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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 結局、だらだらと店で過ごし、帰るころには夕方だった。陽はだいぶ暮れていて、雲の隙間から白く発光する月が見えた。そろそろ帰ろうか、と言って店を後にする。青沼は予備校の方にも顔を出すつもりだと言うので、駅前で別れた。試験結果が出たら必ず報告する、と約束をもらった。
 おれも帰ろうかな、とぼんやり思う。本当は柾木に会いたかった。会ってどうするかはともかく、柾木とこのまま卒業でさようなら、は嫌だったのだ。だが日を改めた方がいいと言われた。そうまでして会いに行っていいのかは、よく分からない。
 スマートフォンが着信を告げた。先に帰った母親からだった。出ると「あんたいつまでほっつき歩いてんの」と呆れられた。「今夜はあんたの卒業と進学祝いも兼ねて夕飯は外に食べに行くって話してたでしょう?」
「あー、ごめん。もう駅までは来てるから、これで……戻る、」
『駅にいるの? だったらそこにいなさい。これからみんなで車乗って出かけるようにするから、駅前で拾うようにするわ』
「でもおれ制服だよ?」
『そんな気にするような店には行かないわよ』
 それで、駅前にしばらく待機となった。陽が落ちるとしっかりと寒く、どこかの店にでも入っていようかなと辺りを見渡す。喫茶店は先ほどまでいたので、本屋か、とそちらへ足を向ける。
 以前、赤城や柾木や青沼と来たことのある本屋だ。交差点で信号が青に変わるのを待つ。時刻を確認し、マフラーを巻きなおし、顔を交差点の向かい側に向ける。幾人かがこちらへ渡るべく信号待ちをしていた。その人の中に見たことのある眼鏡姿を見つけて心臓が鋭く痛んだ。向こうもこちらへ気付いたらしい。信号が青に変わった。
 歩き出す。柾木は歩き出さず、慈朗を待っててくれた。交差点を渡り切って柾木と合流する。「こんなところでなにやってんですか、先生」と訊く。会えたことが嬉しくてどことなく声が弾んでいた。
「見回り」
「え、また変質者が出たとか?」
「卒業式だろ。おまえみたいに街中うろちょろしてばかやってるやつがいないか、見てまわってんだよ」
「おれ、ばかはやってないですよ」
「さっき青沼を見た。一緒にいたか」
「うん。おれはもうじき家族が迎えに来るので、本屋で待ってようと思って」
「そうか。なら、いい」
 いつもだったらここで「先生さようなら」だ。だがなんとなくとどまる。柾木も立ち去ろうとはしなかった。ふたりで言葉を探っているようにも思えた。
「……いつ引っ越すんだ」
 ようやく沈黙が解かれた。柾木からの質問だった。
「……寮に入るんですけど、卒業する学生を退寮させてからじゃないと入寮できないって言われたんで、それを待ってから入寮します。だから、わりとぎりぎりまでこっちに」
「まだ寮なんてあるんだな、S美」
「先生も寮にいたんですか?」
「いや、下宿してた。寮、ぼろぼろだったし。赤城は寮にいたらしいが」
「いまは建て替えて新しくてきれいになったって聞きました。個室もらえるし」
「ならいいけど、寮は人間関係にしぶといやつでないと結構辛いって聞くよ。おまえそういうところ神経質そうだからな。大丈夫か?」
「まあ、様子見で」
「そうだな」
 ふあ、と柾木はあくびをした。白い吐息が天へとのぼっていく。中綿のジャンバーの下は卒業式らしくスーツ姿だった。前髪も、普段と違ってあげている。
「写真、撮っていいですか」と訊くと、「嫌だ」と言われてしまった。
「おれはあんまり写真って好きじゃねえんだ」
「これから写真コースへ入学する生徒によくそんなこと言えますね」
「そういうやつも世の中にはいるってこと。正直な意見だろ」
「どうして嫌なんですか?」
「どういう顔していいのか分かんないから。人に顔向けてりゃ自然に表情もつくけど、レンズにはぎこちなくしか顔を向けられない」
 もっともな意見だな、と思った。
「じゃあおれと写真撮りましょうよ。ふたりで一緒に」
「もっと嫌だ」
「さっき青沼とは撮りましたよ」
「ならよかっただろ。それぐらいにしとけ」
 ちえ、と言いながら、うつむく。履いているスニーカーの先が、柾木の履いている革靴の先に近い。こうやって柾木の傍にいて話せるのも今後はほとんどなくなるのかな、とため息をついた。なにか言った方がいいのに、言わなきゃおしまいなのに、なにも言葉が出てこない。
 どうしよう、と思いながら今度は空を仰ぐ。外灯の明かりに紛れて、月がぼんやりと霞んでいた。「あ」と思いつく。「先生」
「なんだ」
「月」
「ん?」
「月が綺麗です」
 天を指さすと、そちらを柾木も見た。それから「おぼろ月か」と呟いた。
「そうですけど、……そうじゃなくて、」
「ああ」
「その、だから」
 うまく言えないものだな、とじれったく感じる。やはりうつむいてしまう。柾木もなにも言わない。
「おれは、」
「雨森」
 台詞が重なった。思わず顔を上げる。柾木の目はいつもの険しさよりは少し、緩んでいた。やさしい顔だ、と感じる。感じたら、心臓が痛いほど鳴った。柾木の表情、整えられた髪、外灯を反射する眼鏡の弦、首元、すこし緩んだネクタイ、分厚いジャンバー、大人の男の手足、袖口から見える、絵の具で汚れる白い手。
「おれもそう思うよ」
「――」
「いい月夜だ」
 それからすぐ面倒くさそうな顔に戻し、「こういうのはガラじゃない」と言った。
 柾木らしいな、と思う。甘い顔なんか全然見せてくれない。
「引っ越す前に先生の家に遊びに行っていいですか?」
「今月三十一日まではおまえはまだおれの生徒だから、断る」
「じゃあ、それ以降は?」
「そうだな」柾木は再び空を見あげた。
「早く大人になってくれ」
「――」
「おれは子どもは嫌いなんだ。がっちがちに守られてるやつに手ぇ出すやつの気が知れない」
「赤城先生のことですか?」
「どうだろうな」
「元気かな、赤城先生」
「知るか」
「大人になります」
「……」
「速攻で大人になります。待ってて、先生」
「……ふん」
 そっけない台詞だったが、充分だった。柾木とまた会っていいのだと思ったら、嬉しい。
 それ以上に言葉を交わさなかったが、なんとなくその場にふたりでいた。



End.



(25)



明日は更新をお休みします。
明後日からその後のことを少し。よければお付き合いください。




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沙羅さま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。久々の更新でしたが、毎回のコメントには大いに励みをいただきました。感謝いたします。
慈朗含め「A」たちの話はいったんここまでです。もっと短編でさらっと終わる気でいて、書き始めたら長くなりました。慈朗の初恋も柾木の初恋も実らないものでしたが、その経験があるからこそきちんと人を好きになったふたりだと思っています。これからのことは、明日以降でまた語ってゆきますので、お付き合いくださると嬉しいです。
月齢を見たら、今日が満月で大潮でした。台風の影響のあるところは見られぬ月でしょうか。そろそろ月の美しい時期に差し掛かりますね。そういうものを織り込んだ物語をこれからも紡いでいけたらと思います。
拍手・コメントありがとうございました。またお楽しみに。
粟津原栗子 2019/08/15(Thu)11:24:07 編集
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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