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一.智美と青(orange and dark blue)



「青くん、帰って来てるのかしら」と新聞を見ながら母親が呟いた。懐かしい名であり、誰かの口からそれを聞くのは本当に久しぶりだったので、一瞬誰のことなのか真剣に分からなかった。先に反応したのは妻の方で、「吾田くんなんて懐かしいなあ」と言う。
「せい? 吾田青(あがたせい)のこと?」
「それ以外にいないでしょうが。あんた、あんなに仲良かったのに」
「だって全然連絡取ってねえもん。……なんで、せいちゃん?」
「あらやだもう、新聞読んでないのね」
 母親はため息をつきながらこちらに新聞を寄越す。足の爪を切る手を止めて、それを受け取った。母親が「ここ」と指したのはお悔やみ欄だった。『吾田雪子 脳出血のため二十七日に死去 六十五歳』
「……え、これもしかしてせいちゃんちのおばさん?」
「そうよ、雪子さん。亡くなったのね。……嫌になるわね、私より若いのに。教師だったけど、退職された後ってことかしら」
「吾田くんのお母さん?」妻も食器を洗う手を止めて傍へやって来た。三人で新聞を眺め、母親は「一緒にPTAの役員もやったわ」とため息をまたこぼす。
「……あんまり身体が強い方じゃないとは聞いてはいたけど、嘘だろ? だって六十五歳じゃ、まだ全然だし、」
「吾田くんのお母さん、トモくんは会ったことあるの?」
「あるよ。せいちゃんち、何度も行ったし」
 妻と会話しながらも、突然の訃報に言葉が出なかった。新聞には葬儀の場所と日時の記載もあるが、吾田雪子の葬儀は「三十日に近親者のみで行われた」とあった。
「え、どーしよ、こういうの。……香典渡した方がいいのかな」
「あんたと青くんの仲が近いなら渡すか送る方がいいと思うけど……」
「ホント、高校卒業してから全然会ってねえんだよな。あーでも、せいちゃん帰って来てんなら会いたいかな」
「青くんの連絡先は?」
「家電(いえでん)しか」
 どうしようかとしばらく思案していると、風呂からわあわあと騒ぎながらふたりの息子が居間へ戻ってきた。「おばーちゃんアイスあるー?」と身体もろくに拭かないままやって来るので、妻は「ちゃんと拭きなさい! あと夜なんだから静かにしなさい!」と息子らの元へ寄る。
 母もかわいい孫のために、いそいそと立ちあがって行ってしまった。温かく賑やかな家の中、今度はこちらがため息をつく番だった。小学校以来の幼馴染の母親が、死んだ。


 吾田青と飯田智美(いいだともみ)は、小学校入学時からの付き合いだ。「あがた」と「いいだ」で名簿順が前後していたことがきっかけで仲良くなった。クラス替えの機会は何度もあったのに、小学校六年間、続く中学校三年間、一度もクラスが離れたことがなかった。おまけに小学校四年生からふたり揃って陸上部に所属した。青は中・長距離、智美は短距離と種目は異なったが、朝から晩までよくつるんだ。親友、と言ってよかった。
 青は比較的おとなしい方ではあったが、その静かな雰囲気がいい、と周囲の女子からは人気があった。普段は涼やかで穏やかな顔をしているくせに、いざ気を許して笑うと顔をくしゃくしゃにする、その屈託のなさも受けていたように思う。成長期にぐんと身長が伸び、さらに魅力的になった。身近ながら青は格好いいやつだな、と、智美は自分のことのように嬉しく思っていた。
 ふたりは同じ高校に進学したが、そこでようやくクラスが離れた。それでも部活動は相変わらず陸上部でいたので、朝と放課後は顔を合わせたし、練習や大会のある休日も、やはり一緒だった。けれど智美の感覚では、このころから青は「遠くなった」。教科書やノートの貸し借りはしたし、廊下ですれ違えば挨拶はしたがそれだけで、家に遊びに行ったり、一緒にテスト勉強をする機会はなくなった。
 青が天文部を掛け持ちしだしたせいだとも思ったが、青はどこかよそよそしく、智美の冗談にも薄く笑うだけだった。そのうち智美には彼女が出来、部活だデートだ受験だと、青のことを考える日も減った。高校三年生、青は東京の私立大学を受験し、現役で合格した。智美の進路先は地元の大学だった。特に連絡先の交換も行わないまま高校を卒業し、青は卒業式を終えた三月初旬、早々にこの町を出て行った。
 青は向こうに行ったきり全く帰って来なかった。よっぽど向こうの生活が楽しかったのかどうなのか。せめて成人式ぐらいは戻って来るだろうと思っていたが空振りで、青がどんな会社に就職したのか、結婚したのか、そんなことすら分からなかった。
 それでも一度だけ、青に会おうと決意して上京したことがある。
 とはいえ、青はついでだったのかもしれない。地元の大学に進学した智美は、それでも就職というタイミングで故郷を離れてみてもいいのではないかと思い、東京で開かれた合同の就職説明会に参加したのだ。複数の企業が同じ会場で一斉に説明会を開くものだった。日帰りで行くにはちょっと厳しかったので宿を探そうという段になって、青のことを思い出した。東京で暮らしている青に、ひと晩の宿を頼めないかと思ったのだ。
 青の実家に電話をして、青の連絡先を教えてもらった。青は寮住まいだと言い、電話番号は寮のものだった。寮に電話をかけると青とはすんなりつながった。事情を説明すると青は「うーん」と唸る。青の暮らす寮は四人部屋で、さすがに外部の人間を泊めるのは色々と難しいとの返事だった。
『でもさ、トモがせっかく来るんだから、飯ぐらいどっかで食おうか』
「あ、それいいな」
『じゃあ、五時にT駅で待ちあわせな』
 話が決まって迎えた当日、しかし青には会えなかった。急用ができてしまった、と前日に連絡が入ったのだ。就職説明会を終えた智美は、バスターミナルの周辺で適当に食事を取り、バスの時間まで周辺をうろうろして、最終バスで帰った。青には会えず、学生のころはあんなにばかみたいに一緒の時間を過ごしたのに、タイミングが合わないときってあるんだな、と思いながらバスに乗車して発車を待っていると、窓の外に高い上背の男が走っているのを見た。人混みに紛れてしっかりと判別しなかったのだが、あれは青だった、といまでも思う。古い友人を見送りに来るぐらいの誠実さは、青に確かにあった。
 その後地元に戻った智美は、やはり地元での就職を決めた。社会人になって二年目に結婚し、いまでは二児の父親である。だがそのことを青は知らないのだと思う。自分が青のことを何も知らないように、青もまた智美のことを知りようがない。



→ 2



ご無沙汰しております。なんだかここ数年は一年で書きためたものを夏に更新するようなスタイルになって来ました。
現時点で40話程度ですが延びる気がしています。
しばらくお付き合い頂けますと幸いです。








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みちこさま(拍手コメント)
読んでくださってありがとうございます。
構想自体は何年も前からあった作品ですが、なかなか形になりませんでした。なんとか更新になったな、という気持ちでいます。
しばらく更新続きますので、おつきあいくださいませ。
拍手・コメントありがとうございました。またお気軽に。
粟津原栗子 2020/06/16(Tue)06:46:36 編集
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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