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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 出張先へは列車で移動した。車内で夜鷹はノートパソコンを開き、ニュースや学術誌などを好きに読んでいた。メールもチェックし、少しばかり眠り、着いた駅には学会を歓迎する垂れ幕が掲げられていた。夜鷹の到着を待っていた日本人研究者に迎えられ、車で移動する。
「前嶋さんはあっちが長いんでしたっけ?」と助手席に座る年長の研究員から訊ねられた。
「あっちがどこを指すかにもよります」
「ああ、あちこちされてるんでしたね。体力も行動力もおありで羨ましい」
「C鉱脈の掘削現場に長くおられたんですよね」
 口を挟んできたのは運転席に座る方の若い研究員だった。
「そうですね。鉱山の開坑調査の段階から参加していました」
「いい資源の産地でしたが、いまだいぶ危険な土地になって、渡航も厳しいとか」
「やっぱりねえ、安全は大事ですよ。私なんかずっとこの土地の地質一本でやっていて、いまじゃ誰よりもここに詳しいと言われます。無茶をしてみたい年齢の時分もありましたがね、変わらないことが一番いいとこの歳になると思いますよ」
 と老年の研究者は述べた。平和ボケって言うんだよそういうのを、と罵りたい気持ちをぐっと堪える。誰よりもここに詳しいと頼られて満足か? 右肩の銃創でも見せてやりたい気分になる。
 会合と学会は二泊三日の予定で、夜鷹の宿はよくあるタイプのビジネスホテルが用意された。平和になった日本で、平和でのんびりとした会議が、三日も続く。夜鷹はすっかり飽きてしまい、帰りの車内でボス宛に打ったメールには、『クソつまんねえ仕事を寄越すんじゃねえよ。また撃たれに行くぞ』と報告した。
 帰宅したが、青もまた出張だとかで入れ違いの留守に重なった。くそったれ、と思いながらビールを口にする。タブレットで英語のニュースサイトを開き、興味のあるニュースもないニュースも片っ端から読み漁る。英語に飽きて別の国のニュースに移る。また別の国。別の言語。そうやってネットサーフィンで次から次へと見ているうちに、去年まで滞在していた国のニュースへと移った。
 ローカル紙のサイトに、〈C鉱山に再開の動き〉と見出しがあって、ついタップする。
〈地元議員による贈収賄に発し一時抗争激化により閉山していたC鉱山が約一年二ヶ月ぶりに掘削を開始すると発表された。ただし具体的な時期までは公表されていない。再開にあたって時期を検討しているところとの発表であり、現地の治安の回復を待つものと見られる。〉
 情報とも言えない情報を、夜鷹は隅々まで目を凝らして読み取る。写真すら載らない記事だったが、夜鷹には重要な記事だった。それ以上の情報をインターネットからは拾えないと判断し、タブレットからスマートフォンに持ち替えて登録してあるナンバーをコールした。
 電話の向こうで『いま何時だと思ってるんだ?』と呆れた、でも愉快そうな声がした。
『日本に追いやられちまったもんでな。グリニッジからプラス九時間に戻されちまった』
『アレックスに日本はクソつまんないとメールを送ったそうだね』
『情報が早えな。監視されてんのか?』
『メールを読んだアレックスから電話が来たんだ。ヨダカはエキサイティングな土地でないと満足しないと嘆いていたよ。あんまり困らせないでやってくれ。一応、きみの新しいボスだからね。それともきみがアレックスに代わるかい?』
『人の上に立つ器じゃねえんだ』
『全くだな。はぐれ狼のくせに所属を嫌ってないから不思議だよ』
 台詞の割に楽しそうな口調だった。夜鷹は『おい、じじい』と親しみを込めて呼ぶ。
『ああ、懐かしい呼び名だね。周囲で僕をじじい呼ばわりするのはきみだけだった。変わってなくて嬉しいよ』
『一応元・ボスのあんたを敬称のつもりで呼んでるんだけどね。聞きたいことがある』
『C鉱山のことかい』
『詳しいだろ。あんたはなんでも知ってる』
『知らない情報はないよ。さて、だが困ったね。きみに話してもいいけどまたあの鉱山で仕事がしたいと言い出すようだとアレックスが困る』
『再開するらしい、というニュースを読んだ。うちのラボから誰か派遣されてんのか?』
『いや、手を引いている』
 元上司はあっさりと答えた。
『専門家なしで動きはじめてるのか?』
『そんなことはない。いる。ただうちではないし、聞いたことのない所属の専門家のようだった。あの国で長く活動している個人の研究者を充てたんだろう』
『名前だけの素人か?』
『それも違うだろう。あの土地には一気に人がよそから入りすぎて、地元民からの反発が大きかった。だからこそ起きた暴動だったとも言える。地元出身の専門家を充てることで新体制を図った、というところだろう。発案はヨダカたちをコーディネートした現地の、ええと名前が――思い出した。ケイ・モトミヤ。彼のおじいさんであるレン・モトミヤ氏の説得で集まった地元民をケイ・モトミヤ氏が助ける形で、新しい動きになっていると聞いている』
『新しい動き?』
『鉱山が一大経済拠点としてこれからも機能するだろうことは分かっている。かつての暮らしを無理に変えたからあれだけの大事になったのであって、ひとつひとつ絡まった糸を丁寧にほぐす作業を厭わなければ、やって行ける土地だとモトミヤ氏らが確信したのだろう。利益を一部の人間ではなく皆にきちんと分配する仕組みを作れば、皆が納得する形で村が続く。そういうことをやっている、ということだ』
 よそから来た人間に対する嫌悪感や差別的な雰囲気は、あの宿舎にしかほとんどいなかったとはいえ、感じ取っていた。移民を拒む風潮があった。その中で一体どれだけの苦労をして、得た信頼感だろう。モトミヤの祖父と孫がやっていることは、生半可な覚悟ではなし得ない。
『国の経済を回したいならやはり自国民が回さなければね。モトミヤ氏らは主導を地元民に渡し、あくまでも補助的な立場に徹している。あの土地の人間のことをよく分かっている。いまはまだ厳しい状況だろうが、彼らのしていることに光明が差す日はきっと近い。戻りたいと言うか? ヨダカ』
 フ、フ、と独特の笑い声が電話の向こうから響く。心底楽しんでいる時に出る笑い声だった。
『いくらモトミヤ氏が日系だろうが、だからって迂闊に日本人が歓迎されねえことぐらい分かるよ。それにしても相変わらずの情報通だな。世界中のスパイの元締めってあんただろ』
『老いぼれに愚痴をこぼしに来る輩が多いだけだよ』
『悪かったな、変な時間に』
『随分と殊勝な様子だね』
 電話を切ろうとした間際、元上司は『日本は平和でつまらないか、ヨダカ』と言った。
『あんたらアメリカ人が落とした爆弾で痛い目見た結果のピースだからな。文句はないさ』
『なんだ、昔の話を持ち出すねえ。あの戦争を正当化してはいけない。きみたちも、わたしたちも。愚かな歴史だ』
 だが、と区切られる。
『その枠に囚われないのがきみ本来の性質だ。ノーとはっきり言える日本人だからな。きみに日本は、合わないのかもしれないねえ』
『なにが言いたい、じじい』
『アレックスとよく話をしなさい。きみらしく利発で論理的に。嫌味も添えてね』
 フ、フ、とまたあの小気味よい笑い声が聞こえる。今度こそ電話を切ろうと思ったが、話はまだ続いた。
『ケイ・モトミヤ氏は結婚したそうだ。地元の観光局に勤める女性らしい』
『……なんだ、政略結婚か?』
『あちらではまだ女性の地位が低いから、その中で台頭するとあればきっとやり手の女性なんだろうね。じきに子どもも生まれるそうだから、いつかあの土地へ行けるようになったら訪ねてお祝いをしてあげるといい』
『それアレックスに言っといて』
 ようやく電話を切り、スマートフォンを投げた。ソファにぐったりと横になり、ふーっと長く息をつく。結婚したか。そりゃ年頃だったし当たり前か、と思う。あれから一年以上が経過している。最後に見たケイは腹に穴があいて動けなかったから、目覚ましい回復力と行動力だと思った。素晴らしいね。夜鷹は目を閉じる。
 バラバラと雨音がした。いきなり猛烈に降って唐突にやむ、夏特有の雨だろう。
 雨音を聞いているうちに眠っていた。青ではなくケイの夢を見たが、目覚めの瞬間からおぼろげになり、そのうち忘れた。


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プロフィール
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粟津原栗子
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非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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