忍者ブログ
ADMIN]  [WRITE
成人女性を対象とした自作小説を置いています。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

C.



 最後のホームルームが終わり、クラスメイトや担任らとは写真を撮った。せっかく映像科への入学が決まったんだからとやたらと「撮って」と頼まれることがなんだか嬉しかった。スマートフォンやコンパクトデジタルカメラを預かって、慎重に、かつスピード感を重視して撮る。人をよいと思う瞬間は一瞬で、それを逃すことだけはしたくない。
 おまえも入れよ、と言われ、何度かは自身も輪に混ざって撮ってもらったりした。やっぱり写真はいいなと思う。誰かと誰かの距離を近づけたり、結び付けたりする。カメラというツールが身近になったいまだからこそ実感は濃い。
 次第に人もまばらになり、それぞれが家に帰ったり、あるいは別れを惜しむ会などに参加しに行ったりする。半数ほどの人がいなくなったころに、慈朗も教室から立ち去った。卒業式に出席してくれた親には自分で帰るから先に帰って、と伝える。卒業式の、妙に胸がすっきりとする、なにかが抜け落ちたような、埋まったような、ひとつの区切りを、自分のカメラに収めたいと思った。
 三月のはじめで、まだ寒い。マフラーに顔を埋めながら校舎のあちこちを歩いた。立ち止まってはカメラを構え、シャッターを押して、また歩く。これからこの先もう、この校舎にこんなに熱心に通う日々はない。教職にでも就けばありうるだろうが、慈朗にそのビジョンはいまのところさっぱりなかった。だからこれで最後だ。本当に、最後。
 進路指導室には誰もいなかった。教員もみな出払っている。渡り廊下を歩いて、別棟の上階に位置する美術室へと歩いて行った。わずかに緊張した。いるかもしれない、という期待が、いないかもしれない、という失望を振り切っている。
 階段をのぼったらすこし息が切れた。同時に、「失礼しました」という声が聞こえた。美術準備室から頭を下げて出てきたのは青沼だった。慈朗を見て、「よう」と手に持っていた卒業証書の筒を振る。
「柾木先生ならいないぜ。おれも先生に用があって来たんだけど、いないよって言われちゃった」
「そうなんだ」シンプルにがっかりした。
「なに、雨森は挨拶にでも来たん?」
「まあ、そうだね。先生写真撮ろーって」
 あ、と思いついて青沼に「おまえも被写体になれよ」と言った。
「えー、今度はなんのスキャンダルをスクープするつもりですかー」
「人をパパラッチみたいに言うなよ。なんかさ、卒業式の雰囲気をうまく写真に収められないかなって思ってさ。会う人会う人、カメラに収めてんの。そこ立って、ほら」
「いーけど、一緒には撮らんの?」
「……じゃあ、一枚」
 青沼を美術準備室の扉の前に立たせて、箱椅子をふたつ重ねて簡易の三脚を作った。その上でカメラを構え、画角とカメラのもろもろの数値をあらかじめ設定して、その設定のままに今度はタイマー機能をセットする。「行くぞ、十秒、九、」カメラがピ、ピ、と音を立てる。「六、五、四、」青沼の元へ走って行く。青沼はごく自然に慈朗の腕を取った。天井へ腕を高く上げる。「二、一、」
 ピー、と音がして、次の瞬間、シャッターの降りる音がした。「なんでこんなポーズ?」とまだ離されない手首を見ながら問う。青沼は「ヴィクトリー感を出そうと思って」と言った。
「学校、まだ決まってないくせにな」カメラの元へ戻って画面を確認した。
「明日、明日には結果が分かる。言っとくけどおれは闘志に燃えてるからな。絶対に受かってる。受かっておまえと一緒に入学式だ」
「受かってなかったらおれの後輩だな」
「ちきしょー、あっさりとAOで結果出したやつはヨユーだよな。車の免許まで取りやがって」
「あっさり受かったわけじゃないけどな」
 騒いでいると、美術準備室から非常勤の美術教師が出て来た。「まだ騒いでるの?」と準備室の鍵を閉めながら言う。
「ここはもう閉めてしまうよ」
「あ、柾木先生は戻らないんですか?」
「柾木先生に用事があるなら日を改めた方がいいんじゃない? 今日はもう学校には戻らないと仰って出て行ったよ」
 その台詞には、心底落ち込んだ。
 仕方がないので青沼と共に歩いて階段を下りた。なんとなく駅の方向へ向かう。さすがに今日ばかりは自転車ではなく、バスと電車をつかって学校へ来ていた。青沼が「腹減ったな」と呟く。
「――青沼さあ、赤城先生と連絡、ついた?」
 尋ねると、青沼は息を吐きながら首を横に振った。
「どこ行ってるんだろうな。日本にいなかったりして」
「……まだ赤城先生のこと、好きか?」
「……」
「だってさ、ひどいじゃん。ネットに写真上げられたってのは被害者だけど、でも、それにしたって青沼にろくに話もせずに勝手にいなくなったんだよ。このご時世なんの連絡も寄越さないでさ。もう青沼は、赤城先生以外の人を好きになったって、赤城先生は文句も言えないと思う」
「……それはそうだな」
「せめて連絡だけでも取れたら違うんだろうけど、……こう、励ましあったり、話しあったりしながら、時が来るのを待つっていうのかさ、」
「……時って、いつだろう」
「そりゃ、もうちょっと大人になったとき、とか」
「おれは、いま会いたいよ。いま赤城先生に会いたい。会って、――話したり触ったりしたい」
 その言葉の響きの切なさに、心臓が抉られた。
「おれは、いま、だと思ってる。先生はぼくらが出あうのが早すぎたって言ってたけど、あのときあのタイミングでしか出会えなかったんだから、あれが適正だったんだ。歳は取りたくない。いま会いたい。いまじゃなきゃだめだ。いま、――この星のどっかにいる先生と、話がしたい」
「……」
「時が来るのを待つとか、待てとか、くそくらえだ」
 そう言って、青沼はわずかに先を行く。後ろ姿を見て、猛烈な虚しさを感じた。慈朗はこの男をどこかでまだ好いている。男は慈朗を見てはいないが、この先ずっと、慈朗はこうなのだと思う。青沼に対しては、無条件でこうなってしまう。親しい距離でいたいから諦めた恋だ。
 赤城は「こらえる」と言った。ずっと同じ気持ちを同じ熱量で持ち続けたら「時」は来るのかもしれない。けれどそれを待つことは、気が遠くなる。とりわけ、若い慈朗たちからすれば。
 いまどんな気持ちで赤城が過ごしているかを考える。青沼は何千何万回と考えただろう。それを力にして、彼はずっと受験対策をして過ごし、受験を迎え、いまは結果待ちだ。なんとしてもS美には進学したいだろう。赤城が通った大学だから。
「決めたんだ、おれ。先生を探しながら、でも全力でおれの生活を過ごす。二兎同時に追っかけるんだ。それでどっちも仕留める」
 と、青沼は言い切った。
「それで赤城先生と会えたら、そのときにはおまえを呼ぶからさ。おれと先生の写真を撮ってよ」
「……約束する」辛いけれど、最高の約束だと思った。
「なんか食って帰ろうぜ」
 あーあ、と青沼は伸びをした。駅前まで来ればファーストフード店がいくつかある。普段行くハンバーガーショップよりもちょっと値の張る喫茶店に入った。大人びたい気持ちがある。
 早く大人になりたい。青沼はそうでなくても、慈朗はそう思う。


(24)

(26)


拍手[7回]

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
«共犯A(26)]  [HOME]  [共犯A(24)»
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

****
2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。

2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」

2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
カウンター
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
フリーエリア
最新コメント
最新記事
フリーエリア
ブログ内検索
忍者ブログ [PR]

Template by wolke4/Photo by 0501