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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 土日の休暇の他には、もちろん長期休暇もあった。経済の導入先は欧米が手本だったのでどうしてもそのような制度が導入された。日がな肉体労働に明け暮れる男たちも、休暇の一ヶ月間ばかりは家に戻る。だがここ数年を共にしている夜鷹が例えば本来の住まいのある大学都市に帰るとか、日本に帰るとか、そういうところは見たことがなかった。旅行には出るようだったが、それはこの国から出ずに山々を歩き回る程度で、数日間で戻ってくるのは結局ここだった。
「家族のところに帰んないの?」と訊いたが、一笑された。
「家族って呼べるもんはいねえな。親父もおふくろもそれぞれ好きにやってるし、姉貴の産んだ子どもにめろめろで帰って来いとも言われたことがない。おれはおれで好きにやってるってことをあっちも分かってるし」
「でもヨダカには奥さんがいるだろう?」
「嫁?」
「指輪をしているから」
 そう言って夜鷹の左手薬指にはまる銀色のリングを指す。このあたりで男が決まった指に指輪をつける風習はないが、一経済活動地域と化してからは、そのような男を見ることも多くなった。
 は、と夜鷹は嘲る息を吐いた。
「ダミーだ。結婚はしていない」
「ダミー? 結婚してないのに指輪を嵌めてるってこと? なぜ?」
「独身でいると色々と面倒が舞い込むからな。既婚だと思われていれば厄介ごとから離される。色々と世話を焼きたがるやつも多いし、言い寄るやつもいる。ここで言えばなぜ週末に町に降りないのかと言われるが、妻に操立てしてるんだと言えば愛妻家だと納得される。指輪ひとつで効果は抜群だ。うってつけなんだ」
「なんだ……てっきり、ヨダカには日本に奥さんがいるんだと思ってたよ」
 納得して、安堵した。夜鷹のどこかに誰かの気配を感じ取ってはいたが、それはそう思わせるように仕向けているだけのことだと分かって、慧はほっとする。
 と同時に、慧に示された事実にうろたえた。こんなにあっさりと慧に対して秘密を漏らしていいのか。慧が「あれはダミーでミスターマエジマは本当は独身なんだ」と周りに言いふらしたら、夜鷹のせっかくの偽装も水の泡だ。
 だが夜鷹は「おまえは言わないだろ」と言ってのけた。
「どうして? そんなの分かんないよ」
「おまえが、おれが独身だと言いふらすことで利益があるか? ないだろ。毎週末町に降りる連中ならともかく、おまえも宿舎に引きこもりだからな」
「損得じゃなくて、ただ単に喋ってしまうことだってあるよ」
「おまえはそこまでお喋りじゃない」
 そうか、と思って聞いていた。口の悪い夜鷹がそんな言い方をするのは意外で、慧は素直に嬉しかった。信頼されている、と感じる。毎週土曜日の天体観測以降、夜鷹との距離の近さを感じていた。
「ホリデーなんだから、面白いとこを案内しろ」と言われた。
「おれが? ヨダカを?」
「金なら払う。遺跡に行ってみてえな。あるだろ、この辺に。地元しか知らないようなしけたのが」
「いいけど、最近はそれでも人が増えてるから、変な連中もうろついていると聞く。観光客相手にぼったくるとか」
「ならおまえがうまくやれ」
 そう言われ嬉しくない訳がなかった。地元の観光案内所やガイド仲間から情報を仕入れ、三日後にふたりで遺跡を訪れた。このあたりで権力のあった豪族の廟で、埋葬されている宝飾品まで見学が可能だった。祭壇の壁に書かれた絵とも文字とも判断つかない絵に興味を持って眺めている夜鷹の横顔をずっと見ていた。出口で子どもの乞食に無理やりブレスレットを巻きつけられ金を請求されるのを凄みを利かせていなし、あとは周囲をぶらぶらと歩いた。近くの宿で一泊取り、翌日には宿舎に戻った。
 休暇中の宿舎は変わらずがらんとしていた。人のいない宿舎で、残りの期間もほぼ夜鷹と共に過ごした。その日「今夜は流星群が極大なんだ」と夜鷹は珍しく嬉しそうで、いつものサンドイッチと温かいお茶を水筒に用意していた。みのむしみたいな寝袋に潜り、その上から同じ毛布をかぶって、ふたりで夜空を見上げる。しんと静かな空。紺色の背景に瞬く星。目当ての方角に目を凝らしていると、すうっと流れるものを確かにいくつも見ることが出来た。
「流れた」
「もう何個見た?」
「んー、十個? もっと見たかな」
「おまえは視力がいいから羨ましい。わずかな光もおまえには見えるんだな」
 隣を向く。空を見たまま、けれど眼鏡越しのその瞳はなにかを求めて写しているようには見えなかった。
「星を見ていると視力が良くなると言われて見続けたことがある。させられた、が正しいな。ぼんやりとでいいから遠くを見ているといいと言われたが、視力はよくならなかった」
「……ヨダカは眼鏡を外すとどれくらい見えるの?」
 訊ねると、夜鷹は息をついて眼鏡を外し、空を見上げて「全く」と答えた。
 起きあがり、その顔を覗き込む。
「見える? おれの顔」
「全然」
 そう言われたので、顔を近づけた。
「見える?」
「もっと近くないと見えない」
「……」
「もっとだ」
 息が触れ合う距離だった。間近に覗き込む夜鷹の、信じられないほどの深い目の色をありえないほど近くで見てしまい、うろたえている。これ以上近づいていいものかどうか。けれど夜鷹は拒まなかったし、毛布の下から伸びた腕が慧の首の後ろに触れた。顔が近づき、目を閉じないキスをした。夜鷹は目を閉じていた。
 たっぷりと口唇を触れあわせる。もう挨拶では済ませられないキスをする。開けた唇から舌を滑り込ませると、氷のつめたさをそのまま持った夜鷹の舌が絡んだ。混ざる唾液は熱くもならず、慧はまるで冬とキスをしているような錯覚に陥る。荒くなった吐息でようやく唇を離すと、夜鷹は目を開け、誘う笑みで「意外と上手いな」と言った。
「……みんなにはからかわれるけど、別にはじめてなわけじゃない」
「男とも?」
「うん」
「じゃあ気持ちよくしてくれよ。おまえは出来るんだろう」
 鼻で笑われるかのような言い方をされたのに、それが夜鷹の誘い方だと思ったらどうしようもなく煮えた。毛布の下、寝袋のジッパーを外して夜鷹の衣服の隙間に手を入れる。口の中と同じようにつめたい身体だった。冷えた石を握っているとそれもぬるまってくる、あれに似ている。夜鷹はまるで体温を持たず、ただ慧が与える熱でしか温まらなかった。
 夜鷹を組み敷いて、昂りに指を這わせ、許された場所へ性器を突き入れる。夜鷹も男ははじめてではないことが分かった。準備もないのに挿入はスムーズで、怖いぐらいだった。ほんの少しでも痛みが伴った方が、人間とセックスをしているという現実感を知れたと思う。
 夢みたいな時間が終わって慧は放心していたが、夜鷹は軽いスポーツでも終えたかのようにさっぱりとした動作で、毛布から抜け出た。衣類を直す。立ちあがった夜鷹を追って空を見あげると、一際目立つ流れ星が尾を残して落ちていった。
 情事に名残はなかった。慧は夜鷹と関係を持ったことに喜びを感じるよりは、無性に淋しさを感じていた。夜鷹がただの肉欲を晴らすためだけに慧を求めたのは明らかだった。恋心も愛情もない。けれどそれすら夜鷹らしいと思った。
「来週にはまたここも賑やかになるな。休暇は終わりだ」と夜鷹は言った。
「でも、土日の宿舎は空っぽだよ」
「――そうだな」
 夜鷹は笑い、執着のようにまた夜空を見あげた。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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