忍者ブログ
ADMIN]  [WRITE
成人女性を対象とした自作小説を置いています。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


 帰り着くと家族は全員揃っており、連絡もせずにつれて来た来客もむしろ嬉しそうに迎えてくれた。母親に事情を話し、蕎麦を渡す。年末の大掃除を終えた家はいつもより明るく隅々まで丁寧に清潔で、とりわけ祖母が床の間に備えた鏡餅と松飾が堂々としていて立派だった。
 青沼はすでに酒盛りを始めていた父と祖父と兄に引っ張られてリビングのソファに座り、酒を飲ませるわけにはいかないからと、ジュースと肴を勧められていた。兄は大学進学しておりひとり暮らしだが、正月は必ず帰省してくる。台所には母と中学生の妹が立って夕飯の支度をしていた。祖母は新聞のテレビ欄のチェックに余念がない。大晦日恒例の歌番組の、歌手の出場順を見ているのだ。
「賑やかでごめんなさいね」と言いながら母は蕎麦を茹で始めた。うちでは年越しそばは年越しに食べるものではなく、夕飯として出す。
 同じ美大志望ということで、話題は学校のことが主だった。なぜ工芸科なのかとか、実技試験対策はどのように進めているのだとか。そのうち蕎麦が茹で上がった。だしをたっぷりとしみ込ませたあげと玉子の乗った、温かい蕎麦だ。
「薬味もあるから。ねぎ、おろし、七味もどうぞ」
「ありがとうございます。すごいですね」
「そうかな? 普通ですよ」
 膳を出してくれた妹とそう交わして、青沼はまずつゆを口に含んだ。頬が上気する素直な反応が嬉しい。勢いよく平らげ、「うまいな」とこぼした。佐々木さんの手打ちそばは確かに店をひらけるほど美味かったし、この家の蕎麦の調理の仕方もよかったようだ。
 歌番組が始まって、祖母や母親や妹らはそれに夢中になり、男連中はだらだらと酒を飲んでいる。慈朗は青沼を自室に誘った。兄が大学進学するまでは兄とふたり部屋で、いなくなったいまでもベッドは相変わらず二段のしつらえだが、物置に使っているので不便はない。
「あんまり片付いてなくて悪いけど」
「いや、面白いな、このモビール。紙?」
「うん。こういうちっちゃい工作すんの好きでさ。これは中学の美術の授業で作ったやつを気に入ったから、未だに飾ってる」
 青沼が軽く触れた工作は、細い針金を軸に和紙を張りつけて作ってある。飛行機のプロペラを真似たので形は流線形だ。美術教師が「よくできてる」と褒めてくれて嬉しかった記憶と共に部屋にぶら下げている。あのときの美術教師は中年の女性で、だが凝り固まった固定観念というものを持ちあわせてはおらず、わりと親しく話せた。
 固定観念の美術教師で思い出したが、そういえば進路指導の柾木は美術教師だ。一年次の選択授業で美術を取ったので、一応、授業は受けている。どんな授業だったのかたった一年前のことなのにあまりよく思い出せない。いつも眠かったような気がする。つまらなかったのだ。
 けれど、手は覚えている。デッサンだったか写生だったか文化祭のポスターだったか、とにかく「ここはこうした方がいい」と指し示した手の、指の、節、爪、ちいさなささくれ。インクだろう黒い滲みと、対照的な肌の白さ。
「――柾木って美術が嫌いなのかな」
 そう言うと、ちょんちょんとモビールに触れていた手を止めて、青沼が振り向いた。
「なんで?」
「柾木の授業、受けたことあるだろ。全然面白くなかったからさ」
 それこそ柾木が青沼に告げた台詞がよみがえる。「一般大学で美術教育を学んで美術教師になる手もある。」柾木はその類なのではないかと思った。
 青沼はしばらく黙っていたが、やがて「柾木先生は美術が大好きだと思うよ」と答えた。
「そうかな?」
「好きすぎて、嫌いになったんだ」
「え?」
「下手な恋愛映画と同じなんじゃない? ある程度距離置いとかないとさ、自分が保てなくなって自分のこと嫌いになったり相手のこと全部許せなくなる」
「そんな恋愛してるのか、おまえ」
「映画の話だよ。おれはそういうのよく分からない」
 なんの映画を観てるんだか、と訊こうかと思ったがやめた。さて、と言って青沼はコートを着こみ始めた。帰る? と訊ねると、帰る、と返事がある。
「長居しちゃった。悪かったな」
「泊まってってもいいんだけど。家に帰ってもおふくろさんいないんだろ?」
「ん、でも途中でいったん帰って来るようなこと言ってたから。そのときにはさ、家にいたいじゃん」
 マフラーをぐるぐるに巻いて、またモビールに触れた。「今度、おれにもこういうの作ってくれよ」と言う。
「気に入った?」
「気に入った」
「おまえの方が得意そうだけどな。こういう、手のかかること」
「手先が器用なのは認めるさ。でもこういうアイディアや感性はないってこと。そこまで備えてたら、絵画や彫刻をやりたかった」
「そういうもんか」
「欲しいもの全部持てるわけじゃないよな。でもそういうもの多分――悪くないよ」
 そう言って部屋を後にした。階段を降り、居間で団らんを満喫しきっている家族に挨拶をする。母は「よかったらお母さんにもどうぞ」と言って蕎麦の残りを青沼に渡した。


← (2)


→ (4)





拍手[7回]

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
«共犯A(4)]  [HOME]  [共犯A(2)»
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

****
2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。

2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」

2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
カウンター
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
フリーエリア
最新コメント
最新記事
フリーエリア
ブログ内検索
忍者ブログ [PR]

Template by wolke4/Photo by 0501