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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 帰り着くころには雨は止み、風が出ていた。帰宅すると家の中からぞろぞろと数人の人影が出てきた。慧と同い年ぐらいの若さの者から祖父と同じような歳のころの者まで。男きりで集まっていたらしい。慧に気づいたひとりが手を挙げて合図し、集団から外れてやって来た。慧の幼なじみでいちばんよく知れた仲であるウルだった。
〈またじいちゃんとこに集まってたのか?〉
〈まあな。それよりおまえ。におうぞ〉
〈え?〉
 ウルがくんくんと鼻をひくつかせ、慧は自身の上着の襟に鼻を埋めてにおいを嗅いだ。自分のにおいはよく分からない。夜鷹とのにおいがしているなら、一応身体は拭いた。
〈麓の女郎宿でも行ってたのかよ〉
〈いやまあ、……そうかもしれない〉
〈ふん? おまえはすっかり金払いがよくなっちまったな。鉱山付きの案内人とやらはさ、儲かるか〉
 ウルはその場にとどまり、煙草を取り出した。煙管ではなく、紙煙草だ。慣れた手つきで火を付ける。風に流されて煙がすぐに消えた。
〈まあな。おまえこそ煙草なんてどこで覚えたんだ。麓の市場だろ〉
〈市場はどんどんでかくなってる……。これはよ、市場の中に出来た新しい店で買ったんだ。だいぶ安く流通するようになって、おれでも買えた〉
〈うまいか? 煙草は〉
〈おまえの買ってる女の味と変わんないと思うぜ〉
 ウルが煙草をふかす。夜鷹は煙草も嫌いだ。においがつくのが嫌だと言っていた。だから慧は吸わないし興味も持たない。
〈ここは変わっていくなあ〉
 とウルはひとりごちた。
〈あの地質学者たちが来てから一気に変わった。どんどん変わって、まだ変わる。山は掘削され続けるし、麓の市場は広がる一方だ。森はかろうじて残っちゃいるけど、もう元の森じゃない。知らない花が咲くし、獣も消えた。おまえ、レンじいと話してるか?〉
 レンじい、と呼ばれるのが慧の祖父の通称だった。慧は首を横に振る。
〈そっか。たまには聞いてやれよ。レンじい、山はやめるらしいから〉
〈え?〉
 山や森を散々歩き、木を知り、切って植え、切った木を細工したり炭焼きしたりして、細々とながら共存しつつ産業をまわす。そういうことをしていたのが慧の祖父だった。誰よりも山を知るので、慕う人間も多い。山の中で事故死でもして死ぬかな、それが本望だな、と言っていた祖父が、山をやめる。体力の衰えというよりは、明らかに別の意味を持っていた。
〈レンじいぐらい知ってる人が山を諦めちゃったら、ここはどうなっちまうんだ……〉
〈……〉
〈日系のおまえを受け入れるぐらいに懐が広い村、ってわけじゃねえんだ、ここは。閉じてる。ものすごく閉じていて、皆それで充足してるんだ。レンじいの親父さんがそれをちゃんと理解して、おれたちのやり方を尊重した上でおれたちに共感してくれたから、おれたちはおまえの先祖を受け入れたんだ。おまえの一族は博識で、山の歩き方も知ってたしな。だけどあいつらそうじゃねえ。ずかずかと踏み荒らして行きやがって〉
〈あいつらって、学者先生たちのことか? それは違う。そもそも、先生たちをここに呼んだのは村議員だ。村がそういう決断をしたんだろ? もっと経済をまわしたい、って〉
〈そうだな。それでいい生活を送りたかったんだ。……いまみんな送れるようになった。確かになったよ。けど、悲鳴をあげてるモンだってあるのに、無視しちゃなんねえ〉
〈……〉
〈おまえ、ふらふらしてっから巻き込まれるぞ。ちゃんと肚決めて、行動した方がいいぜ〉
〈肚決めるって、〉
〈議員連中にいいようにされてるだろ、おまえ。おまえが案内した先で見つかった鉱脈だからな。面白くない思いしてるやつだっているってこと。いくらおまえがレンじいの孫でもな〉
〈……もしかしてそれで集まってるのか?〉
〈だからレンじいの話は聞いてやれって〉
 煙草の燃殻を地面に落とし、足でにじり消す。慧の背をぽんぽんと叩き、〈じゃあな、おやすみ〉と言って夜風に紛れて消えていく。
 友人の忠告を、だが慧はぼんやりとでしか聞けなかった。保守派と革新派、どちらにつくのか、慧の頭にはない。ただ夜鷹の傍にいられたらいいと思っている。
 村の皆も好きだし、嫌いだし、鉱山で労働する皆のことも好きで、嫌いだ。それぞれにいい面と悪い面があって、仕方ないなと思う部分も多々あるが、それでもどちらも憎めない。だが双方が共存する道はないだろう。鉱物の掘削は、山を削る。元には戻らない。
 ようやく家の扉をくぐると、祖父だけが居間に残っていた。黙々と刃物の類を研いでいる。みな山に入る上でつかうもので、手入れは祖父の日課でもある。だが山に入るのをやめると聞いた上での行動とは思えなかった。
 慧に気づくと、手招きされた。
「外でウルと話していただろう」
「うん。……じいちゃん、山、やめんの?」
「入る山がないから仕方ない。収入ならまあ、おまえがあるんだし。この家の庭先で畑でもやっていればなんとかなる」
 手入れをした刃物を火で炙り、水分を飛ばして丁寧に並べた。それから慧を見て「これも売ろうと思ってる」と言った。
「え?」
「大した値段は付かないだろうが、ものはいい。柄を付け替えれば見栄えもよくなる。売って羊か山羊でも買う足しにしようと思ってな。――もう、この家に残しておいても、あまりつかうこともないだろうから」
「……」
「なにか欲しいものがあればおまえにやろう」
 そう言われ、並べられた刃物を眺めた。鋸刃の手刀、鉈、斧。確かにこの先、自分はこれをつかわないと実感するものばかりだった。つかい方を知らない訳ではない。つかう先がないのだ。
「これ」
 と指さしたのは、房飾りのついた小刀だった。何にでもつかえるものだ。獣肉を捌くとき、木を削るとき、蔦や草を払うとき。
「これでおもちゃでも作って、土産物として市場に売ろうかな」
「石は削れんぞ。……いい、持って行け。おまえが持ってるなら、道具も嬉しいだろう」
 彫刻の施された鞘に納め、祖父は小刀を慧にくれた。慧はそれを受け取り、この土地に昔からある作法で礼を述べた。
「なんだそれは?」と祖父は怪訝な顔をする。
「忘れないでおこうと思って。おれは日本語も英語もここの言葉も喋るけど、血も色々と混ざってるけど、ここの土地で育ってるから」
「そうだな」
 道具を片付けはじめた祖父を背に、自室へ下がった。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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