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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「面談?」
「うん、柾木先生とね。でも途中で停電したから後半はどうでもいいこと喋ってたよ」
「柾木先生とどうでもいいことなんて喋れんの?」
「喋れるよ。今日は柾木先生の家の近くに捨ててあった犬の話したよ」
「へえ? あの人が、犬?」
「うん。老犬がね、ずっとポールに繋がれてたんだって。だいぶ衰弱して見てられなかったからって保護したんだって、先生」
「似合わないな、先生と犬ってところがな」
「それおれも思った。先生は動物に興味なさそうですけどって、そんな話」
 それから腕時計をちらりと見て、「電車動いてるかな」と呟いた。
「これから予備校なんだ」
「あー、駅の方は停電どうだったんだろうな。M市まで通ってんだっけ?」
「そう。あそこまで行かないとアートスクールがなくてさ」
 ふたりで廊下から窓の外を眺めた。雨粒というよりは水の塊が落ちてきているように思えた。もしくは巨大な水槽にどっぷりと浸けられている。
「お互い受かるといいな、S美」と青沼が言う。
「そっちは受験、近いだろ」
「ああ、そうなんだ。入試方法変えたから。――どうかな、まだポートフォリオもちゃんと決まってなくて、不安なんだけど」
「定員も少ないんだよね、確か」
「それ」
「まあ、柾木先生が行けって行ったんなら、行ける気がするけどな」
「……どうだろ。そっちはどうなん? デッサン、てか、平面構成だろ、試験」
「そうなんだ。まだコツが掴めない。――赤城先生にも色々と教わったりしてるんだけど」
「なんだ、結局のろけだ」
「そういうわけじゃないけど、そうなるか」
「なるよ」
 ため息をつき、それから他愛ないことを少し喋って、青沼と別れた。反対の方向へそれぞれ歩いて行く。慈朗が進路指導室にたどり着くと、中は蒸していて、暑かった。
「先生?」と声をかける。柾木は扇風機を引っ張り出して運んでいる最中だった。
「ちょうどいい、おまえ手伝え」
「どうしたんですか。空調は?」
「停電の後から調子が悪い。ドライのはずが暖房になってるみたいで、設定をいじってるんだが戻らない。校務員さん呼んだから、ひとまず扇風機出してる」
 あっちにもう二台あるから、と倉庫の方を示された。倉庫は屋外にある。このどしゃ降りの中を行くの嫌だな、と思いつつ、荷物を置いて柾木を手伝った。
 進路指導室に残っている学生はいなかった。青沼でラストだったようだ。だったら扇風機の設置なんかいいじゃないかと思いつつ、そういえばと思って柾木を見る。うっすらと汗ばんでいて、柾木自身が暑いのだな、と察した。
「――犬拾ったって聞きました」プラグをコンセントに差し込みながら柾木に語りかける。
「あ? 青沼に会ったか」
「うん」
「そういうことだ」
「なに犬?」
「雑種かな。芝ぐらいの大きさだけど、毛がくりんくりんで長い。弱ってたから、とりあえず保護したんですけどって近くの動物病院にぶち込んだ。どこかで飼われてた犬っぽいから、飼い主が探してるかもしれないし」
「そうですか」
「? なんか変だぞ、おまえ」
「別に変じゃないです」
「いつもはもっと勝手に喋るじゃないか」
「……別に、」
 先ほどから柾木と話していて気付いた。柾木はどうやら青沼には自らの話をするらしい。それは青沼が聞きだしているからなのかは分からない。けれど青沼は柾木のことをよく知っている。
 柾木の言う通り、慈朗は柾木の前では自分のことばかり喋っている。柾木が自分からなにかをコメントするところは進路指導の一環ならあるが、それ以外ではあまりない。喋りすぎなのかな、と反省する。柾木の話をもっと聞きたいのは事実なのだが。
 扇風機のスイッチを入れ、部屋の中に程よく風が行き渡るように首振りのレバーを押した。間欠的に風が慈朗の髪をなびかせる。そのまま扇風機の前でじっとしていた。
「ポートフォリオの作品、決めたか」と柾木が問う。
「……迷ってて、」
「もうそろそろ決めきって、それを元に面接の練習をしていかないと間に合わない。なにで迷ってる?」
「先生は雑誌の入選作を軸に展開してけって言いましたけど、……そうじゃない写真でもいいんじゃないか、って」
「分かりやすさは大事だ。面接官へのしっかりとしたPRになる」
「そうなんですけど、」
「なにか入れたい写真があるか」
「……」
 慈朗は黙る。黙ったまま扇風機の前に屈んで風を浴びていると、柾木も椅子を引っ張って来て近くに腰掛けた。首振り機能を止め、自らの元へだけ風が来るようにする。
「先生、それおれの方に風が来ないです」
「そうだな」
「暑いんですか?」
「暑い」
「暑いの苦手?」
「嫌いの部類に入るな。寒い方がましだ」
「寒い方が辛いけどな。いいじゃん、暑いの。おれ、夏好きですよ」
「好きならいいだろ」
 そう言って扇風機をひとり占めしている。柾木はシャツの襟元に手をやり、汗で張りついた布地を肌から引きはがした。そんなに暑いかな、と思う。蒸してはいるがどしゃ降りで、いつもよりは涼しさを感じている。
「――今年の冬はおれ、どうなってんですかね」
 去年の冬は衝撃が大きかったな、と思い返してみる。いまは夏のことばかり考えていて、その先に待っているもののことまで想像が及ばなかった。この夏、結果が出せれば心にゆとりができるのかもしれない。出せなければいま以上に危機感を抱いて日々を過ごしているはずだ。
「おまえ次第だろ」と柾木はあっさり言う。
「余計なことごちゃごちゃ考えてないで早くポートフォリオを完成させろ」
「……はい」
 それ以上言うことも思いつかず、なんとなく黙る。柾木はお喋りではないのであっという間に沈黙に支配された。ただ雨の音と、扇風機のまわる音だけがしている。
 先生いますか、と声がした。同時に進路指導室に顔を覗かせたのは中年の校務員だった。
「あ、すみませんね。停電対応で慌ただしいでしょうに」柾木が立ちあがる。
「全くですよ。あちこちの階で不都合が出てます。まあ、この校舎も古いですからね。ここはどうしました?」
「空調がおかしくなってて」
「見ますか」
 柾木と校務員とで話をしているうちに、慈朗も立ちあがり部屋の奥へと進んだ。棚の隅にスペースをもらって、ポートフォリオをそこで作成している。なんの写真を挟むか、挟まないか。時間的にはそろそろタイムリミットだ。
(写真撮りに行きてぇな)
 唐突にそう思った。カメラだけ持ってふらっとどこかへ出かけたい。受験、受験、その対策ばかりで、最近はまともにカメラを構えていない。
 振り向き、部屋の入口付近で校務員と話している柾木を見る。
(写真、撮りてぇな)
 なんとなくそう思う。



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プロフィール
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粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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