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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 寒いような気がして身体を縮こめる。と、頭の下にしているものが蠢いた気がして驚いて目を開ける。開けた目に飛び込んできたのは片手にタブレットを持ってなにかに読みふけっている夜鷹の顔だった。青に気づき、「よぉ、お目覚めか?」とにやりと笑った。
「夜鷹? いつ帰って来た?」
「一昨日から帰国してるだろ」
「違う。さっきおじさんと買い出しに行くって出てって」
「とっくに済んだけど。おまえ、よく寝てて全然起きなかったな。親父とおふくろは出ちまった」
「もうそんな時間か?」
 時計を確認しようと起き上がりかけ、タブレットの背面で軽く小突かれて大人しく元の体勢に戻る。クリスマス休暇で帰国した夜鷹に会いに、昨夜から夜鷹の実家に来ていた。間もなく居住をイタリアに移す予定の夜鷹の両親は、買い出しに出かけた後にクリスマスコンサートに出かけるのだと昼間話していたことを思い出す。混声合唱とパイプオルガンのコンサートで、開演は夜七時。夜鷹たちが買い出しに出かける際に眠いから休んでいると言って夜鷹の部屋のベッドに横になったのが午後二時過ぎだったと記憶している。春からはここに暮らす予定の気安い家とは言え、人の家で眠りすぎだ。
「疲れてるんだろ。休みなんだから寝てな」と夜鷹はタブレットにまた視線を戻した。
「……全く気づかなかった」
「なにが?」
「サービス」
 目を閉じ、夜鷹の腹に頭を擦り付けるように揺らす。夜鷹のベッドに横になり、夜鷹の使う枕を下にしていたはずだった。だがいま青の頭が乗っているのは、夜鷹の膝の上だ。
 いつの間に夜鷹がやって来て、青に膝枕なんかしてくれたのか、全く記憶にない。普通、頭の位置を動かされたら起きるだろう。起きなくても気づきそうな気はする。
 夜鷹は空いている方の手で青の額を覆い、髪を梳く。「プレゼントの間違いだ」とタブレットから目を離さぬまま言った。
「クリスマスだから?」
「あんまりにもよく寝てるいい子だったもんでついな」
「夢見てた。中二の冬の夢」
「夢精でもして慌てた夢か」
「なに読んでる?」
「最近出た論文。読んでやろうか」
「英語? 英訳?」
「either will do」
「また寝そうだな……」
「おまえ、会話のコントロールができてないよ。もうちょっとで読み終わるからいい子にしてな」
 ぽん、ぽん、と目元を手ですっぽりと覆われた。目蓋の上に硬いものが当たっている。青がプレゼントした指輪を嵌めている左手。
「悪い子にプレゼントは?」と訊ねる。夜鷹の手を外した。
「――あとちょっとだから寝てろって」
「眠いんだけど寝たくない……セックスがしたい、」
「寝てるいい子のお顔にぶっかけてやるよ」
「夜鷹ぁ」
「てかさ」
 夜鷹は面倒くさそうにタブレットを置き、眉間を揉んだ。
「そのうち親父たち帰ってくるから」
「分かってる。悪い子だからごねてるだけだ」
「明日また仕事だろ」
 青の髪をといて、夜鷹は珍しくいたわる口調だった。
「眠い時は寝とけよ。昨夜だって親父たちいない隙にやろうとしておまえ無理だったじゃん。疲れて眠すぎて」
「仕事納めまで毎年こんな感じなんだけど、今年はいろんなもののしわ寄せがぎゅっと年末に、圧縮されて、密度が」
 ふあ、とあくびが出た。
「そういう時もある。気にすんな。休暇は年始まで取った。おまえだってじきに正月休みだろ」
「夜鷹、このセーターって大学の頃に着てなかった?」
「さすが眠いだけあるな。さっきから行方知れずになってるぞ、話が」
 青は身体を丸め、夜鷹の腰に腕を巻きつけてぎゅっとしがみつく。
「夜鷹と飲むつもりでスパークリングワインとチーズを用意してた」
「クリスマスだから?」
「クリスマスだから」
「あとでおれが飲んどいてやるから心配すんな」
「腹減った、けど、眠い……したい、」
「素直な欲求まみれのいい子だね」
 頭を撫でられる。夜鷹の腰に顔を押しつけたまま、うっとりと目を閉じる。眠りが耳元でシャンシャンと鳴っている。眠ったら冬の夜鷹は夢になりそうで嫌だ。でもそもそもこれも夢なのかもしれない。
 だって夜鷹とまともに過ごした冬など、大学時代の数える程度でしかないから。
 夜鷹のまとっているセーターからは古い羊毛の匂いがした。やっぱりそうだな、と大学時代を思い出す。ものがいいからと、父親からのお下がりである臙脂色のこのセーターを着ていた青年期の夜鷹。
 よく似合っていた。



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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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