姿を消した赤城を、青沼は探し回った。再会を果たしたのは確かローマで、青沼は大学を卒業して一年目だとか二年目だとか、そんなころだったと思う。あまり昔の話ではない。今回のハワイでのウェディングは、赤城の提案だったとは聞いた。赤城となじみの友人がハワイの出身で、いつか遊びに来れば案内するよと言われていたのを、ウェディングのタイミングで実現したらしい。
 理にも挙式の案内が届いていたが、学校教師が長期休みでもないのにハワイには行けなかった。慈朗はカメラマンとして来てほしいという正式な依頼があったというので、祝儀は慈朗に預けて送り出した。ハネムーンにくっついていくのもどうかと理なら思ってしまうが、あの南国の島々を、挙式後に赤城のなじみの友人の案内で、赤城、青沼、慈朗という面子でまわったらしい。だから今回の慈朗の渡航は二週間という比較的長期にわたっていた。
 赤城と青沼は始終幸福そうだった。ふたりでビーチに並んで座っているのを背後から撮った写真もあり、なんかこのふたりなら晴れたビーチで開放的な気分のままことに及べそうだと、余計なことも思った。このふたりは人目を気にしなかったから、日本にいて苦しかっただろう。堂々と表を歩ける社会も世界にはあるということだ。
 自分はどうだろうな、と写真を見ながら考えた。慈朗とのことを親しい人には伝えてあるが、それは親だとか慈朗の家族だとか、そういうごく一部に限られる。自分から大手を振ってこいつが恋人です、というようなことはなかなか表明できない。こういう性分だから、赤城と青沼のように海外へ行って慈朗と暮らす選択肢も、考えていない。
 できるだけ穏やかに、ぬるい今日と同じような明日を暮らしたい。自分からは発火したくない。けれどそんなのはひとりでいることをやめた日に、違う、と気付いた。慈朗を守るためにはやけどもするような燃える火口にも、時には手を突っ込まなければならない。
 それぐらいは覚悟を決めた。けれど慈朗はどうだろうか。まだ充分若いのだから、手放すならいまのうちに、と考えないわけではない。――生涯の伴侶に選ばれた自分のことを信じがたい。ずっと報われない恋を続けたせいかもしれない。


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粟津原栗子
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成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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