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 週のはじめから頭痛どころかめまいまで起こしそうな雨も、いったんは落ち着いた。中日は晴れた。晴れた途端に暑くなる。その日、慈朗はようやくポートフォリオを完成させた。柾木に見せ、面談の中で熱心に話し込む。慈朗のポートフォリオを柾木は「いいでしょう」と、淡々と評価した。柾木らしいな、と思う。
 文化祭が来週末に迫っていた。この学校ではいち早く受験対策をするから、という理由で初夏のこんな時期に文化祭を行う。慈朗に限ってはAO入試にしたために受験対策と文化祭とが被っていて毎日なにを考えてよいやら、だった。文化祭の準備をしつつ面接の練習に行く。帰宅が遅くなっていたが、夏至のころだからか日がいつまでも高く、あまり苦にならない。
 金曜日、空はどんよりと曇っていた。また天気が崩れると気象予報士が注意喚起している。授業を終え、部室に少しだけ顔を出してその日は早めに帰宅した。文化祭準備期間であるので、どうせ明日も学校へ行く。少しぐらいは休もうと判断して雨の当たらぬうちに帰ったのだった。
 着替え、ワイシャツを洗濯に出し、軽く眠って夕飯を食べている最中だった。部活動だと言って慈朗より遅く帰宅した妹が「シロちゃんにお客さん来てる」と声をかけて来た。誰だと思い玄関の先へ出る。細かく降り出した雨の中、傘も差さずに青沼が立っていた。
 家へ直接来たのは去年の大晦日以来だ。暗い顔が気になった。「どうした?」と訊ねる。
「予備校じゃないのか?」
「これ撮ったのはおまえか?」
 いきなり目の前にスマートフォンを突き付けられ、迫力に動揺する。ようやく焦点を合わせてスマートフォンの画面を見た。画像が数枚並べられている。連写のようで、アパートのようなどこかの玄関先に男がふたり立っている。時刻はいまぐらいか少し遅いぐらいだろうか。夜だ。ひとりは玄関の内側にいて、もうひとりは外側にいる。連写を追って行けばふたりは吸い込まれるように玄関の内側に入っていく。
 玄関の内側にいる男の顔にはうすくモザイクがかかっている。外側の男は背を向けているので顔までは見えなかった。けれど着ている制服は慈朗たちの通う高校のものだと暗がりでも分かった。画面をスクロールすると、「激写!」と文字が現れる。品のない書体で「M高校国語科教師と男子高校生、夜の密会!」とタイトルが振ってあった。
「――え?」
 思わず声を上げた。ネット上の掲示板に貼られた複数枚の画像に、様々なコメントが記されている。「国語科教師Aのアパートに通う、三年のA」「これマジもん?」「M高は男子校でホモってる噂」「キモ」などとある。
 画像は多少加工されているが、知ってしまっているからにはどうしても赤城と青沼にしか見えない。というより、これは本人たちで合っているのだろう。スマートフォンから視線を外してみれば、青沼は怒りをあらわにしていた。
「――おれじゃない」と否定しても、青沼の怒りを余計に膨らませるだけのようだった。
「雨森には前科がある。少なくともおれの知る中でカメラに詳しいやつをおれはおまえ以外に知らない。おまえはおれたちのことを知ってるわけだし」
「だからって赤城のアパートで張って撮ったとでも言うのか? 赤城がどこに住んでるのかもおれは知らねえよ。大体、おれになんの得がある?」
「得があろうがなかろうが、こういうことに面白みを見出すやつはいる」
「それがおれだってこと?」
 一瞬にして淋しさに襲われた。青沼はこれを雨森の仕業だと思い込んでいる。雨森は確かに一度逢瀬に出くわしているが、それが理由でそうなるのか、と思ったら悔しかった。青沼から全く信頼されていないことが。
 雨が強く当たりはじめる。
「ほかにもあるのか、おれたちの写真が」
「頭冷やせよ、ばか」
「こんなのネットで流されて冷静な方がおかしいだろ!?」
 普段、大人しいともいえるやつの大声に驚いた。家の内側から「ちょっと、なに?」と母親が顔を出す。開いた扉を、だが青沼が手で押し戻した。
「おい、」
「この写真おまえだろ、って昨日、帰宅途中の電車の中で見せられたんだ。他校の知らないやつだった。慌てて掲示板探し当てて、――学校ではもうかなり噂になってた。苦情やいたずらの電話が増加してるらしい。今日、学校に親も呼び出されたんだよ。事情を話せって、とにかく担任と学年主任と、教務主任とで……赤城先生は休んでて、連絡してもつながらない。……おまえが撮ったんじゃなきゃ、誰が撮るんだ。それともあれか、他のやつらに話した?」
「そんなことしてない」
「じゃあなんで? ……もう、訳が分かんねえよ……なんで、いつも、」
 そうして青沼はうなだれる。うなだれながら、細い声で「おれとおまえが付きあってるって噂あったの」と言った。
「……あったな、根も葉もないのが」
「あれもおまえ由来か」
「なんでそう思う?」
「『雨森は青沼のことが好きらしいぜ』」
 ぎくりとした。
「あの噂のあと、そういうことも言われたんだ。それであんな噂を雨森が流した、って」
「違う!」
「今回のこと、雨森が元になってるなら、……あてつけでそういうことをされたんだと、思って……」
 青沼は沈むように声のトーンを落とす。このまま雨と一緒に側溝へ流されていきそうだった。玄関先でも雨が当たっている。ふたりともぐしゃぐしゃで、慈朗は、寒かった。
 慈朗は青沼の手首をつかんだ。青沼の体がびくりとこわばる。これからなにをしようってわけでもないのに、随分と警戒されたな、と思うと冷えた体がますます冷たくなるようだった。「家、上がれよ」と青沼に言う。
「……おれが撮ったもん全部見せてやる。受験も文化祭も近くて部屋だいぶ散らかしてるけど、とにかく上がれ」
「……やっぱり雨森が撮ったのか、」
「違う、絶対に違う。ってことを証明するために部屋に来いって言ってんだよ」
 玄関の扉を再び開ける。不安そうな顔で母親が出て来たので「さっきはごめん」と謝る。母親はタオルを手渡してくれた。「なんなの?」と訊く。
「ちょっと受験や文化祭のことで作戦会議。なんかさ、おにぎりとか握ってくんない? あったかいお茶と」
「いいけど、」
「来いよ、青沼」
 青沼にもタオルを渡し、二階にある自室への階段を上がる。家を背にしていた慈朗はそこそこの濡れ具合だったが、その向かいにいた青沼はずぶ濡れだった。着替えを引っ張り出す。慈朗よりも上背のある青沼には、兄が置いて行ったTシャツと短パンを渡した。


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プロフィール
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粟津原栗子
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非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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