忍者ブログ
ADMIN]  [WRITE
成人女性を対象とした自作小説を置いています。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


 東京駅に着き、構内に入る飲食店で夕食を取ってから私鉄に乗り換えて青の暮らすマンションのある街まで戻る。妻と四年弱を過ごした部屋からはとうに引っ越し、単身に手頃なマンションへと居を移している。青の部屋に入るなり夜鷹は寝室に進み、ベッドに倒れ込んだ。新幹線の車内であれだけ眠ったくせに、まだ寝足りない様子だ。
「おい夜鷹、家主をほっぽらないでくれ」
「どうせおまえには同じベッドに潜り込んでくる度胸はねえんだろ。昨夜だって隣の部屋にわざわざ布団敷きやがって」
「……」
「時差ぼけしてんだ。ねみい」
 そのまま眠るかと思っていたが、いきなりがばりと起きた。スーツケースを漁る。
「青、この部屋Wi-Fi飛んでるか?」
「ああ、つながるよ。そこにルーターあるから、パスワード見て打ち込んで」
「読んで」
 スーツケースから引っ張り出したのはシルバーのノートパソコンだった。ルーターに記されている暗号キーを読んでやると、カタカタと打ち込んで、Wi-Fiに接続させた。
「メール?」
「一応、日本に着いて治療も受けたっていう報告を、ボスに」
「夜鷹のボスって変わってない? 大学の研究施設の所長。もうだいぶ長いだろ?」
「さすがに歳でな。あちこちするの諦めて最近じゃ大学で教える方が多い。ボスの他に大学で教鞭取ってる仲間もいるけどな。そういうのは歳食ってからの仕事だとか言って、若い奴は世界中あっちこっちに派遣されるのがいまのボスのやり方だ」
「それでおまえのあのパスポートの出来上がりか」
「まー、そう遠くないうちにトップは代わる。退官後の話を最近はよくしているから、ボス本人も考えるところがあるんだろう。そのときにはおれもいまの待遇かは分からん。大学で教鞭取るようになるかもしんないし、別の施設に移るのもあり得る。研究員の中じゃおれはまだ若い方だが、それでももっと若いやつは増えてきた」
「……日本に戻ることは、あるのか?」
「そのときのボスの方針次第。現状ではまあ、あり得ない話でもない。うちの研究所は日本の大学や研究施設ともつながりがある。日本、ならな」
「どういうことだ?」
「東京じゃねえ、って話だ」
 喋りながら夜鷹はパソコンのキーボードを叩き、勢いよくエンターキーを押して「終了」とパソコンを閉じかけた。
「あ、おねだりのAV見るか?」と訊く。
「そこに入れてんのか。寝ろよ、もう」
「いや、青の部屋にいるな、と思ったら目がギンギンに冴えてもうガッチガチで」
「いい子だから寝てくれ。ベッドなら使っていいから」
 青もパソコンをひらき、届いていたメールとネットニュースをチェックする。しばらく向かい合って互いの画面に向かっていたが、夜鷹はふあ、と大きなあくびをした。
「青、明日は?」
「ああ、会社に一応。まだ休暇中だけど、事務手続きで顔だけ出してくる」
「ふうん」
「夜鷹、明日は医者に行けよ」
「ガーゼだけ取り替えてりゃ抜糸まで行く必要ねえんじゃねえ?」
「今日替えたか?」
「一緒にいりゃ分かるだろ」
 パソコンを閉じ、夜鷹を手招いた。傍にやって来た夜鷹は自分からシャツのボタンを外した。
 右肩の、肩先よりやや腕にずれたところに傷がある。ガーゼをそっと剥がすと、昨日よりははるかに状態のよい傷口が晒された。赤く腫れてはいるが、熱を持って化膿している様子はなかった。乾いている。
「化膿止めは?」
「これ」
「貸して」
 処方された塗り薬を塗り、新しいガーゼで覆う。それにしたってひどい傷だ。削れた肉を繋ぎ止めている縫い方が痛々しかった。
 テープを剥がして止め、「終了」と先ほどの夜鷹の口調を真似て言った。
「まだ痛む?」
「そこそこ。痛み止め飲んでるけど、疼く、って感じ」
「今夜も飲んでおけよ」
「この傷を作ってくれたやつを、おれはおまえからもらった天体望遠鏡の三脚で殴った」
 そう言われて、傷口から夜鷹の顔に目線を移した。夜鷹は皮肉とばかりに笑っている。
「先に手を出したのはあっちだ。おれの部屋を荒らして望遠鏡も壊された。一発殴って蹴りも入れたが、銃で撃たれてこの有様だ」
「そいつはどうなったんだ? 捕まったのか?」
「別のやつに刺されて動けなくなった。病院に揃って運ばれたが、おれが帰るころには仲間の手引きでとんずらこいてたからその後は知らない」
「じゃあ元気なのかな」
「消されてたりするかもな」
「元気だといいな。捕まってても、なくても」
「おれそいつに撃たれてるんだけど」
「夜鷹に恨みがあるならおれも恨むかもしれないが、そうじゃないだろ。夜鷹は許してる。生きてる方がいいよ」
 死んで「普通でよかった」と言われるより、ずっといい。
 夜鷹が顔を上げた。黒い目が青を捉え、「なにを隠してる?」と言われた。
「なにを黙秘してる? か」
「……」
「身体があるうちに、身体でしか出来ないことを」
 夜鷹は目を逸らさずに、そう言った。
「それがいまのおれの物理なんだよ」
 シャツを羽織りながら、夜鷹は寝室に消えた。後を追いかけられず、青は居間の床に寝転んだ。
 


← 27


→ 29





拍手[6回]

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

****
2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。

2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」

2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
カウンター
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
フリーエリア
最新コメント
最新記事
フリーエリア
ブログ内検索
忍者ブログ [PR]

Template by wolke4/Photo by 0501