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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「ん、なに……」
「おれ、相続することにしたから」
「……なにを?」
「東京の実家。春から空き家になるからな。こないだ実家にちょっと寄った時に親父にどうするかと訊かれた。おれの拠点がこっちにないなら家も処分するんだが残しておくなら相続しろと言われて、そうすることにした」
「でもおまえ、こっちにいないんだろ?」
「だからおまえが住めばいい。いまのマンションより金かかんなくて広いぞ」
「――」
「家は管理しないと傷みが早い。おまえが住んだらおれも楽だ」
 思いがけない提案に息を呑んで言葉を忘れていると、夜鷹に「重い」と文句を言われた。横に転がる。大人の男二人が寝転んでまだ余るベッドで、青はそっと笑った。
「some ideaってことはまだあるのか」
「浅野の金、だいぶ余るだろ」
「ここの会計がいくらするのかをおれはいまだに確認してないけどな」
 夜鷹は天井に向かって腕を突き出した。左手を広げる。なにも嵌まらない日焼け知らずの手は、いつ見ても地質学者のそれと思えない。
「指輪買ってくれ」と言った。
「ダミー、なくしたから」
「結婚指輪?」
「嵌めてると面倒がなくて楽でな」
「遊びまくっておいてどの口が言うんだか」
「この口」
 夜鷹は笑い、青に重なってキスをしてきた。
「この際だからペアリング、とかだせえことは考えるなよ。そもそもおまえは浅野のときだってしてなかった」
「装飾品の類はどうもね」
「だからおまえはいいだろ。とにかくおれに指輪を買え。それっぽければなんでもいい」
「安物だとおまえはアレルギーを起こすから、きちんとしたのじゃないと」
「含めて任せる」
「分かった。指輪な」
 夜鷹の左手の薬指を撫で、またキスをした。キスをしているうちに夜鷹が乗り掛かってきて、性器をすり合わせる。腰が揺れる。
 再び夜鷹の中に入り込むまで、そう時間はかからなかった。


 風呂の中から朝焼けってはじめて見たな、と思った。夜鷹と散々抱き合って、また風呂に行こうと言って、露天の湯船から日の出を見た。雲が多く出ていたので太陽を直接見たわけではなかったが、白々と明けていく空は夏のものだと思った。
 風呂に浸かる少し前、ベッドの中でまどろむような冴えたような時間を過ごしていた時、夜鷹がぽつんとこぼした。
「夜明け前が一番暗い」
「……なんだっけ、それ、」
「苦しいことは最後の最後に待ってるって意味。これで帰宅したら、おれはこの国を出る準備に入る」
「……」
「だがその後は好転する。夜明けだからな」
 それを思い出しながら、夜鷹を抱いて湯船から夜明けを見た。



 空港内の、出国ゲートより手前にあるジュエリー店で夜鷹の指輪を買った。浅野の家から受け取った金の残金は全て寄付に回しており、だから夜鷹の指輪は青の金で買ったものだ。それぐらいしたっていいだろうと思うようにした。夜鷹はどちらでも良さそうに(というよりは、どうでも良さそうに)ただ青に頷いていたが、青が選び出したタンタルの黒味がかかった指輪を気に入ったようで、その場で嵌めて機嫌よく口笛を鳴らした。細かく槌目のついたデザインで、石はないが、色味の独特さで目を惹く。なにより色白の夜鷹の指にコントラストがついてよく映えた。
 青が買ってやったものだから、免税もへったくれもなかった。はっきり言ってこんなに高価な贈り物をしたことがない。だが金を惜しいとは思わなかった。青が夜鷹に贈る愛情と友好の品だ。
 チェックインを済ませ、機内持ち込みの荷物だけになった夜鷹と隣り合って歩く。次はいつ戻るのか訊ねたが「さあね」の返答。「でも手続きもあるし、じきに戻るだろうよ」と夜鷹は笑った。
「相続の?」
「ああ。ひとまず当分は本体勤務が決まったしな」
「なら治安はそんなに不安はないか」
「それでも銃所持の認められる国だけどな」
 笑えない話を愉快そうに笑って、夜鷹は出国ゲートの前で止まった。
 夜鷹の真っ黒い目が、青を上から下までまんべんなく見つめ、顔に止まる。目を合わせる。夜鷹は笑っていた。こうやって何度も目を合わせてきた。その方が口にするよりはるかにいろんなことを伝え合っている気がする。
 たとえば夜鷹だって淋しいと思う感情のこととか。青と離れる選択を百パーセントで望み切っているわけではないことぐらいは、分かる。
 好きに生きていると言う夜鷹は、好きにしか生きられないからそう生きている。嵌まれば楽しいだろうが、反動は大きく、嵌まらなければ辛いだろう。けれど夜鷹はそれを口にせず、好きに生きると軽く口にして暮らしている。それは青にはない器用さだが、裏返せば不器用にも思える。
 それでも夜鷹は行く。ぐんぐん飛んで星になってもまだ飛ぶだろう。昼も夜も好きに、夜鷹の思うように飛んでいく。
 それを青は見送る。軌道は弧を描き、青のいるところに夜鷹はまたやってくる。青の思うように、欠けて削げた部分を夜鷹は埋める。イミテーションかもしれない。けれど夜鷹が埋めるから、青は満足する。
 それはどのような喜びであるか。新しく壮絶な淋しさを生むか。青は知っている。
「じゃあ元気でやんな」
 そう言って手をあげ、夜鷹はゲートをくぐって行ってしまった。左手に嵌まった指輪が鈍く光って青は目を細める。
 帰宅すると宅配便の不在伝票が差さっていた。ドライバーズコールのナンバーにかける。夜間の再配達で荷物を受け取った。重量のある長い箱を手渡される。
 頼んだ覚えのない荷物の送り主は夜鷹で、箱には見覚えがあって受け取ってしまった。包装を解くといつか青が大事にしていた天体望遠鏡の最新モデルが出てくる。箱の内側に封筒が貼り付けられていた。破ると中から鍵と、大昔に青が夜鷹に買ってやったポストカードが出てきた。
『親は了承済み。挨拶には行けよ。次はクリスマス頃。夜鷹』
 天体望遠鏡のボディには、すでに夜鷹の手が入っていた。青の生まれの星座の落書き。せっかく最新型なのに、なんにも変わんないな、と青はひっそりと笑う。小学三年生の夏休み、はじめてのサマースクール。真っ黒い髪と、大きな黒いフレームの眼鏡と、真っ黒い目で、青の隣に座っていた口の悪い賢しい少年。
 ありありと蘇る思い出。少年だった頃。戻らない日々とこれからの日々のこと。
 もしくはいまこうしてひとりでいる自分自身のこと。いま機内でダウンライトだけ灯して目を開けている夜鷹のこと。ああそうか、飛行機は夜を飛んでいる。境界線を超えて朝を迎えても飛ぶ。
 鍵の形をなぞりキーケースの内側に収めると、青は望遠鏡を抱え、空を見上げるためにベランダへ出た。



end.




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本編は終わりですが、もう少し続きます。




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粟津原栗子
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成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
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