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日を追うごとに、夜鷹との秘め事も回数が増えていく。土曜日は大抵落ち合ったので、よほどの天気でなければ天体観測と称して屋上でセックスをした。天候が悪いときには夜鷹の宿舎に招かれて、ふたりで過ごした。仲間内に夜鷹と過ごす日々のことが知れるのは当然のことで、彼らには「夜鷹が故郷に残した嫁と子どもの話を聞いてやってるんだ」と説明した。日本人同士なら話が多少なりとも分かって、騒ぐ郷愁を惜しむ相手に不足ないとみなされた。
地質学者であり、鉱山技師であるにもかかわらず、夜鷹の肌は一向に日焼けを知らず、白いままなのが恐ろしかった。慧は土着の民とだいぶ混ざって色黒なので、肌を合わせるときは、絡んだ手足の色彩差に目が眩んだ。痩せて細い身体はどうしてこれで山や森や沢筋を歩けようか、という頼りなさで、だが夜鷹の筋肉の確かさを慧は覚えたから、丹念に愛した。するときいつも夜鷹は眼鏡を外した。裸眼だと焦点が合わないようで、きつい眼差しがどこか潤んでぼんやりとする。それが自分にだけ向けられる夜鷹の甘えなのだと勘違いした。
土砂降りの土曜日、明かりを落として夜鷹の部屋でセックスをした。壁が薄いので部屋での情事は避けていたが、この雨なら構わないだろうとどちらからともなく触れて抱き合った。もっとも夜鷹は情事であまり声をあげない。それはいつも堪えているのか、出ないものなのか判別つかないが、囁く程度に呻き声はあっても、決して嬌声は上げず、あるのは荒い息遣いだけだった。
夜鷹の中に自身を突き入れ、尻たぶを掴んで腰を揺さぶる。夜鷹はうっとりと目を閉じ、半開きの口から荒く息を吐いていた。そこに噛みつこうとして、不意に「せい」と夜鷹は言った。はっきりと、英語なんかではなく、日本語で、「せい」。それは誰かを指しているような気がして、瞬間的に心臓が凍りついた。
「せい」って、なに?
動きを止めた慧を、夜鷹は焦らしたのだと思ったらしい。「動けよ」と急かした。腰にしっかりと夜鷹の足が絡みつく。いちばん弱いところを晒して快楽を追っているのに、弱さはもっと別の場所にあるようだと感じた。そしてそこは慧には晒されない。
「どうした?」
「せい」と呼んだ本人は自身の誤りに気づかない。慧はやけになり、その声をあげさせようと激しく腰を使った。
「――うんっ、ふっ……」
夜鷹がいく。慧もいく。でも全然気持ちよくなんかなかった。
がらんとした夜の食堂で、夜鷹は紅茶を入れてくれた。夜鷹はコーヒーを好まない。頭痛がするという理由でいつも茶の類を飲んでいた。事後の火照りは嘘のように冷え、長机に向かい合わせで紅茶をすする。誰もいなかった。
夜鷹の手元を見る。ダミーの指輪の嵌まった白い指。見ていると夜鷹は「なに?」ときつい目でこちらを見た。視線が絡む。慧はカップをテーブルに置いて、「セイってなに?」と訊いた。
途端ぎくりと夜鷹の身体が強張る。けれどすぐに嘲笑に変えた。「知らねえよ」
「知ってるだろ。さっきおれをそう呼んだ」
「情事の相手ぐらい間違えねえよ。ケイ、と聞き間違えたんだろ」
「Kの発音とSの発音は間違えない。……誰?」
せい、と呼んだ舌足らずな声。甘えるようで切実に求める響きがあった。夜鷹は表情を変えずに「誰でもねえよ」と答えた。
「聞き間違いだ。あんなに熱心におまえの名前を呼んでやったのにね」
「しらばっくれるならヨダカらしくないし、そんなヨダカは嫌いだ」
「おれが正直なときがあったか?」
「いつだって正直だろ、ヨダカは。嫌なことは嫌だと言うし、面白いことなら笑うよ。ただ人とちょっと感覚がずれてるだけで」
「ふん」
カップを手に、夜鷹は立ち上がった。
「つまんねえな、慧」
今度ははっきりと「ケイ」と聞こえた。
「そんな詮索をするおまえは、おれも嫌いだね。おれとおまえに、なにがある?」
「……」
「お互いに都合いい相手。それ以上でも以下でもねえ」
「ヨダカ、おれは」
「今夜はこれで帰りな。おれの部屋には泊めねえ。絶対にだ」
ひどい雨の中を帰れと言う夜鷹。それでも慧は従うのだ。この人に逆らう気持ちはどこにも、ひとつもない。
そういう気持ちにさせないのが、夜鷹という男の魅力だった。
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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
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暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
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お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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