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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 写真は何枚でもあった。慈朗にしては相当数を撮ったようだ。それだけ「いい」と思える瞬間が多かったのかと思っていると、再生マークのついた画像が出て来た。「これ動画」と慈朗が言う。
「そんなの撮ったのか」
「んー、まあ、記念にね。デジカメはこういうの便利だよね」
 カチ、とマウスを動かして慈朗は動画を再生した。レストラン内での動画らしい。写っていたのは椅子に並んで座るカップルと、その親たちだった。中心に花で飾られた新郎たちがいて、その両脇にそれぞれの母親がいてとても驚いた。
 会場は人の話し声や奏でられる音楽でざわめいていた。その音にかき消されないように真ん中のふたりがなにか喋っているのだが、音量がちいさくて聞こえない。慈朗がパソコンのボリュームを上げた。『アヤ、元気?』と、聞こえたのは赤城の声だった。
『あら、これ柾木くんに送るビデオメッセージなの?』と赤城に訊ねたのは、隣にいた彼の母親だった。赤城とは学生のころからの付き合いなので、親のことも知っていた。赤城の父親は亡くなってしまったが、母親はこうしてハワイまで息子の挙式に出かけたのだ。
『柾木くん、相変わらずうちの息子がごめんなさいねぇ。迷惑かけっぱなしで』と息子そっちのけで赤城の母親が語り出す。
『母さんうるさいよ』
『でもね、こんな歳で息子が増えたの。あちこち飛び回ってるときはね、もうどこで死んでも知りませんって思ってたけど、こうして家族が増えるのは嬉しいね。この歳まで生きてても、そんなに悪くはなかったわ』
『ねえ母さん、相変わらずアヤ相手に自分の話をするの、やめない?』
『柾木先生、お久しぶりです。青沼です。……あ、赤城になるんですけど、』横から語りかけて来たのは青沼だった。高校生のころより上背はあったが、ただ上に長いだけという感じがしていた体躯は立派な大人のそれになっていた。
『信じらんないけど、今日はおふくろも来てます』
『柾木先生? ご無沙汰しております、青沼恵士の母です。高校の進路のことばかりでなく、色々と、息子がお世話になりました』
 青沼の隣に座っていた、細面の女性が喋る。数年ぶりで正直顔までは覚えていなかったが、目元は青沼に似ていた。いつか青沼を夜に送った際には、ひどい憔悴ぶりでかわいそうに見えた。息子をどう理解していいのか分からないという印象を受けていたから、この場にいることは青沼と同じく「信じらんない」、驚くべきことだった。
『こういうのも、幸福って言うのでしょうかね。あまりうまく言葉が出ませんけど、……夢の中にいるみたいな場所です、ここは』
『おふくろ、緊張しすぎだよ』
『だって動画なんだもの。記録に残るんだから、いいこと言わないと』
『考えすぎですよ。この動画撮ってるの、雨森なんだし』
 四人はそれぞれの関係性の欠片を理に示しつつ、なごやかに喋った。そして最後に赤城が『アヤ』と呼び掛けて、四人がこちらを向く。
『とにかく、僕らはこうやって生きていくから、まあ、日本に帰るときはまた会おう』
『柾木先生、ありがとうございました、色々』
『色々ってなん? 恵士』
『雨森もありがと……おまえ、なに笑ってんだよ』
 わあわあと喋ったり笑ったりして動画は唐突に切れた。なんだかな、と理は息をつく。
「わざわざハワイまで行っておれ宛ての動画とか、面白くねえよ、慈朗」
「え、よかったでしょ。だって青沼のおふくろさんまで来てたから……おれ、あそこがあんな風に和解してると思わなかったなって」
 それはそうだな、と思って頷く。
「おれの知ってる青沼のおふくろさんはいつも疲れてる人だったから、なんか、よかったなって思ったら、動画も撮りたくなったんだ」
「そうか」
「赤城先生の『アヤ』って久しぶりに聞いたな」
「おばさん、元気そうでよかった」
「赤城先生のお母さん?」
「ああ。確か足悪くして以降あんまり自由に出来ないっていつか聞いてたから、まさかハワイまで行くとはな」
「杖ついてたけど、景色が綺麗ねってあちこち動き回ってたよ。元気な人だった」
「おばさん、相変わらずだな」
 赤城の好奇心旺盛なところは、彼女から譲られたに違いない、と昔からずっと思っていた。足を悪くする前はあちこち出かけるのが好きで、旅行は当たり前、登山にドライブにと、すこし時間があればすぐ出かけるような人だった。息子がハワイ在住になんかなってしまったら、居つきそうだ。元気な姿は安心した。
 ひととおり見終えて、理は伸びをする。時計は正午を指していた。
「遅く食べたからあんまり腹減ってないけど、昼、どうする? どっか出るか?」とパソコンを仕舞う慈朗に訊いた。
「食材は昨日買って来たからあるけど」
「じゃあ家で食べようよ」
「ん」
「それでさ、しよう、理」
 あんまりにもストレートな誘い文句に面食らった。
「……昨夜、したろ」
「いや、なんか写真とか動画見てたらすごく理としたくなった」
 それでも言い慣れぬ台詞が照れ臭いのか、機材をいじっている。
「だめかな」
「いや、……」
 理は慈朗に近づいた。
「いいよ。しよう」
「ふふ」
「そうなると昼めしが本当にどうでもよくなるな」
「あ、理ぁ」
 畳に座ったままの慈朗が理を見上げる。嬉しそうにしているのでなんだろうと思っていると、慈朗は「おれ、来季からフリーになるから」と言った。
「西門(にしかど)先生のアシスタントやめるんだ」
「西門先生って、写真の?」
「うん。先生ね、今年の冬から仲間何人かと事務所立ちあげんの。そことカメラマンの契約して、これからはおれ個人で仕事を請けることにした。地方あちこちする生活は変わんないけど、スマホとパソコンがあれば仕事依頼は受けられるしね。だから拠点、ここにする」
「……」
「ここで暮らすよ」
 どうかな、と慈朗は首を傾げる。そんなのだめなわけがない。
 理も知らずのうちに微笑んでいた。こいつとはこうなんだな、と思う。静かに、穏やかに、暮らしていく。
 それは永遠に秘め事をしているような、それを共有するような、ほんの少しの後ろめたさがある。この人は恋人ですとおおっぴらに言えない理の性格上、どうしてもそうなる。すると慈朗とは永久に共犯とでも言うのか。悪くない。



End.


(12)



番外編はもう少し続きます。引き続きお付き合いを。




拍手[11回]

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マロンさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
最近の癒しと仰っていただけて、更新した甲斐があったなと嬉しく思っています。
赤城・青沼、雨森・柾木と異なるタイプのカップルを書きまして、赤城・青沼に焦点を当てようとも考えたときがありましたが、私が好きに構想出来るのは雨森・柾木のふたりでした。赤城・青沼カップルは情熱的で王道を行っていると思います。ちょっと裏道に入ったような雨森・柾木の生き方が、私には共感しやすいのかもしれません。
すっかり秋の空気になってしまいましたが、続く番外編は相変わらず夏の話です。こちらも引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。
拍手・コメントありがとうございました。またお気軽に。
粟津原栗子 2019/08/29(Thu)08:07:11 編集
かやさま(拍手コメント)
読んでくださってありがとうございます。
どこにも更新のお知らせをせず、唐突に始まってまた休眠する、みたいなスタイルをここ数年はさせていただいておりますが、17時が楽しみ、と仰っていただけると本当に嬉しいです。私の勝手で綴っているものですが、改めて読んでくださる方がいてこそだと思わずにはいられません。
今日からまた番外編です。1週間ぐらいは更新が続きます。こちらもお楽しみいただけると嬉しいです。
拍手・コメントありがとうございました。またお気軽に。
粟津原栗子 2019/08/29(Thu)08:12:41 編集
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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