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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 あれこれと考えた結果、やはり青には会いたいという結論に達した。だが青の連絡先は実家の電話番号ぐらいしか知らない。青が実家にいる可能性にかけて、家電にコールした。これで青に繋がらなかったらそれまでのこと、と思うことにした。
 電話に出たのは、青本人だった。名乗ると青は『トモ?』と懐かしい呼び名で智美を呼んだ。
『すごいな、トモだ。うわ、久しぶり。よく電話かけてきてくれたな』
「新聞のお悔やみ欄見てさ。もしかしてせいちゃんが帰って来てるんじゃないかって思ったんだ。繋がってほっとした。元気か?」
『ああ、元気だよ。……と、言いたいけどな。色々あるから、やっぱりちょっと、疲れてるかな』
 肉親を亡くしたのだ。無理もないと思う。自分はただ青に会いたい一心でこうして電話をかけてしまったが、それは青にとって迷惑なことではなかっただろうか、という思いがよぎる。だが青は『トモは実家なのか?』と訊ね返した。早く切りたい電話ではないことが伝わった。
「うん、実家。ああ、建て替えは考えてるんだけどね。……せいちゃんは? まだ東京にいるのか?」
『そうだな、ずっと東京だ』
「こっちにはいつまで?」
『忌引きをもらったから、しばらくは。……とはいっても、向こうと行ったり来たりになりそうだな。あらかた整理のめどはついたから、明日いったん、東京に戻るんだ』
「それ、何時? もしよければ会えないかな? 香典、渡したいし」
『香典は別にいいんだけど、……じゃあ、明日の昼を一緒にどうだろう?』
 それはいいな、と話はまとまり、昼前の早い時間に待ちあわせることになった。
『おれのケータイの番号教えておくよ。直通だから』
「おー、さんきゅ。ならおれの方も教えとくな」
 お互いに電話番号を教えあい、電話を切った。


 翌日の日曜日、妻の機嫌はよくなかった。「せいちゃんに会いに行ってくるよ」と告げると途端に顔を顰めたのだ。要するに、日曜日でもなんの家事もやらずに出掛けてしまう夫に不満があるらしい。仕方なくふたりの息子の面倒は智美が見ることになった。
 長男は地元の少年野球チームの練習に行くと言うので車で町のグラウンドまで送り、次男は伴うことにした。途中、寄った本屋で次男に少年漫画雑誌を買ってやる。待ち合わせた繁華街の蕎麦屋の前に、時間通りに青はいた。高い上背に黒い上着を腕に掛け、私服ではあったが、黒っぽい服装は喪に服す者そのものだった。そこだけ冬が佇んでいるかのようだ。
 梅雨間近、春の終わりの強い陽光を浴びていても、ちっとも温まらない。こんな雰囲気の男だったかと、あまりの淋しげな立ち姿にぎくりとした。
 息子の手を引いて、努めて明るく「せいちゃん」と声をかける。パッと顔をあげた青は智美を見るなり目もとを綻ばせた。
「――すごいな、トモ。ちっちゃいトモがいる。昔を一気に思い出した」
「悪い。ひとりで来るはずだったんだけど、嫁に押しつけられた。次男だよ」
「嫁って上野さんだよな」
「あれ? 知ってたっけ?」
「高校のころクラスが一緒だったから。五組」
 いつまでも立ち話をしているのも、ということで店内に入る。和のしつらえの店内は開店時間間もなくで、どことなく涼しかった。
 四人がけのテーブル席に通され、次男を隣に、青とは向かい合わせに座る。メニューを眺めながら智美は喋る。「ここは蕎麦ももちろん美味いけど、鶏料理も美味いよ。親子丼とか、とり天とか」
「へえ、じゃあおれは親子丼にしようかな」
 聞けば息子も親子丼がいいと言うので、蕎麦屋だったが親子丼を三人前注文した。
「よく来るの、ここ」と青が訊ねる。
「うん。嫁がめし作るの面倒ってときに来るよ。あっちに座敷席があって、ああいうのはファミリーには助かるし。子どもも蕎麦好きだし」
「上野さん、実家に入ってるの?」
「うん、入ってくれた。姑と同居とかフツーは嫌がるよな。けどまあ、学生のころからの付き合いだからかな、抵抗もそんなになかったっぽい。嫁姑問題はないわけじゃないけど、でも上手くやってると思う。手が多い方が子育てにはいいよな。おふくろも面倒見てくれるから、どっちもありがたくて頭あがんね」
「そっか。長いよな、上野さんと。付き合い始めたの、高校何年生だっけ?」
「二年。二年の終わりからだからもう――二十年以上か」
 ふ、と息をついた。確かに妻とは付き合いは長いが、知り合ってからの年数ならば青の方がはるかに長い。それでもいま智美は青の暮らしぶりを知らず、それは青も同じだからこうして質問が来るのだ。人と人との出会いや、距離感のことを考える。妻は家族だ。青は、他人だ。
「……せいちゃんは、独身なのか?」
 訊くのに、少しためらった。訊いてはいけないような気がしたのだ。蕎麦屋の軒下の淋しげな立ち姿のことを思い起こしたからかもしれない。
 案の定、青は黙った。なにかを言おうとして迷っている素振りだ。
「ごめん。――人それぞれに事情はあるよな。言いたくなければいいんだ」
「いや、……だめだな、こんな歳になっても未だにこういうことにはどう答えていいのか分からないんだ。違うな、……なにを明らかにして、なにを黙っているのがいいのか分からない、というか」
 それは素直な返答で、幼いころの青らしいな、と思った。智美には黙していたいことがあり、知って欲しいこともあるということか。高校時代の、なんでも秘めた雰囲気を纏いはじめた、遠くに感じた青のことを思うと、迷ってくれているという事実は、なんだか嬉しかった。
「……話しにくいことは無理に話さなくてもいいんだよ」
「ん、……でもそうだな、とりあえず、独身だ」
「そっか」
「……望んでそうなったのか、望まなかったのかは、よく、分からない」
「え?」
 もっと訊ねようと思ったタイミングで、料理が運ばれてきた。美味そうだ、と呟いて青は箸を取る。
 食べるだけ食べれば、店に用事はない。青にこのあとの予定を訊ねると、まだ東京行きの電車の切符は取っておらず、ひとまず駅に向かうという。ここから駅まではさほどの距離ではなかったが、こちらは車で来ているので、駅まで送っていくことにした。悪いなと青は言ったが、ちらちらと時計を確認するので、急いでいるのかと思い店を後にする。


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粟津原栗子
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成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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