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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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A.


 提出された二枚の進路調査票を机に並べ、教師はあからさまにため息をついた。
 そのため息の後、教師の向かいに座るふたりの生徒のうちのひとり、青沼恵士(あおぬまけいし)に鋭い視線を寄越し、また書類に目を落としてから、今度は雨森慈朗(あまみやしろう)の方を見た。吊り上がった目は怒っているようで、実は呆れてもいるのだろう。とにかく不愉快極まりないという体で、教師は二度目のため息をつき、口をひらいた。
「青沼、雨森」教師の声は普段よりも低かった。
「なんでふたりとも揃ってS美術大学だ。青沼は工芸科、雨森は映像科――おまえらふたりの成績なら一般四大で充分通用する。考え直せ」
 高校二年生の十一月、進路指導が進路指導室にて進路指導教諭である柾木(まさき)によってふたり同時に行われていた。柾木のこの異例ともとれる進路指導には理由がある。ここがもう少し学力のランクの低い、進学校ではない高校であったら、あまり問題はなかったのかもしれない。しかしここは県内有数の進学校であり、進学希望も有名私立大や難関国立大学の名がずらずらと上がる。事実、そこへの進学率は非常に高い。その中で芸術を極めたい――しかも理論系ではなく実技系へ行きたいと希望するのだから、柾木の頭は非常に痛いに違いなかった。
「まず、青沼」と柾木は雨森の隣に腰かける友人を名指しした。
「おまえの成績ならS美よりも狙えるところがたくさんある。どうしても美術にこだわるなら一般大学の教育学部で美術教師の手もある。分かってることとして言っておくが、工芸の道で食べて行けるやつはそう多くはない。それに、S美は絵画や彫刻に明るくても工芸の分野はおそまつな限りだ。工芸を選んでもどうしてもアート系に流れる学生が多くてな、技術もろくに習得できない。だったら直接生活に結びつく進路がおれはいいと思う。せめて陶芸の研究所とか、木工の技術専門学校とか」
「どうしてもS美がいいんです」友人は譲らない。
「夏にオープンキャンパスに行きました。あ、雨森も一緒だったんですけど。構内や学生の明るくて豊かな雰囲気に惹かれました。キャンパスが広くて緑が多いのもいいですね。おれ、……僕は、S美術大学へ行きたいです」
 それを聞いて柾木は心底面倒くさそうな顔をした。そして「次は雨森」とこちらの名を呼ぶ。
「おまえはなんだ。緑が多いのがいいってお前まで言うのか?」
「僕も確かにキャンパスの明るい雰囲気には惹かれましたが、……単純です。映像科写真コースの非常勤講師に、自分の好きなフォトグラファーがいるんです。その人に教われたら、と思って」
「ふん」
 ふ、と柾木はため息をつく。それから「美大は金がかかるぞ」と言った。
「私立大以上にだ。生活費や学費に加えて画材、機材、制作費。実技試験対策の予備校にも通わなきゃならんが、この辺りの予備校だと美術を教えるところはないからな。遠い街のアートスクールに、下手すれば下宿で通う羽目にもなるだろう。一浪二浪は当たり前だ。そうまでして行きたい大学かどうか、もう一度考え直せ。まだ、間に合う」
 なにに間に合うのだろうと思ったが、口にはしなかった。きっと隣の青沼も同じことを考えているだろう。柾木は眼鏡をはずして眉間を揉み、「もう一度ご家族含めて進路を検討しなおすこと」と言い、退出を促した。
 その際、青沼がぽつりと「赤城(あかぎ)先生は」と口にした。
「あ?」
「いえ、なんでもないです」
「なんでもないならもう帰れ。次も同じ進路希望出してきたら親も交えるからな」
 行け、行け、という風に柾木は手を向こうへ振った。失礼します、とふたりで進路指導室を出る。廊下を歩きながら、中庭に植えられたイチョウがかなり色づいてきたなとどうでもいいことを思った。
「なんであんなに柾木のヤローは美大進学を嫌がるのかね」
 そう言うと、青沼はうーんと考え、「美大ってよりも、S美だからじゃないかな」と答えた、
「そうなの?」
「今度、赤城先生のところに行こうよ」
「赤城? 国語科の?」
「うん。赤城先生はS美出身だから」
「え、でも国語と関係ないじゃん」
「本人の中では繋がってんだ。面白い話、聞けると思うよ」
 昇降口までやって来て、青沼は市立図書館へ寄るから、と言った。慈朗は自転車通学で、帰る方向が違う。じゃあまたな、と手を振って別れた。


→ (2)


ご無沙汰しております。
だいぶ前に書き散らかしていたものを、今頃になって書き直したものです。
しばらくお付き合いいただけますと幸いです。









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粟津原栗子
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成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
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