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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 大学の夏休みは長期であるのがよかった。夜鷹はどこのサークルにも属さない代わりに、短期のアルバイトで稼ぎに稼ぎ、夏休みは行ける限りで旅に出た。国内外を問わず出かけたが、大学一・二年のうちは海外が多かった。貧乏旅で、路銀が底つかないように工夫しながらとにかく移動する。登山もした。旅のあいだは青に手紙を書き、実家に宛てて送った。もう青は夜鷹以上に実家に居ついていたので、寮に送るよりはその方が確実だったのだ。
 夏が終わり、大学がはじまり、構内で会えば昼食を共にして、バイトを終えて帰宅すれば青が夜鷹の部屋から星を見ていたりレポートにいそしんでいたりする。これほど近い距離にいて、だが不思議とふたりの仲は遠かった。以前よりもぴったりと、肌の内側まで密着している感覚があるのに、それに満足できない。青に自分はゲイだと告げたせいかなとはじめは思ったが、青はどこか遠くを見ていて、近くに焦点を合わせなかった。夜鷹はそれでも、この生活を歓迎した。青の一番近い場所に自分はいて、だがこれ以上はおそらく許されなくて――充分だと思った。というよりも、これでよしとしなければならない。社会人になればまた生活は変わる。青と変わらぬ友情であるために。恋心の成就は考えず、浸水したまま、三年生の夏を迎えた。
 不満があることを、青はその夏、ようやく漏らした。
「淋しくさせないとおまえは言ったはずだ」と主張する。夜鷹がバイトから帰宅すると家には青しかおらず、そういえば今日から両親は姉の元へ行っているのだと気づいた。家を買ったので、新居に呼ばれて行ったのだ。今夜は戻らない。
 父親の秘蔵の酒を持ち出して、うらうらとふたりで飲んだ。普段は口にできないような度の強い酒に青は早々に酔っ払い、だからこそ出た言い分だったのだろう。「淋しくないだろ?」と問い返すと、青は「淋しいに決まってんだろ」と答えた。
「おまえ、普段はずっとゼミかバイトだし。休みになるとどっか出ちゃうし。前は違った。サマースクールのあいだはずっと一緒にいられた」
「おまえこそ最近仲良いやついるだろ。ええと、家政科の浅野千勢(あさのちせ)」
「ああ、……去年の学祭で手作り石鹸売ってたんだ。敏感肌の方にもおすすめですよって文句で。おまえ、市販の石鹸使って肌荒れたって言ってたから、色々聞いたの。それからだよ」
「ならおれが取り持った仲だな。淋しくないだろ。やったか、浅野と」
「……そういうことを軽々しく口にできない、おれは」
「人それぞれだな。おまえらしいよ」
「……夜鷹はかなり奔放に遊んでるんだろ、どーせ」
「よく分かったな」
「別にいいけど……そういうところも、淋しいと思う」
「一緒に女でも引っ掛けに行けばいいか?」
「女いけんのかよ」
「いけるいける。とっくに証明されてるわ」
「男も?」
「雑食らしいぜ。腹壊さなければオッケー」
「……ばか…………」
 青はぼやき、濃い色をしたオークの香る液体をまた口に含む。
「星見ながらマスターベーションはできねえだろうが。それともおまえは天体に興奮して勃つのか?」
「おまえだって地層とセックスはできないだろ。……そういうことじゃねえよ。夜鷹、こんなに頻繁に会って、こんなに近いのに、」
「近いな」居間の座卓に並んで座っていた。テレビが消音で古い映画を流している。
「淋しいよ……」
「前にも言ったけど、おまえの淋しさはおまえだけのもんだ。浅野は同情して慰めてくれるが、おまえの淋しさが理解されたわけじゃねえ」
「浅野の話じゃない。おれとおまえの話だよ」
「おれだっておまえの淋しさは分かんねえ。共有もない。時間と空間の共有ってのはあるものだと思われている。でも本当はそれすらまやかしだ。おまえそのものにおれはなれないから、おまえの時間を共有したようで、おまえはおまえの時間を過ごしてるだけなんだよ」
「……」
 青はまた酒を煽り、力なく夜鷹の肩にもたれてきた。
「飲み過ぎ」
「今夜泊めて」
「このままここに転がしとく」
「いやだ、行かないで」
「ばか言ってろ」
 密着しようとする熱を振り払い、立ち上がった。「行くのか?」と背に声が縋る。「トイレだよ」と答える。とても付き合っていられない酔っ払いぶりだった。けれど触れられて甘えられ、自身は発熱の一途を辿る。
 用を済ませ、ついでに外へ出て空気を吸った。夏の気怠い夜風が肌をじっとりと追い込んでいく。汗ばんだ首筋を掻きながら居間へ戻ると、青は床に横になっていた。軽い寝息を立て、身体を縮こませて眠っている。大きな男がそうやって眠ることがせつなかった。淋しい、淋しいと口にして、自分の身体を自分で抱いて眠る。なんだ分かってんじゃねえか、と思う。そうやって自分を慰めて自分を生かすのだ。誰かに頼ってばかりいたら、自立して生きてはいけない。
 夜鷹はソファに腰掛け、青の飲み残した酒を煽りながらその肩に触れた。確かな肉質が薄いシャツ越しに伝わる。あやすようにリズムを持って何度か叩く。テレビの中の映画は終わり、エンドロールが流れていた。
 それを消し、タオルケットを引っ張って青にかけてやる。テーブルを片付けて居間を去ろうとしたら、力強く手首を取られた。
「青、」
 その勢いを殺さぬまま引っ張られ、青の上に倒れ込む。青はやすやすと夜鷹を押さえ込み、足掻く間もなく、夜鷹は床に転がされる。
 両肩を押さえられ、青が夜鷹の上に重なる。言葉を夜鷹は飲み込んだ。発声できなかった。酔った勢いで淋しさに突き動かされているのなら蹴りのひとつも入れて逃げてやろうと思ったのに、夜鷹を押さえ込む青の目はしっかりと開いていて、綺麗だった。はっきりとした意思のある、どこかやさしい風味の、夜鷹の大好きな青の双眸。
 その目はあくまでも穏やかに、夜鷹をしっかりと見ていた。淋しさではなく、愛しさで、眼は緩くカーブを描く。肩を押さえていた青の手が、夜鷹の頬を撫でた。輪郭を辿り、頬の張りを確かめ、下唇を撫でられる。指に噛り付きたくて、反射的に口をひらいていた。青の指は鼻筋を辿り、眼鏡に行きついて、それを外してテーブルに置く。
「青、見えない」
 視界がぼやけ、上に重なる男が夢みたいに霞む。夜鷹は手を伸ばして青の髪に触れた。引き寄せると青は夜鷹の胸に額を置き、伸び上がって、夜鷹を間近で覗き込む。
 青の唇がなにかを発した。吐息は当たったが、音声にはならなかったようで、聞こえなかった。いいのか、と夜鷹は問う。これも音声にはならなかったから伝わったのか分からない。ただ、自身への問いかけでもあった。
 いいのか。青の指は夜鷹を望み、夜鷹が長年焦がれていた動きで夜鷹の身体を麻痺させる。それでいいのか。青、おまえにそんな覚悟があるのか。こうすることでおまえの淋しさは埋まるのか。
 おれは共有しない。共感もしない。同情も、慰めもしない。青、それはおまえが望むおれなのか。
 青、青、青。
 おれに、……覚悟はあるのか。
 唇を合わせたとき、身体は歓喜に震えた。期待なんかしていなかったはずなのに、身体は正直だ。青の舌を積極的に引きずり出し、わざと音を立てて吸った。唾液が混ざる。アルコール臭い。
 このまま抱かれてしまいたい。もしくは友情を壊されたくない。おれはこんなにどっちつかずじゃなかったはずだ。青が欲しくてたまらなくて、手にしてはいけないもの。
「青」
 キスの合間に名前を呼んだ。青の目は開いている。シャツのボタンを外され、首筋に唇が落ちた。強く吸われたから、当分襟付きのシャツしか着られないなと妙に冴えて思った。
 そこまでだった。青は夜鷹の首筋に顔を埋めたまま、動かなくなった。やがて寝息が聞こえ、規則正しく背が上下する。夜鷹は青の後ろ髪を撫で、こめかみにくちづけた。
「ばあか」
 泣きたかった。でも涙は出ない。
「おれも淋しいよ、青」
 それは青には届かなかったと思う。ただ青の身体の重みが、熱が、発汗が、骨の当たりが、悲しくなるほど嬉しかった。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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