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 そもそもさ、おれがなんでS美にこだわってるかって話になるんだよな。
 赤城先生、S美の出だって前に話したよな。柾木先生も同じなんだ。赤城先生と柾木先生は高校のころの同級生。美術部で一緒だったって聞いた。ふたりとも油絵を描いてたらしい。同じ部活で、ジャンルも同じで、そのころは仲もわりとよかったって言うから、ライバルとか好敵手とかっていうのかな。切磋琢磨し合う、お互いを認め合ってる存在だったんだって。
 ふたりともS美の油彩科に進学希望してた。同じ美大予備校に通って、高校の最後の一年間は予備校と高校の中間ぐらいにあるアパートでシェア生活して、昼間は高校、夜間は予備校っていう生活をしてたらしいんだ。ただ、そこで柾木先生は行き詰まった。その春の結果は、赤城先生が現役合格で、柾木先生は浪人。
 それでも柾木先生は赤城先生のこと、ねたんだりはしてなかったんだと思うよ。あいつはすごいって、むしろ尊敬してたんだ。大学生活をはじめた赤城先生の話を聞いては嬉しそうだったって、赤城先生は言うんだ。赤城先生はさ、いわゆる天才肌なんだ。なんでも器用にこなせたし、そこにはセンスも美意識もあった。先生の描く絵、一度でいいからおまえにも見せたいな。これ本当に学生が描いたの? ってくらい、色彩豊かで迫力があって、なんていうか、月並みな台詞だけど、感動するんだ。人ってこんなのが表現できるんだなって思う。
 柾木先生はなかなか芽が出なくて、それでもS美にこだわって、結局五浪してS美に合格する。こうなるともう執念で、相当苦しかっただろうな。そのころには赤城先生は卒業だった。卒業展覧会でさ、赤城先生の作品は学長賞を取るぐらいだった。在学中からあちこちのコンペに出品しては賞を総なめしてたからね。いろんな画廊や美術館から声がかかったりで、新進気鋭の作家としてデビューするはずだった。そういう道が、赤城先生には可能だった。
 けど、二・三年して赤城先生は絵をやめた。絵のこと好きでいたいからやめたんだって言ってたな。先生はただ描きたい絵を描いていたいだけで、画壇とか、所属とか、そういうものが性に合わなかったみたい。場所を移して海外で描くことも視野に入れたみたいだけど、結局はフツーの会社に就職して、お金貯めて、通信大学で国語科の教員免許を取った。なんで国語科なのって聞いたら、「国語便覧を眺めるのが好きだったから」って、そう言ってたな。とにかく国語科の教師として働きはじめたんだ。
 柾木先生は、いちばん身近で尊敬していた人が絵をやめたって聞いて、ショックだったんだと思う。いざ学校に入っても絵の良しあしが判断できなくて、悩み惑ってるうちに赤城先生が絵を辞めたって聞いて。目標にしていたから、裏切られた気分だったのかも。柾木先生は生活のために美術科の教員免許を取得して、卒業後は美術教師として働きはじめた。そこでこの高校で赤城先生と再会した。赤城先生は国語科教師でさ、柾木先生は美術科の教師だ。なんだよって、柾木先生は納得できないよな。あんな絵を描いてたのにって。
 だから柾木先生と赤城先生の仲は、いまは最悪。赤城先生は柾木先生とは相変わらず仲良しでいたい感じがするけど、柾木先生はもう、そうじゃないのかな。
 でもおれは、そういうふたりが通った学校に行ってみたいと思ってる。
 話が逸れたな。おれと赤城先生の話だっけ。赤城先生がこの学校に赴任してくるとき、ちょうどおれたちは入学のタイミングだったんだ。移動教室だったんだけど教室の場所が分からなくて、焦って中庭突っ切ってたら赤城先生が中庭のあんずの木を見あげてた。ここの教室行きたいんですけど分からなくてって言ったら、先生、僕も赴任したばかりで分からなくて迷子なんですよって言ったんだ。迷子にしちゃ呑気だろ? とりあえず職員室で場所聞いてみましょうかってなって、ふたりで並んで歩いた。なんか変わってて、変わってるんだけどどこか生真面目なところがあって、浮雲みたいで、ふわふわ流れるような先生だなって思った。職員室で場所聞いて、そのあと先生は「僕は国語科だけど図書委員会の顧問だから司書室に机があるんです。今度コーヒー飲みにおいで」って誘ってくれて。それでおれもまんまと、司書室に行ったんだよな。
 先生、本に埋もれるような部屋で、司書の先生と楽しそうだった。いつも美術書を眺めてたから、おれも美術に興味あるんですって言ったら、色々と話してくれた。絵は楽しいよって。芸術は素晴らしいよって。やめたくせに熱心だった。そういう熱量がたまらなかった。静かなのに、燃え盛ってるみたいなさ。
 美術館の無料券をもらったけど行きますかって言われて、チケットもらって市立美術館に行ったんだ。先生も時間が空いてるからって、一緒に来た。絵を、半端ない知識量と経験から説明してくれて、すごく刺激になった。なにより絵のことを語るときの、少し上擦った声にやられた。中身が好きで、身体まで意識しちゃったらもうどうしようもないよな。恋だって分かった。あとはもう、押せ押せって感じ。教師だけど、男だけど、きみのこと素敵だと思うよって、応えてくれたときは、嬉しかったな。空飛べそうだったもん。
 このくらいでいいか? おれとしてはこれで治めてくれると助かるんだけど。あ、そうそう。赤城先生はいまでもずっと柾木先生のこと気にかけてるよ。柾木先生は嫌いで仕方ないって風だけど、赤城先生は、あいつは報われてほしいなって言ってる。おれもそう思う。柾木先生は絵が本当に好きなんだ。好きで、だから嫌いなんだ。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
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