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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 陽が落ちればあっという間に闇に飲まれる。外はいかにも冷たい風が吹いていそうだった。暑いと思うぐらいで風呂から上がり、しっかりと髪を乾かしてコートを着込み、また外へ出た。夕飯は地元の名物や特産品を出す居酒屋で、これは宿の従業員に教えてもらった。酒を飲まずとも定食のメニューも充実していて利用する人は多いという。こじんまりとした店構えだったが、平日だからか人も少なくてのんびり寛げた。定食よりはあれこれつまんで食べたいという話になり、酒の肴のような単品メニューと玄米の焼きおにぎりと味噌汁を頼んだ。慈朗が気に入ったのは地元特産牛に味噌を載せて焼いたものだ。柾木はつきだしのおからの煮物が美味いと言って食べていた。食欲はある。
 散歩がてら水辺を歩き、月に照らされた道を戻る。商店街は外灯だけ残して閉まっていた。朝はあちこちで朝市が開かれると観光センター発行のガイドブックに書かれていた。地元の人による農産品や特産品の出店が並ぶのだ。せっかくだから行こうかと話す。
 宿に戻ると、狭い部屋でも一応宿の人間が入って布団が敷かれていた。二組並べばぎゅうぎゅうで、荷物を置く場所さえない。慈朗は身体が冷えたのでまた湯に浸かりに行った。慈朗が部屋から出たとき、柾木は窓を軽く開けて風に当たっていた。
 湯に浸かりがてら、売店を覗く。売られている土産ものはそれでも昼間歩いた街並みの中にあった土産物屋と内容は変わりなかった。アイスクリームが売られていたので柾木の分も買って戻ろうかと考え、やめた。宿の浴衣を着てぽくぽく歩いて部屋に戻る。
 室内は暗かった。ポーチのオレンジ色の明かりしか灯っていない。柾木は窓際の椅子に座り、やはり窓から吹く風に身体を当てていた。手元にはスマートフォンがあり、それをなんともなしに眺めている。
「それ、誰から」
 戻った慈朗に気付きもしない没頭ぶりだ。電灯をつけたことでようやく気付いたようだった。普段なら柾木のスマートフォンを覗き見るようなことはしないし、内容も尋ねることはない。けれど訊いた。よっぽどのことが書いてあるのだろうと瞬間的に思った。
 柾木が慈朗を見る。目はいつも通りの険しさで、だがほんの少し迷いがあることを、慈朗は見抜けた。
「言いたくないなら別に、いいけど」
 雑に詰め込んで持ってきた衣類を鞄から出し、丁寧に畳み直しながら言う。
「でも理、ずーっと上の空だ」
 布団の上しか居場所がないので、荷物も布団の上に広げる。柾木は黙ったままだったが、「誰からってことはねえよ」と返事があった。
「ニュース見て情報収集してただけ」
「ニュース?」
「おまえ、青沼からなにか聞いてないか」
 青沼。それはもはや懐かしい名前だった。最近はとんと連絡を取り合っていない。本人は確か何年か前に陶芸分野の世界的なコンペティションで入選したとかで話題になったが、そのとき連絡を少し取ったぐらいで、それきりだった。
「いや、特に。……青沼が、ニュース?」
「違う。聞いてないならいい、というより、それどころじゃないんだろう」
「……どういうこと」
「――黙ってても、仕方がないよな」
 そう言って柾木はため息をつき、慈朗を手招きした。柾木の座る籐椅子まで近寄る。柾木が寄越したスマートフォンにはどこかのニュースサイトの記事が掲載されていた。英語ではなかった。ただ掲載されていた顔写真を見てドキっとした。画質は荒いが、赤城に見える。
 スマートフォンを操作して、翻訳版に切り替える。太字の見出しは「芸術祭参加アーティスト、設備の落下で重傷」とあった。
「――え?」
 柾木は頭をがりがりと掻く。
「おれも翻訳使ってでしか情報をすくえてないから詳細までは分からないんだがな。赤城が怪我をしたらしい。国際的な芸術祭への出展で、地元の美大生たちとでっかい壁画を描いてたんだが、脚立の強度が足りなかった。高さ二メートルから、落ちた。そのとき強打したのが右側面。主には、右手」
 右手、それがなにを意味するのかこういう職業でなくとも安易に想像がつく。つまり利き手を負傷した。アーティストとして活動を始めた赤城の、よりにもよって商売道具の手だった。
「昨日、赤城のおふくろさんから連絡があったんだ。それで色々調べたり赤城本人と連絡を取ろうと試みたんだが、思うようにいかなかった。嫌になって。――つい、仕事さぼってこんなとこ来ちまった。おまえまで巻き込んでな」
「青沼は? 青沼とは連絡取れた?」
「そこまではしていない。おれは青沼の個人的なアドレスを知らないしな。そもそもあいつらの拠点はハワイだ。青沼はそこに工房を構えて作陶している。今回の芸術祭はアーティスト・イン・レジデンスだと言うから、赤城だけ出向してたんだろう。そこでの事故だから、青沼に一報が行っていればいまごろ慌てて駆けつけてるはずだ。尚更連絡は取りづらい。……軽傷ならいいんだけど、軽傷ならニュースにならん」
 そして再びふーっと長くため息をつき、柾木は椅子に深く沈み込む。それからぽつりと「まあ、いずれ死ぬからな」と言った、
「遅いか早いかだけだ」
「……赤城先生、まだ死んでないよ」
「そうだといいな」
「死んでないよ……」
 祈るような台詞になった。柾木は答えない。
 どういう気持ちなんだろうか、と考えるが、慈朗には思いもしないような様々な感情が柾木にはあるだろう、としか考えつかなかった。貧困な想像力と観察眼しか持ち合わせていない自分が恨めしい。赤城は、柾木にとって憧れそのものだったはずだ。柾木に持っていないものをすべて持ち、魅了し、恋をしたが恋仲にはなれず、近いときには近くてあるときいきなり遠くへ行く。平気で行く。慈朗が赤城であり、柾木のことを思うなら、意地でも傍にいたいと思う。けれど赤城はいつだって柾木を引きはがす。――こうやって。
 赤城がアーティストとして復帰したことを何よりも待ち望んでいたのは柾木だと知っている。赤城の活動情報を収集しては密かに喜んでいることは、近い距離にいるからこそ分かることだった。だからと言って赤城を羨ましく思ったり、妬んだりはしない。赤城の情報以上に柾木はいま、慈朗自身の活動のことも収集しては詳しい。そういう距離に自分はいる。
 思い焦がれて手の届かない人。それが柾木にとっての赤城だ。その神の子のような存在がいま危うい。柾木も正気ではいられないのだろう。だから慈朗を誘ってこんなところへ来た。日常から離れてまで忘れたいのに、赤城の安否を気にしてしまう柾木を哀れだと思う。哀れで、悲しく、可哀想で、いとおしい。
 ああ、と柾木が小さく唸る。ずっと気を張っていたのだろう、ここへ来て疲労が見えた。大きく伸びをして眠そうにあくびをする。「休むか」と言い、立ちあがった。
「んー、おれもう少しここで月見てる」
「そうか」
「明日何時に起きる?」
「そういや朝食のこと考えてなかった。ここ素泊まりなんだ」
「なら、朝市行ってから考える?」
「そうだな」
 布団の元まで行き、柾木は潜って横になった。すぐに寝息が聞こえてきた。柾木を起こさぬよう、慈朗は鞄からノートブックを取り出す。仕事で使っているものだ。古い宿でもWi-Fiは飛んでいた。インターネットにつなぎ、静かにキーを叩く。


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沙羅さま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
青沼・赤城に関してはジェットコースター並みの人生以外を私はあまり考えられません。間違いなく「動」の人たちです。彼らがどうなったかは一応本日の更新で明かしますのでお楽しみに。
慈朗は次男坊で甘やかされて育っています。柾木は姉がいますが跡取りみたいな意味合いで育てられたと思います。その辺りの育ちの差は出るだろうな、と思いながら書いていました。慈朗は甘え上手で甘やかし上手。柾木は下手な部類でしょう。そこがうまく噛み合うふたりです。
更新の期間中、本当によく読み込んでくださったのですね。ありがとうございます。きっかけは過去作のリテイクだったとはいえ、書いている間は私もとても楽しかったです。また書きたいと思うふたりでしたから、いつかどこかで書けるといいなと思っています。
本日で更新ラストです。最後までぜひ。
拍手・コメントありがとうございました。
粟津原栗子 2019/09/08(Sun)06:37:14 編集
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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