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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「あったか、あるのか、言いたいことなのか、考えていることなのかまでは分からないけど。でもおれに話があるから、散歩に誘った」
 夜鷹はジュースを置き、青の唇に自身の唇を押し付けた。
 青の目が見開かれる。だが拒まれはしなかった。夜鷹は青の頬を両手で包み、たっぷりとキスをする。雨で人通りがないけれど、公園の敷地内だった。構わずキスを続けて、青の手が肩にまわる。惜しんで唇を離した。
 近い距離にある目が、夜鷹の好きなカーブで夜鷹を見ている。その目を舐めるように覗き込み、「あるよ」と答えた。
 一時的な雨が去りつつある。夜に向けて陽の落ちる時間帯だった。濡れてもタオルなど持っていないから、ドリンクを飲み干してベンチを立ち、コーヒースタンドに返却してまた歩き出す。
「通常、日本に出張が多くなるってのは、いずれそのまま日本の研究所勤務になる前段階だ」
 青の顔を見ないまま、青より少し先を歩きながら喋る。後ろから「Gの?」と訊かれて、振り返る。
「Gだけじゃねえ。日本のどこか」
 また前を向いて歩き出す。濡れたシャツが肌の表面温度を奪う。
「単身赴任にはなるだろうけど、おまえと日本で暮らすのもいいかなと、少しは思ったんだ」
 急な雨の直後だったから、公園には驚くほど人気がなかった。
「どう思う? 青」
「どう思う、って」
「おれがこっちに戻れば嬉しいだろう?」
 冗談として笑うつもりで言ったが、青の返答は遠かった。
「夜鷹はもう、結論を出してるよな」
「なにを?」
「とぼけるなよ。……こっちでおれと暮らすつもりなんか、おまえはないよ」
 夜鷹は前を向いたまま立ち止まる。青が追いつき、隣に並んだ。
「いずれ日本に戻っておまえと暮らす未来のことを、よく考える」
「……それこそ珍事だな」
「けれどそれは未来であって、いまじゃないんだ。おれはまだ、この国でやっていきたいとは思わない。もっといろんな国の、いろんな土地で、いろんなものを見て、知りたい。空気を吸って、おれだけが見つけた特等席みたいな地質の上に寝転がって空でも見上げながら考え事や昼寝をするんだ。……そんなことやってたら生涯八十年だったとしても終わんねえけどな。いつか日本に戻るタイミングがあったとしても、いまじゃねえと思ってる」
「ああ」
 隣の青の腕が伸びる。濡れた髪ごと頭を抱かれた。
「だがいまこのタイミングを逃して次いつ日本に戻るのか、戻れるのかも分かんねえ。未来のことなんざ考えても仕方がねえとも思うが、……おまえといるとどうしても、先のことを想像してみたくてたまらなくなる」
「……」
「全く面白くねえ話だ」
 青に引き寄せられるままに頭を押し付ける。
「もうボスにはメールした。つまんねえ勤務先になんかされたらボケて死期が早まるってな。いまのボスは温和だが、その分冒険心に欠ける。日本におれを派遣するのも、暴動に巻き込まれて大変な思いをしただろうからという配慮だったんだろうが、こっちにはいらねえ世話だ」
「上司から返信はあったか?」
「日本にいる大事な人と話せ。その後でこちらでも話そう。準備はしておく」
「いい上司じゃないか」
「気弱なだけさ」
 青の頬に唇を押し付け、離れる。濡れたせいで肌の上で熱が気化して、冷たかった。
「あっちに戻ったら、ボスとの話し合い次第だが、やっぱり遠地勤務を希望すると思う」
 なんとなく青の顔を見られなかったが、無理に顔を上げた。夕闇に青が溶け込んでいく。
「そうなったらいつ戻るかなんて、分からん。それでもいいか?」
「いまさらだな」
 青は歩きはじめた。夜鷹のことを気にするそぶりもなく、自分のペースで進んでいく。
「おまえがこっちでおれと暮らす未来のことなんか、おれは考えたことがないよ」と青は言った。
「大学生になる前からなったあたりでは、考えたこともある。でもいまは難しい。夜鷹が自分の意志で東京を選ぶなら歓迎するけど、夜鷹は多分、もっといろんなところを飛びたいと思ってるはずだ。昼も夜も関係なくさ。おれと暮らしはじめてみろよ。おまえの言う通り退屈であっという間に死んじまう」
「おまえは淋しいはずだ」
「そう、淋しい。でもそれはいまにはじまった話じゃない。夜鷹との距離なら、いつだって遠い。おまえよく言うだろ。おれの淋しさはおれだけのものだと。だからこれはもう、仕方ないんだ。おれがいくら淋しがってもおまえは行くし、構わず飛んでいく。そのさ、ボスの言葉を実行してくれたのは嬉しかったよ。おまえがおれを尊重してくれるなんてな。でもおまえは揺るぎないやつだから」
 青は立ち止まり、夜鷹を見た。目を合わせて「淋しいよ」と訴えた。
「おれは、淋しい。おまえは、好きに飛ぶ。これは昔から変わんないことだろ」
「そうだな」
「だからいまさらだ。……風が出てきたな。もう戻ろうか。濡れたし」
 街は宵闇に包まれ、街灯の明かりが目立つ。盛夏は過ぎ、日暮れが早くなった。夏の終わりに差し掛かっている。
 公園を抜けてまた住宅街へと戻ってきた。
「おれは淋しいと言うのを堪えるから、……けど、どうしても淋しくなったらそのときは慰めてくれよ」
「たっぷり可愛がってやるよ。テレフォンセックスでもするか?」
「随分と高くつきそうなセックスだな」
「じゃあスカイプ。映像付きだぞ」
「いやだよ。……まあな、電話は遠くても出来るし、手紙もメールも送れるけど、セックスは相手が傍にいないと出来ない。遠隔操作じゃだめだな。これだけテクノロジーが進んでいるけど、実像がいないと出来ないことは山ほどあるな」
「『どこでもドア』並みの技術力じゃないとな」
「ああ、あれは一気に解決するな」
 家の前まで来て、青が鍵を開ける。空には星が見えはじめていた。
「じゃあ、実像がないと出来ないことを思いっきりしようぜ」
 玄関をくぐって青を誘う。男は夜鷹の腰に腕を回してきた。
「飯は?」下唇を指でなぞられる。
「思いっきりやって思いっきり腹減らして食おう」
 唇をなぞる指をがぶがぶと食むと、青は笑った。
「おれの部屋のベッドと、おまえの部屋のベッド、どっちがいい?」
「どこだっていいよ。ふたりっきりだからな」
「ああ、いい言葉だな」
「ふたりっきり?」
「うん」
「確かにおまえは好きそう」
「夜鷹の口から聞くとすごく新鮮だ……」
 玄関の扉を背に押さえられ、たっぷりとキスをする。どんなにしても欲しくて喉が鳴る。空腹で腹が鳴るみたいに。
 唇をわずかに離した青は、熱っぽい吐息を漏らして「ここで出来るな……」と苦笑した。
「いいぜ、ここでも」
「だめ。行こう、夜鷹」
「どっちの部屋?」
「近い方」
 ならば夜鷹の部屋だった。身体を絡ませて服を引っ張ったり髪を掴んだりしながらなんとか部屋までたどり着く。ベッドに押し倒され、カーテンを引き忘れた部屋の窓から夜空を見た。
 そこを飛んでいく鳥があった。だが青にシャツを脱がされ肌の温度が上がる。すぐに忘れた。



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プロフィール
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粟津原栗子
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非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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