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a song of cold morning
「さぁむ!」
屋内で準備体操を済ませ、いつものトレーニングメニューである校外マラソンに入る直前、智美が大きな声を出した。一際強い風が吹いたときで、ジャージの上着を羽織っているとは言え、皆が凍えていた。もっと身体が温まればましになるが、それでもこの時期の身体の動かしはじめ、特に屋外での練習は、辛い。
幼なじみの背を軽く叩き、「さっさと走ってあったまろう」と言ったが、寒さの大嫌いな智美は校舎の二階へと目を向けた。音楽室のある棟で、様々な楽器の音が漏れ聞こえている。
「屋内のやつらはいいよなー」とぼやく。
「吹奏楽部のことか?」
「うーん、文化部全般」
「掛け持ちでもする? あ、声楽部で男子部員募集してたよな。部長の子が声かけてて」
「あー、秋の文化祭で三年が抜けたから、混声が女声になっちゃったって喚いてたな」
校舎から視線を外し、陸上部の部長に戻す。これから学校の周囲を走るのでばらけて走るな、車には気を付けろ、歩行者にも気を付けろ、といったお決まりの注意事項を述べている。
「だめだよおれ、音痴だもん。文化部って声楽だろ? 吹部だろ? 美術部と、あとなんかあった?」
「文化部に限らなくても屋内スポーツに転向すんのは? 剣道部とかさ、胴着がもこもこしてるし、武装するし、あったかそうじゃん」
「だめ。真冬の剣道場であいつら素足だから」
「ああ、そうか。じゃあシューズ必須の、バスケ部とか、バレー部とか」
「せいちゃんならどっちもいけそうだけど、おれちびっこだしなあ」
智美は自分の背を気にした。青と並ぶと智美の背は青の肩までしかない。青が伸びすぎただけで智美は標準的な身長なのだが、気にしている。
(夏の夜鷹はもう少し小さかった。背、伸びたかな)
走りながら、青は回想する。今年のサマースクールはA県で行われたものに参加した。二週間弱を濃密に過ごしたが、夏はとうに終わってしまっていて、どんなにじれったくても電話か手紙程度でしか交流できない。自由のきかない中学二年生という年齢が恨めしい。いや、夜鷹はかなり自由っぽいけどな。
早く夏休みが来ればいい。冬の夜鷹を知らないままで、クリスマスなんか来てもちっとも面白くない。
走り込んで身体は温まっても、指先はかじかんでいた。隣で智美は自身の指に息を吹きかけた。白い吐息が身体の後ろへと流れる。
「あーっ、さみっ。耳切れそう。なんで練習中の手袋も耳当ても帽子も禁止なんだよ、この部っ」
「それ言ったら学校の校風がそうだろ。男子の頭髪は眉毛の上何センチとかさ。陸部なんかまだぬるい方だって。野球部なんかやばいよな。頭丸刈りだし、お礼清掃とか言って裸足で廊下の雑巾掛けしてるよ」
「ああ、野球部はやべえよな。部活の最後に絶対に大声で校歌歌うし」
「あれ聴いて野球部からは勧誘しないって、声楽部の部長が宣言してた」
陸上部ははじめのストレッチと校外ランニングだけメニューを同じにして、あとは個別の練習メニューになる。ランニングの最後はなんとなく皆ペースを上げて猛ダッシュで走り切る。校舎の門をくぐる寸前、近くの交差点で信号待ちをしている学ラン姿の背中を見てぎくりとした。黒縁の眼鏡の弦が見えて、夜鷹に少し似ていた。
「でも野球部は女マネがいてかわいいからそこはうらやまっ!」
叫びながら智美は敷地内へと飛び込んだ。ぜいぜいと荒く息を吐き、肩をぐるぐるとまわしながら「あったまったぁー」と空を向く。
「うお、さみぃと思ったら」
北風に乗ってちらちらと舞うものがあった。青も空を見上げる。
「今年はホワイトクリスマスになっかなー?」
「トモは今年の冬休みもスキー行くの?」
「おう、行く。いとこの家からスキー場近いし。せいちゃんは、あー、冬はないんだっけ。その、なんとかスクール」
「ないことないけど、夏休みより講座数はないな。冬休みって短いし」
「どっか行かねえの?」
「うーん、母さんがあんまりいい顔しないんだ」
「おばさん厳しそうだもんなあ」
幼なじみはけらけらと軽く笑った。白い歯が見えた。
「行くならどこ行きたい?」
「え?」
「冬休みにさ。行きてえとことか。やってみたいこととか」
そこで号令がかかって集合になり、会話は止まった。これから個別のメニューになるので、智美とも場所が離れる。
行きたいところなんか、ひとつしか思い浮かばなかった。東京へ。夜鷹の暮らす街へ。夜鷹の顔を見て、直接声を聞いて、隣り合った席で真剣に学習したり、あるいは口悪く笑われたり。
「じゃあ、せいちゃんあとで。帰りにコンビニ寄ろうぜ。肉まん気分」
「いいよ」
手を振って智美はグラウンドの端へと歩いて行った。短距離選手の智美はスタートダッシュの練習をするし、中・長距離選手の青はこれからフォームを直しつつひたすら走り込む。
青は空を見上げる。鈍い灰色の雲が重い。夜鷹、東京の空っていまどうなってる? 雪っていつ降る?
いまなにしてる?
夜鷹。
→ 中編
「さぁむ!」
屋内で準備体操を済ませ、いつものトレーニングメニューである校外マラソンに入る直前、智美が大きな声を出した。一際強い風が吹いたときで、ジャージの上着を羽織っているとは言え、皆が凍えていた。もっと身体が温まればましになるが、それでもこの時期の身体の動かしはじめ、特に屋外での練習は、辛い。
幼なじみの背を軽く叩き、「さっさと走ってあったまろう」と言ったが、寒さの大嫌いな智美は校舎の二階へと目を向けた。音楽室のある棟で、様々な楽器の音が漏れ聞こえている。
「屋内のやつらはいいよなー」とぼやく。
「吹奏楽部のことか?」
「うーん、文化部全般」
「掛け持ちでもする? あ、声楽部で男子部員募集してたよな。部長の子が声かけてて」
「あー、秋の文化祭で三年が抜けたから、混声が女声になっちゃったって喚いてたな」
校舎から視線を外し、陸上部の部長に戻す。これから学校の周囲を走るのでばらけて走るな、車には気を付けろ、歩行者にも気を付けろ、といったお決まりの注意事項を述べている。
「だめだよおれ、音痴だもん。文化部って声楽だろ? 吹部だろ? 美術部と、あとなんかあった?」
「文化部に限らなくても屋内スポーツに転向すんのは? 剣道部とかさ、胴着がもこもこしてるし、武装するし、あったかそうじゃん」
「だめ。真冬の剣道場であいつら素足だから」
「ああ、そうか。じゃあシューズ必須の、バスケ部とか、バレー部とか」
「せいちゃんならどっちもいけそうだけど、おれちびっこだしなあ」
智美は自分の背を気にした。青と並ぶと智美の背は青の肩までしかない。青が伸びすぎただけで智美は標準的な身長なのだが、気にしている。
(夏の夜鷹はもう少し小さかった。背、伸びたかな)
走りながら、青は回想する。今年のサマースクールはA県で行われたものに参加した。二週間弱を濃密に過ごしたが、夏はとうに終わってしまっていて、どんなにじれったくても電話か手紙程度でしか交流できない。自由のきかない中学二年生という年齢が恨めしい。いや、夜鷹はかなり自由っぽいけどな。
早く夏休みが来ればいい。冬の夜鷹を知らないままで、クリスマスなんか来てもちっとも面白くない。
走り込んで身体は温まっても、指先はかじかんでいた。隣で智美は自身の指に息を吹きかけた。白い吐息が身体の後ろへと流れる。
「あーっ、さみっ。耳切れそう。なんで練習中の手袋も耳当ても帽子も禁止なんだよ、この部っ」
「それ言ったら学校の校風がそうだろ。男子の頭髪は眉毛の上何センチとかさ。陸部なんかまだぬるい方だって。野球部なんかやばいよな。頭丸刈りだし、お礼清掃とか言って裸足で廊下の雑巾掛けしてるよ」
「ああ、野球部はやべえよな。部活の最後に絶対に大声で校歌歌うし」
「あれ聴いて野球部からは勧誘しないって、声楽部の部長が宣言してた」
陸上部ははじめのストレッチと校外ランニングだけメニューを同じにして、あとは個別の練習メニューになる。ランニングの最後はなんとなく皆ペースを上げて猛ダッシュで走り切る。校舎の門をくぐる寸前、近くの交差点で信号待ちをしている学ラン姿の背中を見てぎくりとした。黒縁の眼鏡の弦が見えて、夜鷹に少し似ていた。
「でも野球部は女マネがいてかわいいからそこはうらやまっ!」
叫びながら智美は敷地内へと飛び込んだ。ぜいぜいと荒く息を吐き、肩をぐるぐるとまわしながら「あったまったぁー」と空を向く。
「うお、さみぃと思ったら」
北風に乗ってちらちらと舞うものがあった。青も空を見上げる。
「今年はホワイトクリスマスになっかなー?」
「トモは今年の冬休みもスキー行くの?」
「おう、行く。いとこの家からスキー場近いし。せいちゃんは、あー、冬はないんだっけ。その、なんとかスクール」
「ないことないけど、夏休みより講座数はないな。冬休みって短いし」
「どっか行かねえの?」
「うーん、母さんがあんまりいい顔しないんだ」
「おばさん厳しそうだもんなあ」
幼なじみはけらけらと軽く笑った。白い歯が見えた。
「行くならどこ行きたい?」
「え?」
「冬休みにさ。行きてえとことか。やってみたいこととか」
そこで号令がかかって集合になり、会話は止まった。これから個別のメニューになるので、智美とも場所が離れる。
行きたいところなんか、ひとつしか思い浮かばなかった。東京へ。夜鷹の暮らす街へ。夜鷹の顔を見て、直接声を聞いて、隣り合った席で真剣に学習したり、あるいは口悪く笑われたり。
「じゃあ、せいちゃんあとで。帰りにコンビニ寄ろうぜ。肉まん気分」
「いいよ」
手を振って智美はグラウンドの端へと歩いて行った。短距離選手の智美はスタートダッシュの練習をするし、中・長距離選手の青はこれからフォームを直しつつひたすら走り込む。
青は空を見上げる。鈍い灰色の雲が重い。夜鷹、東京の空っていまどうなってる? 雪っていつ降る?
いまなにしてる?
夜鷹。
→ 中編
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プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
****
2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
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2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
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お久しぶりです。短編長編更新。
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