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 考え直せと言われても、こちらとしては考えに考えた結果の進路希望だった。
 昔から絵本や図鑑、写真集など文字よりも絵のついた本を眺めることが好きだった。子どもっぽいと言われればその通りだろう。年頃になり、中でも惹かれたのがとある冒険家兼写真家の随筆集だった。作者の言葉の数々と共に随所に写真が入った。普段は文字など読みたくもないくせに、そのときばかりは耽った。中でもある一節が心に刺さった。
『一瞬は簡単に過ぎる。いつの間にか美しいときも醜いときも悲惨なときも幸福なときも過ぎている。だがいまのカメラはそれを収めることが可能だ。南フランスの教会で行われていたささやかな金婚式の、老婆のあの笑みを写したとき。ひるがえったレースのスカートのひだの造形のなめらかさ。もしくはタイでバイクの荷台いっぱいに荷を積んだ青年の、金を稼ぐために必死でいる顔の、額の、汗のひと筋。強いまなざし。これを写せたとき。僕は僕として生きた価値を見た。』
 これにやられてしまった。それから父親から古いカメラを譲り受けて写真家の言う「一瞬」に目を凝らすようになった。意志があれば、技術はスポンジに垂らす水のように次々と吸収できた。高校に入って当たり前のように写真部に入部したが、家ではできないような暗室作業も出来て、楽しくて仕方がない。これをこの先も続けていきたいと思う。それはゆるぎない決意だった。
 進路志望を変えつもりは毛頭ないし、ありがたいことに家族もそれを応援しているのだからもう道はひとつだった。進路は変更しません、家族も認めてくれています。柾木にそう伝えたのは青沼も同じで、柾木はいつもの人を小ばかにするような醒めた目でふたりを眺め、「ふん」とだけ言って冬休みに突入した。柾木がなにを考えているのかは分からないが、本人が望まない進路指導をするわけではなかった。外れものふたりのことは、どうでもいいのかもしれない。
 冬休み、学友たちは予備校通いに忙しい様子だったが、慈朗は短期のアルバイトをすることにした。学校では基本的にアルバイトを認めていない。している暇があるなら勉学に励みなさいということだ。接客業ではばれると思い、時給がよいこともあって運送会社の荷の仕分けのアルバイトをした。配送に使うトラックの発着口と接しているため、仕分けするラインは構内にあるといえどもほぼ外にいるのと変わらない。体を動かす作業なので体は温まるのだが、指先はいつまでも冷えたままで、これが困った。口元に何度も手を運び、息を吹きかけてはまた荷を分ける。分けた荷は方面別に分かれているパレットに載せておく。歳暮のシーズンでもあるので仕事はいくらでもあった。
 佐々木(ささき)というベテランの社員にくっついて仕事をしていた。五十代中ほどの人の好い性格で、頼りになった。大晦日、「明日は休んでいいよ」と言って蕎麦を持たせてくれた。なんでも蕎麦打ちが趣味で、ゆくゆくは店を構えたいと考えているほどだという。礼を言い、職場から帰る途中、見慣れた背中を発見する。青沼だった。
 どこからの帰りなのか、うつむき気味に道を歩いている。声をかけると驚いた風に振り向いたが、慈朗の顔を見るなり笑顔になった。鼻と頬が冷気で赤い。指摘すると「おまえもだぜ」と笑った。
 自転車を下りて一緒に歩いた。予備校にでも行っていたかと尋ねると、「バイトの帰りだ」と答えた。
「え、バイト? おれもバイトの帰りだよ。どこでバイトしてんの?」
「A物産っていう会社の冷蔵倉庫。超でっかい冷蔵庫の中で荷物をあっちに運んだり、そっちに下ろしたり」
「まじで? おれもおんなじようなことしてる。運送会社の荷物の仕分けだよ」
「あー、だよな。接客業は学校にばれるもんな」
「そうそう。コンビニとかだと家から近くていいんだけどな」
 柾木の言う通りで、美大は金がかかる、という話になった。だから微々たる金額であっても、いまのうちに少しでも稼いでおきたいのだ。とりわけ青沼の家は事情が少し重い。母子家庭で、母方の祖父母が支援してくれているとはいえ、いまのうちからの稼ぎは重要になってくる。
「あ、そーいやあさ」
 自転車の前かごに乱雑に入れたビニール袋に手を伸ばした。
「青沼んちって、年越しそば食う家?」
「年によるかな。今年はおふくろが夜勤で――あ、おふくろは看護師なんだけどな、まあそんなわけで今年はおれひとりで年越しだから、蕎麦の用意はしてないよ。ふたりのときは、なんだかんだでおふくろが作るんだけどな」
「あ、そうなの? だったらさ、これからうちに来ねえ? この蕎麦、手打ちなんだけどさ、バイト先の人がくれたの。でも余りそうだから、せっかくだし食ってけよ」
「え、でもいきなりは悪いだろ」
「気にするような家じゃないんだ。家族が多いからやかましくてうるさいってのは勘弁なんだけど。ちょっと美大予備校の話も詳しく聞いときたいし。青沼の方が詳しそうだから」
 そう言うと青沼はすこし困ったような顔をして、しばらく思案したのちに「ならお言葉に甘えようかな」と言った。決まれば早い。ぐずぐず歩いてると寒いまんまだからさっさと行こうぜと言って、自転車にふたり乗りして家まで戻った。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
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