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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 夜鷹を背後から抱いて、男は眠りと覚醒の境を彷徨っているようだった。耳の下にある腕が心地よく、頭の後ろに当たる吐息は穏やかで熱い。腰に乗った手先をいじっていて、夜鷹はふと自身の右手に目を向けた。暗がりでは分からないからベッドサイドのスタンドを灯す。唐突に湧いた灯りに、青は「ん」と呻いて身体を捩った。
「……夜鷹、どうした」
 眩しい、という抗議は口にせず、夜鷹の後頭部に目元を押し付ける形で示された。
「んー、そういや刺さったガラスがどうなったかなって」
「……帰国した日に言ってたやつ?」
「そう」
「見せろ。どこだ」
 青は起き上がり、目元をこすりながらも夜鷹の差し出した右手を取った。
「てのひら。親指の付け根あたり」
「……よく見たら傷だらけだな」
「治って来てるだろ。もうだいぶ時間経ってるし」
「普通は放置せずにすぐ処置するもんだ。なんでガラス?」
「ガラスっていうか、岩石に混じったガラス質っていうか。サンプルを砕いてさ」
「ああ、もしかしてこれ?」
 青の爪先が一点を突き、疼いた痛みに声が漏れた。
「これっぽいな。ここだけ白っぽく盛り上がってる」
「もう皮膚張っちゃっただろ」
「薄皮程度だ。すぐに取れるよ」
 待ってろ、と言って青はベッドを降りた。恥ずかしがるでもなく裸体で部屋を出て、再び戻った手にはプラスチックケースがあった。工具箱的な扱いをしているようで、中にはドライバーやネジ、ニッパーなどが入っている。
 そこからライターとカッターを取り出し、カッターの刃を炎で炙った。カッターの刃は通常よりも鋭角で、黒く光る。
「夜鷹、右手」
「外科治療か? おまえいつ医師免許なんか取得したんだ」
「これぐらいはやるだろ。それに工学部卒の現技術職をばかにするなよ。細かいことは得意なんだ」
 青は明かりの下に夜鷹の手を広げさせ、カッターの先端で薄く盛り上がった皮膚を掻いた。ちくちくとした痛みがよみがえるが、青にされればそれも快楽の一部で、不快ではなかった。
 皮膚の表層だけをめくるようにして刃を入れ、薄く肉が開かれる。血も滲まないごく表面で、皮膚に覆われた異物を青は丁寧にあらわにし、「これだ」と呟いて刃先だけで器用に取り除いた。先ほどまで身体中にされていた愛撫が呼び起こされ、身体の奥に火の揺らぎが起こるのを感じた。
 ティッシュの上に異物を落とし、他にもガラスの刺さる箇所がないかと確かめられた。目視と夜鷹の実感ではこれ以上はないと判断され、消毒液で拭われたあとは、まじないのようにふ、と息を吹きかけられた。
「すぐ塞がると思うけど、絆創膏でも貼っとくか?」
 青の手を握り返し、口元に持って来て器用な指先を舐めた。
「夜鷹、」
「欲しい。入れろ」
 スタンドの明かりはそのまま、青をベッドに押し倒す。散々夜鷹の内部を翻弄した性器をしゃぶると、青は息を詰めながらも夜鷹の髪を引っ張った。
「明日も仕事だから。積極は嬉しいんだけど、さすがに休みたい」
「じれったいこと言うなよ。分かった。指だけ貸してろ。自分でするから」
 青の腰に跨り、手を取って背後に回した。掻き回されてほぐれているそこに青の指を差し込もうとして、夜鷹の意思に反する動きでぷつりと長い指が潜り込んできた。
「あっ、……っ」
「やわらかいな」
「……おかげさまで、」
 本当に奥に遠慮なく出されたから、掻き出しても掻ききれなかった精液が内部を伝いおりるのが分かった。それは青の指を潤滑に動かし、新しい指をやすやすと飲み込む助けをする。
「青っ、そこ……んっ」
「ここ……前より膨らんでないか?」
「あっ、知る、かよ……っ」
「触って欲しいみたいだ……」
 通電する一点を押され、性器がみるみる漲ってゆるやかだった性感が束になる。拠り合わされて強固になる。指だけで好きにやろうと思ったが、とても足りない。自身の性器に触れるともう出ないと思った先端からはまた腺液が滲み、潤んで透明な皮膜を作る。
「青、やっぱり無理。欲し……」
 青の上に重なると、耳を齧られた。束の間指を引き抜き、ベッドの反対側へ押し倒され、望む通りに硬く長いもので埋められた。悲鳴が出る。
「あああっ――!」
 中を進む青の性器が、硬くたくましくて嬉しかった。遠慮なしに端からがつがつと腰を使って出し入れされる。踏ん張らないとベッドからずり落ちそうで必死でシーツを掴む。ゆっくりやる気はないらしく、青は夜鷹の性器も盛んに擦った。後ろの快楽と前の快楽で、夜鷹はもう自分のコントロールが出来ない。
「あっあっ、青っ、せいっ」
「いけ。出せ、夜鷹――っ」
 大きく突かれて下腹に凄まじい寒気が走った。猛烈な性感に堪えきれず射精する。出すものは薄く水のようだった。青もほぼ同時に射精し、数度夜鷹の中でしぶいて、硬直を解いてぐったりと倒れ込んできた。
 狭いベッドの中で、指一本動かせないような心地よい疲労に包まれる。青はしばらく呼吸を荒くしていたが、やけに動かないと思っていたら、そのまま眠りへと移行しつつあった。
「こら青、寝るな。重い」
「……ん、」
 返事をしたものの、青の目は開かない。そのうちすうすうと穏やかな寝息が肌に当たるようになった。出したら寝るか。男の生理そのままだなと思った。冷静になれば外からは秋虫の声が聞こえる。もうそんな時期になったんだなと夜鷹は腕を伸ばし、スタンドの明かりを消した。
 青の性器を自分で抜いて、こぼれ出る精液をティッシュで拭う。ベッドの縁に腰掛けてミネラルウォーターを口にした。青の髪を梳く。青はうつ伏せのまま、よく眠っている。
 あやすように青の背を叩く。いい子のまままっすぐ素直に大人になった青。


 目覚めるとベッドに青の姿はなかった。時間を確認すれば午前十時をまわっており、仕事に出たかと納得して大きく伸びをする。まだ眠いし、身体はだるい。シャワーを浴びてキッチンへ向かうと、ダイニングテーブルに青が腰掛け、新聞を読んでいた。テーブルの上には朝食が用意されている。
「仕事は?」と冷蔵庫から牛乳を取り出して訊ねる。
「午後出にしてもらった。飯食おうぜ」
「ずいぶんと豪勢な飯だな」
「昼も兼ねてるからな。それにやりまくって飯だと言ったのはおまえだ」
 テーブルの上には色鮮やかな野菜を挟んだサンドイッチとハムやチーズ、フレッシュフルーツのジュースやデニッシュも並ぶ。夜鷹の好きな両面焼きの目玉焼きも、カリカリに焼いたベーコンを添えて皿にある。スライスしたアボカドやヨーグルトもあった。ポットの紅茶に牛乳を混ぜて、夜鷹は青の向かいに着く。青は新聞を畳んでグラスにジュースを注いだ。ミックスジュースのようだった。
「いつも洋食か?」
「いや、その日の気分。玄米が食べたい時は炊いて味噌汁とおかかだよ」
 空腹に任せてただ黙々と食事を取る。食べ終えて夜鷹は「片付けはおれがやる」と告げる。青は頷き、ありがとうと返事があった。
「――日本の地質だって、相当面白いだろ」と青は再び新聞に目を通しながら言った。
「ああ。プレートの真上だしな」
「夜鷹がつまらんと言っているのは、研究者の姿勢だよな。もちろん、積極的な研究者もいるんだろうけど」
 ぬるいミルクティーを口にして、夜鷹は「そうだな」と答えた。
「いつか戻って来て、自分のルーツをきちんと研究してみろよ。きっと、悪くないはずだ」
「老いって言うんだよ、それ」
「老いるんだから当たり前だろう」
 同僚の台詞がふっとよぎった。「潮時」ってやつ。
 それはそのうち来るんだろう。気づかないうちに潮が満ちているように、足元は浸っている。そう想像していると、青は新聞を丁寧に畳み、テーブルの傍に置いた。
「夜鷹の言う、夜鷹だけが見つけた地質の上に寝転がって考え事をする日が、日本でも可能かもしれない。そのときはおれも混ぜてくれ」
「隣で寝るか?」
「夜だったら望遠鏡を構えるよ」
 青は笑った。一瞬にしてその図が夜鷹の脳内に過ぎる。夜鷹の見つけた夜鷹しか知らない場所に、夜鷹は満足して寝転がる。空には星が広がっている。隣で青が望遠鏡をセッティングして、夜鷹が頼みもしないのに星について語り出す。
「――おまえらしい平凡な発想だ」
「なかなかいいだろう」
「日本に限らなくてもおまえさえ来れば世界中のどこでも可能だよ」
「じゃあそれが出来るように真面目に働いて稼いで有休はしっかり溜めておくよ」
 ごちそうさま、と言って青は立ち上がった。外の光を見て「今日も暑そうだな」と漏らす。
「ああ、夜鷹。今日・明日と行ったら明後日からは夏休みだから」と青は言った。
「Nに帰るか?」
「ずっと帰ったことはなかったから、いつも通りの夏休みにするつもりだ。夜鷹、しばらくいるよな」
「出国は再来週だ」
「じゃあいいな。どこか行くか――行かなくてもいいけど、夜鷹に任す」
 不意に青に手を取られた。昨夜ガラスを取り除いた右のてのひらを確かめられる。「もう塞がった」と青はそこに唇をつけた。
 ゆっくりと吸引して、唇を離す。
「かわいいことするなよ。やりたくなるじゃねえか」
「あ、夜鷹。シーツ洗って干しといてくれ。すぐ乾くだろ」
「オーケイ」
「あとそれ、いつまで着てる気だ?」
 青は夜鷹の着ているシャツを指した。青のシャツだが、夜鷹のものみたいに当たり前に馴染んでいる。
「あんまり服を持って来てないんだ。スーツケース軽くしといて、買い物出ようと思ってたから。服はな、日本で買った方がサイズが合う」
「付き合うよ」
「じゃあ夏休みのプランに入れておく」
「おっと、時間がまずいな」
 青はばたばたと支度をして、家を出る。間もなく夏休み。青と夜鷹はやっぱり夏を一緒に過ごす。
 着ているシャツから青の匂いがする。しばらく襟元に鼻を埋めて、夜鷹はテーブルを片付けはじめた。知らず鼻歌が漏れる。



end.



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そんなに遠くないうちにまた更新が出来る……と思います。
災害、災厄、災難、様々な事態が起こっていますが、どうか安全に、健康にお過ごしください。







拍手[7回]

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寒椿さま(拍手コメント)
最後までお付き合いくださりありがとうございました。
このふたりは放っておくと勝手にぽんぽん喋っていくふたりでしたので、一緒にいるところを書くのはとても楽しいものでした。
またどこかでお目にかかりたいふたりです。嬉しいお言葉をありがとうございました。
また次回の更新もぜひお付き合いください。
ありがとうございました。
粟津原栗子 2020/08/02(Sun)06:03:59 編集
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プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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