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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 夜間、もしくは早朝のランニングを、ここのところは怠けていた。したくなかったというよりは、単に時間を見失っていたり、疲労しきっていたせいだ。久しぶりにいつものコースを走ろうと思い立って着替えていると、夜鷹は「どこ行く気だよ」と不満をあらわにした。
「ランニング。この時間はいつもしてるんだ」
「雨降ってるぜ」
「久々だし、ちょっとその辺回ってくるだけだ」
 大きく腕を振り上げ、ストレッチをする。夜鷹はすっかり呆れた顔で、青の寝室に入ってしまった。咄嗟にそれを追いかける。
「夜鷹」
「寝る。ようやく睡眠のリズムが日本になってきたし」
「千勢が死んだとき、母親に『浮気されるぐらいおまえが普通でよかった』と言われた」
 脈絡もなく唐突に告げた事実を、夜鷹は視線をきつくこちらへ寄越すことで応じた。
「結局、あの人にとって千勢は嫁でもなんでもなく、おれを『普通』にするためのアイテムでしかなかった。それを謝りたいとようやく思った。だから千勢の墓前にはそのうち行こうと思う」
「T県?」
「新幹線で行ける。付き合ってくれないか」
「あのばあさんの尻拭いになんでおれがついてくんだ。おまえひとりで行きな」
「ひどい話だろ。夜鷹に『あのくそばばあ』とかって罵って欲しかったけど、それはそれでおれへの共感だから、おまえはしないんだろう」
「おまえが望むならあのばあさんのひとりやふたり、うまく処分できる手順は知ってる」
「機を逃したな。おふくろは死んだ」
「因果応報だと思うか?」
「思おうとしたときもあったけど、やめたんだ。物理だったと思う。ここが出血したから死んでしまった、という物理」
「正しいよ」
「おふくろの死を悼むことは、出来ない。おれにとって息の詰まる人だった」
「そういう関係性なんか世の中に腐る程ある。いろんな感情ががんじがらめで繋がってんのさ。気にすることじゃねえ」
 夜鷹は手をひらひらと振り、着替えを拾って浴室へと消えた。
 伸ばすところをしっかりと伸ばして、走り出す。はじめはゆっくりと、次第にペースを上げる。走っていなかった期間にストレッチすらしなかったから、身体はこわばり、すぐに息が切れた。小雨が顔を打つ。二十分ほど走って折り返し、徐々にペースを緩めて歩いた。家々の軒先に紫陽花が花をひらき、夜でもほのかに存在感を放っている。
 小一時間ほどして部屋に戻った。マンションの明かりは玄関を残して消えている。シャワーを終え、夜鷹は休んだようだった。そっと寝室を覗くと青のベッドに横になり、その肩は規則正しく上下していた。もう自分で手当てができる程度に傷は回復の傾向にあるのだろう。汗と雨で濡れたスポーツウェアを脱ぎ、青も浴室へ向かう。
 湯船はまだ温かかった。汗を流し、湯船に浸かってぼんやりと考える。あんな母親だったけれど、だからと言って恨む気持ちはなかった。肉親とは恐ろしいものだと思う。死んで楽になったことは確かだし、悲しみも沸かないが、喪失感はある。これを淋しいと表現するのかもしれなかった。だとしたら夜鷹、やっぱりおれは、淋しいままだよ。
 うっかり寝かけて、ようやく湯船から上がった。五分袖のシャツと、下は下着だけ身につけて冷蔵庫に向かい、ミネラルウォーターを飲んだ。ふと寝室から「せい」と呼ばれた気がして、そちらへ進む。そっと扉を開けて中を窺うと、明かりを落とした室内で、夜鷹が自慰をしていた。
 青の枕に顔を押し付け、声を殺して懸命に自身の性器を擦っている。力のこもった身体が時折大きく跳ねる。まだ眠りとの境にいる中で、青の名前を呼びながら自慰をする夜鷹を、愛したいと思った。触れたい。手にしてみたい。肉欲に満たされて溺れる。息苦しくなる。夜鷹はいまなにを想像しているのだろう。想像の中の青は、夜鷹にどう触れているのだろう。
 夜鷹の手の動きが早まる。あと少し、というところで、青は寝室の扉を大きな音でノックした。
 夜鷹ががばりと起き上がり、きつくこちらを見た。寝室に入り、扉を閉める。
 夜鷹は人を小馬鹿にしたあの顔で、ベッドに沈み直した。
「あんまりにも誰かさんから手を出されないからな。結局マスターベーションだ。たまって仕方ねえ」
「それは悪かった」
「おまえはランニングで性欲も消え去ったか」
「いや、やっぱり別物だと思う。じっとしてろ」
 横たわった夜鷹の、中途半端で止められた性器を口に含んだ。先端から滲む体液が舌を刺激する。あっさりと硬さを戻し、夜鷹は青の髪をクシャリと掴んだ。
「青……」
 頬を絞ることで幹に圧をかけ、先端を舌で嬲る。小さな穴からじわじわと腺液が滲んだ。口を上下に動かしていると青の髪を掴む夜鷹の手に力がこもり、夜鷹は身体を大きく震わせて射精した。



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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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