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U駅で降りると、駅前広場には噴水が湧いていた。山間の温泉地で、だが距離的には海も近い。まずは旅館に向かう。夜鷹の予約した宿はこの辺りの最上級クラスの宿で、しかもスイートの洋間だった。青はもはやただ夜鷹にひっついているだけだ。
通された部屋は二十四時間湧きっぱなしの露天風呂もついている豪勢ぶりだった。広い部屋の調度品は品よく技巧が凝らされている。食事はこのままここで取れるし、景色自慢の大広間へ行ってもいい。旅館の主人の話では、メニューはその日の食材の仕入れで決まるという。
温泉街を歩くつもりでいて、なんだか疲労感に襲われて広すぎるベッドに沈む。こんな部屋、妻と行った新婚旅行でもなかった。「意外と安くて残念だよ」と隣のベッドで荷物を散らかしながら夜鷹が漏らす。「やっぱり田舎だからな。おもてなしは最上級でも割安で済んじまう。これがKの高級老舗旅館ならもっとしたな」
「じゃあいまからKに行くか?」
「風呂入ろうぜ。露天」
誘われて頷く。備え付けの露天風呂からは渓谷が見渡せた。夕景の時刻と重なり、雲間から差し込むオレンジ色の斜光が夜鷹の素肌を照射した。
「傷」とのびのび湯に浸かる夜鷹の右肩を指した。
「痕が残るな」
「仕方ねえ。肉えぐれてるからな。よくこんな早くに塞がったもんだよ」
「銃痕のある日本人てなかなかヤクザだよな」
「スパで自慢になる」
「夜鷹、来い」
素直に応じて、夜鷹は青の元へざぶざぶと音を立てて寄ってきた。その裸身を正面から抱きしめる。熱い肌から湯の香りがする。
夜鷹も青の背に腕をまわし、首筋に顔を寄せた。青は夜鷹の右肩に手を這わせ、指で傷痕をなぞった。ぷっくりと膨れて、体温の上昇に乗じてグロテスクな色合いを見せていた。
「痛いか?」
「いや。疼く感じはずっとあるけど、痛くはない」
指でなぞっていたそこに舌を這わせる。舐めると舌先に傷の形態が知れた。夜鷹という形をくるむ3Dマップでも作るなら、舐めるのが一番正確に作り上げられそうだな、と思った。
「――傷が治ったら」
「ん?」
帰るのか、と訊こうとしたが、思うようには音声にならなかった。言い詰まって黙る。誤魔化すように傷を舐めたが、青の訊きたいことを察したか「休暇も終わるな」と夜鷹が答えた。
心臓が嫌な音で軋む。恐ろしい「単位」の「淋しさ」を胸に流し込まれたように、息苦しくなった。
髪をまさぐっていた夜鷹は身体をそっと離し、目線を合わせた。瞬間的に青に寄り添おうとしているのだと悟り、ますます辛くなる。
夜鷹はにやりと笑い、「ひどい顔だな」と言った。
「休暇の具体的な期間は決まってない。その都度調整してるだけだが、治ったから、復帰の話は出ている。ボスはもっとゆっくりしてていい、とは言っているけどな。当面は、の話で、いずれは帰るさ」
「……危険な地域に?」
「いや、あそこにはもう戻れんだろう。人も土地もだいぶ荒れていまは渡航も制限されている。うちの研究所はそこらにルートがある。そっちに回されるか、研究所本体勤務か、ひとまずどちらかだろうな」
「また遠地か?」
「ボスの采配次第」
「こっちにはない?」
「おれが望んでいない」
あっさりと夜鷹は言い放った。青は夜鷹の肩に縋るように額を押し付ける。そうしても夜鷹が考えを変えないと分かっていて、青は肌をすり寄せる。
夜鷹の手が青の背中を軽く叩いた。ぱちゃぱちゃと湯が跳ねる。青が淋しがることを承知で、夜鷹は慰めを口にせず、ストレートに物を言う。忖度はされない。それが夜鷹だ。
「近くにいて欲しいんなら、よそを当たりな」
「いやだよ。夜鷹以外にいるか」
「なら淋しいって言葉は、また我慢しとくんだな」
頬をするりとなぞられる。
「おれは好きに生きるから、おまえも好きにやってみな。おまえみたいなタイプはさ、歳と共に軽くなる」
「……ほかの誰も抱くな」
「そりゃお互い無理な話なんじゃねえの?」
「おれはもう夜鷹以外を知りたいとは思わない」
「肉欲は愛情とはまた次元が違う」
「だとしても、その相手は夜鷹でしか考えたくないんだ」
「……まあな。分からねえ気持ちじゃねえ。ーーなら、おまえこそ」
は、と夜鷹は笑った。
「淋しさとか普通に負けてあっさり再婚なんかすんじゃねえぞ。堪えろ。てめえの身体はてめえで慰めるんだ。いいか、これだけは信じろ。おれはおまえを愛している。それを疑うのはおまえの迷いで、弱さで、だがそうやって悩むのがおまえという人間だ。それすらもおれは愛している」
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粟津原栗子
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非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
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暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
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お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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