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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「お茶とおにぎり置いとくわよ」と扉の向こうから声がした。部屋に入ってこない辺り、母親の察しがいい。部屋の扉を開けると盆に握り飯と魔法瓶、カップが置いてあった。「とりあえず食いな」と青沼に勧める。握り飯を受け取った青沼はなんとなく食欲がないようで、それでもひと口、ふた口と食べ始めると、あっという間にそれを腹に収め終えた。
 自らも握り飯を齧りながら、慈朗はノートパソコンを立ちあげる。クローゼットの中に突っ込んでいたこれまでの写真データを収めた記録媒体も引っ張り出す。いまのところ慈朗はデジタルカメラを主に使っているので、画像はデータとして保存されている。フィルムカメラで撮ったものもないわけではないので、そちらは段ボール箱に収めていたものを青沼の前に置いた。
「これがおれの、大体だ」
「……」
「全部、とは言えないんだけど、でも大体全部。そのノーパソ使ってデータ片っ端から見てけばいいよ。フィルムは現像してないのもあるから、ライトボックス使ってネガ見て」
「……いいのか? 見られたらまずいのとか、あるんじゃ」
「そんな後ろめたい写真は撮ってない。写真をさ、おれは後から見たいんだ。ただ残したいって意味じゃなくて、ちゃんと鑑賞したいと思って撮ってる。撮れたらラッキーとかでシャッターは押さない。どのショットにも、意思を込めてる――つもりだ」
「これ、いつの分からあるの、」
「撮りはじめたころからだから、……小五くらいかな」
「それにしたら意外と数がないな」
「あ? まあ、あんまり簡単にシャッター押さないし。きちんとした一枚をきちんと収めてあれば、それ一枚で事足りるだろ? 面倒くさがりなんだ」
「……」
「好きに見な」
 言い残して、自分は二段ベッドの下段に寝転んだ。なんとなく目を閉じた。カチ、カチ、と青沼がパソコンのマウスを操作する音が響く。それと雨音。
 しばらく黙ってデータを見ていた青沼が、「これ、おれたち?」と呟いた。薄目を開けて青沼を確認する。慈朗の方を見ていたから、慈朗も起き上がり「どれ?」と傍に寄った。
 ノートパソコンの画面に表示されていたのは、暗がりで抱きしめ合う男ふたりの写真だった。駅前の公園で撮ってしまったあの写真だ。慈朗は苦笑した。
「――そっか、あのとき撮った写真を全部は見せてなかった。スマホで撮ったから、こういう大きなモニターに映すと荒れるよな。スマホの方にはもうデータは残ってない。これはバックアップ」
「……」
「これ、いい写真だと思う。気に入ってるけど、おまえにしたら隠し撮りで気に食わないよな。それは謝る。ごめん」
 慈朗はCD-Rを引き抜いた。ケースに収め、それを青沼に渡す。
「これはおまえにやるよ」
「……」
「悪かった」
 まだ見るだろうと思い、青沼の傍を離れてまたベッドに寝ころんだ。だが青沼は動かない。マウスの操作音さえ聞こえないのでそっと顔を上げると。青沼はモニターを見つめながら涙を流していた。あおぬま、と声をかけると、洟をすすって青沼は大きな手で顔をもみくちゃに揉みこんだ。
「――もういい。ありがとう、充分だ」
「見ないのか?」
「見てたいけど、今日はやめる。おまえの言った意味、分かった。雨森の撮った写真にはさ、ちゃんと主義や主張が込められてる、と思った。ただの記録じゃなくて、雨森がここに収めてあるものに感動したり、面白がったり、衝撃を受けていたり、そういうことを感じて撮ってるってことが分かるっていうかさ。……写真で鳥肌立つようなことがあるんだってはじめて味わった。だから、あんな、ネットにあっさり流してしまえるような安易な写真は雨森のわけがない。雨森がもし、どうしてもネットに載せるんだとしたら、……そこにはもっと大きな主張とか、感動が込められてる、と思う。もっと迫るような写真っていうのか、……うまく言えないんだけど、とにかく、伝わった。あの写真が雨森の撮った写真のわけが、ない」
「……そうだよ」
 と、慈朗は答え、安堵の息を吐く。青沼に疑われてとても淋しかった。好いたやつから嫌われるのかと思ったら心臓が冷え込むほど痛かった。けれど疑いは晴れた。慈朗の撮った写真で、慈朗自身の感性と技術で、それを伝えることができた。
 自分にはそれだけの力がきちんと備わっているのだ、と思うと、胸が温かく、そのことがすこし痛い。
「おれのわけないんだ」
「おれこそ悪かった。本当に、ごめん」
「うん。……いいよ」
 ず、と洟をすするので、ティッシュボックスを投げてやった。青沼はティッシュを引き抜いて勢いよく洟をかむ。
「雨森じゃないって分かったから、今日は帰るよ」と言う。
「あの写真の山を一枚ずつ見たい気もするけど、それは時間がかかるだろうからな。いつか写真集出せよ、雨森。絶対に買うから」
「写真集かあ。夢だけどな。あ、受験用のポートフォリオ出来たよ」
「まじ? 見たい、けど、――今夜は母親残して家出て来ちゃってるんだ。帰んなきゃ」
「雨、止んだ?」
「さっきよりは音がしないな」
「駅まで送ってくよ」
 窓を開けて外を覗くと小雨に変わっていた。居間に顔を出し、テレビを観ていた家族に「青沼帰るから送って来る」と告げた。母親は難しく険しい顔をしていたが、「次来るときにはちゃんと夕飯食べて行きなさいね」と青沼の頬をぺちぺちと軽く叩いた。
「すみません。お借りした服は洗って返します」
「そうね。それでまた顔見せにらっしゃい」
 ぺこりと深く頭を下げ、青沼は玄関を出た。雨森も続く。傘を差し、並んで歩いた。青沼は「文化祭も受験も近いのに本当にごめん」と謝りっぱなしだ。



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プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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