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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 札束を見て夜鷹は露骨に態度を変えた。いち、に、と数え出す手を止める。駅前ですることではなかった。返すべきだと思い、静万に電話をかけたが出ない。出るつもりもないのだろう。
「今夜の宿変えようぜ」と夜鷹はにやにやと笑いながら言った。
「……ばか、なに言ってんだ。返すぞこんな金」
「やめとけよ。向こうだってほいほい返されたりはしないだろう。ずっと渡したかった金なんじゃないか? 浅野の示談金だろ」
「大金すぎる」
「うまい菓子だからな。賞味期限切れる前に食っちまおうぜ。どうせおまえはこれを寄付するとかあほなこと言い出す」
「おまえと使うのか?」
「おれの方がいい使い方を知ってるからな。それに浅野の弟は『前嶋と』って言ったんだろ? 厚意には甘えないと」
「あつかましいって言うんだよ」
 夜鷹は宿に連絡を入れ、今夜の宿泊をキャンセルした。キャンセル料さえ気にしない。「行ってみたかった」とスマートフォンの画面を見せられたが、もうどうにでもなれとろくに画面も見ずに頷いた。夜鷹はその場で新たな宿に連絡を入れる。平日だったおかげか、梅雨時のせいか、あっさりと予約は完了した。
「さ、移動だ。その前に昼飯食っとくか」
「……もうお好きにどうぞ」
 呆れてものも言えず、ただ夜鷹の後についていく。夜鷹がひょいとくぐったのはまわるそぶりを微塵も感じさせない寿司屋の白いのれんだった。メニューの一切すらなく、店名だけでは寿司屋かどうかも分からない。どうせ値段はすべて時価とかで、あからさますぎると眉を顰めたが夜鷹は悠々とカウンター席に腰掛けた。
「いまはシロエビなんだっけ。ホタルイカは終わったか?」
「おまえな」
「こないだまでいたとこ、山の中すぎてそれはそれで楽しかったけどな。海鮮なんか絶対に食えなかった。さすが青、いい仕事するよ」
 昼食にしてはあまりにも豪華な食事を取り、肝の冷えるような額の昼食代をキャッシュで払う。膨れた腹で私鉄の乗り場へ向かい、U行きの急行に乗る。夜鷹は前の座席の裏に差し込まれた車内用の冊子をめくり、楽しそうに青の肩に頬をすり寄せた。
「海に行きたいなら、ここから南下してKにでも行った方が良かったんじゃないか? あっちの方がなんて言うか海沿いだし、都会だろ?」
「なんだおまえ、Kに行きたかったのか。芸者遊びがしたかったか?」
「芸者遊びがしたいのは夜鷹の方だと思ったんだけどな」
 そう言うと夜鷹は青の肩口に唇を寄せ、「芸者はひん剥けねえしな」と呟いて軽く齧った。薄いシャツ越しに吐息が染みる。
「ここって地質学的には面白すぎる土地だからな。学生時代にも歩いたけど、また歩いてみたくなった」
「ああ、そういう興味」
「三十八億年前に遡るようなこの星の歴史が表れている地形や地層だ。海あり山あり、高低差のおかげで水が循環して湿潤。循環するから生物が育って土地も豊かだ。つまり飯もうまい。Kのきらびやかさも悪くねえけどな」
「Uって学生の頃に行ってたよな、夜鷹」
「よく覚えてるな。トロッコ乗って山も歩いた。あのときUじゃあせっかくの温泉街だってのに貧乏旅で堪能できなかった。今回は贅を尽くしてやる」
「リベンジか」
「山向こうはNだぜ。懐かしいか」
 そう訊ねられ、青はそっと首を振った。
「郷愁みたいなものはない。考えてみればもう、東京の方がNより長く暮らしてるんだ」
 夜鷹は肩から離れたが、手は取られた。指をたわむれにくすぐり、絡ませる。やけに甘えたがる感じがした。
「三十八億年前って、地球はどんな頃だったんだっけ」
「生命が誕生した頃だよ。海ん中に単細胞の誕生。天文学的に三十八億年は若いのか」
「ビッグバンが百三十八億年前だからな。その一億五千年後にファーストスターが生まれた、と言われている。一番古い星はそれぐらいの年齢だ」
「天文の分野って気が遠くなるような数字を平気で口にするよな。年齢の単位じゃねえよ」
「そういう学問なんだ。地質だって相当なものだと思うけど。……光年で話をするなら、三十八億光年先は遠い。観測できないとされていたけど、でも何年か前に観測できたと話題になった。銀河が存在するんだ」
「三十八億光年離れた場所に?」
「そう。地球サイズとか、もっとでかい星がわんさか集まってる銀河らしい」
「三十八億年かかってようやく見に行ける場所にか」
「おれたちがいまいる距離なんて『近い』じゃ表せないぐらい近いんだ」
 隣を向いた。夜鷹もこちらを見た。視線が絡む。
「天文学的には、奇跡の距離だ」
「近い、な」
「身体の距離はね。でも心理的な距離は三十八億年経っても夜鷹にたどり着ける気がしない」
「淋しいか?」
「多分おれは一生、淋しい」
「単位が違うんだろうよ。おまえの淋しさは光年じゃ表せねえんだ」
「単位の差?」
 首を傾げると、夜鷹は目をうっすらと細めた。
「エネルギー表記だけでも、カロリーだとか、ジュールだとか、馬力だとかな。それぞれの尺度で暮らしてる。足に障害があれば3cmの段差でも困難が生じるが、大抵は難なく超える。その人だけの単位や生活なんだろう。おれはおまえの淋しさをそういうものだと思ってる」
「……夜鷹の単位では『淋しさ』ってなんだ?」
 訊ねると夜鷹は笑った。
「好きに生きてることだろうな」
 夜鷹は前を向き、また青の肩にもたれる。青も頭を寄せた。そのままUまで短い眠りについた。



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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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