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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 駅までは歩いてもたかが知れているような距離なので、すぐに着いてしまった。送迎車用のスペースに車を停め、青を降ろす。「こっち来るようなときはまた連絡くれ。今度は飲みに行こうぜ」と言うと、青は「そうだな」と微笑んで、そのまま別れた。あまりにも淡白な再会と別れだった。
 せっかく駅前まで来たので買い物でもして帰るかと思い立ち、車を駅のロータリーから発進させる。適当な駐車場はどこかと思案しているとき、後部座席に乗っていた次男が「これは?」と口をひらいた。
「どうした?」
「この紙袋、おじさんの?」
「あ」
 次男がかざして見せたちいさな紙袋の中には、香典と、妻から持たされた菓子が入っている。青に渡そうと思っていたのに、つい忘れていた。まだ間に合うだろうかと慌てて車を路肩に停め、青のスマートフォンの番号にコールする。繋がるのだが、青は出ない。それでもと思い、車をUターンさせて駅の駐車場に突っ込んだ。次男には「すぐ戻るから待ってろ」と言いおいて、駅の改札口へと走った。券売機あたりをうろうろしていてくれるといいなと思いながら、青に再コールする。日曜日だけあって、駅は混雑していた。
 電話はやはり繋がらなかった。辺りをきょろきょろと見渡しながら小走りに進むと、改札口の脇にふたり組の男性の姿を見つけた。ふたりとも黒っぽい服装で似た雰囲気だったが、片方は背が高く、片方は眼鏡をかけていた。向かい合ってなにかを話している。その片方の横顔が青だと分かり、智美は「せいちゃん」と手を挙げかけて、動きを止めた。黒い服装の男らの距離が近づき、眼鏡の男の腕が青の首の後ろに伸びた。自然な動作だ。そのまま青はうなだれるように、縋るように、男の肩に額を押し付ける。
 呆然としてしまった。
 青は泣いているように見えた。眼鏡の男がそれをあやしているように見えた。彼らはとてつもなく近い存在なんだろう。ただ事ではない親密で濃密な気配が、離れていても伝わった。
 ここを離れるべきか、それでもなにも見なかったふりで青を呼ぶか、迷う。立ち尽くしていると眼鏡の男が不意に顔をあげ、こちらを見た。歳はおそらく同じぐらいで、きつい黒々とした目が印象的だった。
 智美は動揺しつつも、そちらへ進んだ。「せいちゃん」と呼ぶと雑踏の中でも声は伝わり、青も顔を上げた。智美に気づくと男とわずかに距離を取り、二言三言呟き、こちらへやって来る。
「どうしたの」と青は訊ねる。目元を見たが別に泣いてなどいなかった。
「香典渡し忘れて。スマホ、何度か電話したんだけど」
「ああ、本当だ。気づかなかった」
 ポケットのスマートフォンを手早く確認して、「わざわざ悪いな」と青は紙袋を受け取った。
「中にお菓子も入ってるから、適当に食って。疲れてるときは甘いもんだって、嫁が」
「そっか。上野さんにもお礼を言っておいて」
 それで「じゃあ」と別れようとして、思わず「あ」と声をあげてしまった。
「え?」
「逃げた」
「逃げた?」
「は、違うのか。さっきせいちゃんといた人が、いま、あっちに」
 それまでこちらを睨みつけながらもその場を動かなかった男が、さっと身をひるがえして反対方向へ歩いて行ってしまったのだ。青もそれを確認して、「ヨダカ、あいつ」と苛立ちをあらわにした。
「あまのじゃくめ、――っくそ、」
「行っていいよ、せいちゃん」
「すまない」
 と青は身体をそちらに向けたが、智美を見た。「なあ、トモ」と言う。
「どうした?」
「今日は久々にトモに会えて、結構楽しかったし、嬉しかった。トモのこと色々と聞けたしさ」
「おれも楽しかったよ」
「あのさ、おれにも、……色々あるんだ。とにかく、色々とあって」
 青の目が正面から智美を捉える。
「それを、トモは分かっといてくれ」
「ーー分かった」
「ありがとう」
 じゃあ、と今度こそ青は走って行ってしまった。眼鏡の男はとっくに見えなくなっていたが、糸に引っ張られているかのように、青は迷いなく雑踏を進む。
 それを見送ることなく、智美も身をひるがえして、その場を離れた。


 後日、中学時代の同級生で同じくこの町に暮らす友人が、わざわざ家までやって来た。彼は開口一番「出た」と言うのだった。
「出た? なにが?」
「吾田だよ、吾田青。おまえらいちばん仲良かっただろ」
「なんだよ、出た、って。幽霊みたいな言い方してさ」
「だって吾田って言ったら高校卒業以来全く会ってないしさ。成人式とか同級の結婚式とか、ああおまえの結婚式もそうだったよな。同窓会にも、全然顔出しやしねぇ。それがさ、こないだこの町で男と歩いているところを見たってやつがいるんだよ」
 友人があまりにも興奮して言うのは、それだけ青に魅力が備わっているからだ。背が高く、走って日に焼けて、クラス内では静かに笑っているようなやつだったが、それに誰もが惹かれていた。青に会いたいかどうかは置いて、青の動向は皆が気になっているのだ。
「おふくろさん亡くなって戻って来たんだろ。いていいよ」
「聞いた話だけど、吾田って結婚してるらしいぜ」
 それは青本人から聞いた話とは異なる情報だった。「聞いた話」と「本人から直接聞いた話」では信憑性は明らかに後者にある。あほくさい、と智美はため息をついた。
「どうでもいいけど。せいちゃんとならおれも会ったから、一緒に歩いてた男って、おれのことだろ」
「えー? だって揃って黒っぽい服着てたって話で、片っぽ眼鏡だったって」
「なら弔問客とでもいたんじゃないか? なんにせよ、せいちゃんなら確かにこっちにいたよ。実家があるんだからぎゃあぎゃあ騒ぐ話でもないだろ。ばからしい」
「そうだけど、……」
 それ以上は自信がなくなったのか、友人の言葉はか細く消える。
 あの眼鏡の男と青とがどういう関係なのかは、分からない。
 けれど青が別れ際に言った「分かっといてくれ」が全てだろうと思う。青の身の上に起こっていることは確かにあるが、それを話すつもりはないということ。すべてを明らかにする間柄だけが友人ではない。それぞれの関係性の中でそれぞれが判断していくものだ。
 この先、青が智美を頼ることはないのかもしれない。けれど会えれば嬉しいし、軽口を叩いて笑う。なにかのきっかけでまたつなぐ縁もあるかもしれない。どちらになるかはそのときにならないと分からない。青とはそれでいい。
 友人は勢いを削がれたか帰ると言い、玄関先まで見送った。
 夏がそこまで来ている。空は薄曇りでぼけているが、月がやたらと白く、目に染みた。今日みたいな夜に、青はどこでなにをしているのか。誰といるのか。なにを考えているのか。
 それは自分の把握することではないなと思い、しばらく月を見あげて、家の中に入った。




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粟津原栗子
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成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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