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透馬と瑛佑 ②


 おおきくなったらなんにでもなれるよ。幼稚舎の先生がそう言ったから、本当になんにでもなれるんだと思っていた。たとえば他の動物とか。なれるのだったら、透馬はゾウかキリンになってみたかった。その頃、祖父母に連れられて動物園に行って、大きな動物に、とても憧れたのだ。
 初等部に進学する頃にはさすがにそれはない、と気付き始めた。透馬の将来は決まり切っていて、それに抗いたくて、でも臆病で怖くて、あの頃からすでに透馬は精一杯だった。過密なスケジュール、躾と教育。ストレスでいっぱいで、パンクした。再び将来の夢を見るようになったのは、伯父の家に住み、元美大生の羽村が隣に越してきた、高校生の頃だ。
 職人に憧れた。なにかものをつくる仕事に就いてみたくて、羽村の家に転がる美術雑誌やインテリア誌を読み漁った。そこでデザイナーという仕事を知り、やってみたい、と思うようになった。
 その夢はいま、透馬のすぐ傍までやって来ている。再就職で家具メーカーの事務職に就いた。事務なのだが、これが楽しい。夢の傍で働いているかと思うと幸福だし、社内で仲良くなったデザイナーもいて、そういう彼らと交流が増えた。話を聞くだけでも刺激的で、意欲が湧いてくるのだ。
 目指すなら、早いうちがいい、と言われた。二十九歳という年齢を考えると遅すぎて、諦めるべきなのかもしれない。だが透馬はいまを楽しんでいる。事務も楽しい、でも夢も叶えてみたい。このもどかしさが楽しいだなんて、もっと若いうちはきっと思わなかった。
 眠る前の時間を至福としている。この時間は絵を描く、と決めている。ふんふんと鼻歌を歌いながら、瑛佑からもらった色鉛筆でぐりぐりとクロッキー帳に描きつける。それは花の絵だったり、抽象パターンの組み合わせだったり、瑛佑の襟足のスケッチだったりと、様々だ。
 眠る前の瑛佑はといえば、居間か寝室のどちらかで、雑誌や新聞をめくっている。大抵は洋雑誌か英字新聞だ。こういうのを難なく読めるぐらい、瑛佑の英語スキルは高い。「もう一か国語覚えたい」と言っていた。関係するのかどうか、母親の貴和子は、語学大学で英語を教えている。
 海外には一度しか行ったことのない透馬からすれば、感心、の一言だ。そういえば瑛佑はなにになりたかったと言うんだろう。飼い猫を撫でながらなにか英語のタイトルの小説(瑛佑いわく、ミステリーらしいが)を読む瑛佑に、そっと声をかけた。
「なに?」
「ちいさい頃、なにかなりたいものってありました?」
「唐突だな」
「思いついたんで」
 うーん、と真面目に唸ってくれた。「ちいさい頃は、警察官に憧れたかな」
「あ、制服とか似合いそうすね」
「そういうものに憧れるよな。警察官、消防士、医者。そう言うやつが周りにも多かったと思うよ」
 瑛佑の言う通りだと思う。男は単純だから、分かりやすいものに憧れる。その点、キリンになりたかった自分はちょっと変わっていたというか、ずれていたというか。瑛佑に言うと笑われそうだから、先まわりして話を進めた。
「もうちょっと大きくなってからは、なにになりたかった? たとえば高校生の頃、進路を考える頃とか」
「透馬、進路に悩んでる? いま」
「そんな裏を読まなくていいすよ。興味です、興味。瑛佑さんのことならなんでも知りたい」
 そう言うと、瑛佑はふっと笑った。嬉しそうに、満足げに、少し照れ臭そうに。透馬も笑う。本心だから、瑛佑には隠さない。
「ツアーコンダクター」と、平たい発音で、少し耳慣れない言葉が飛び出てきた。
「旅行の添乗員?」
「そう。旅行会社に入りたかった。あちこち行けていいな、って」
「いまホテル勤めのきっかけは?」
「学生の頃、一度だけ贅沢して泊まったホテルのフロントマンがかっこよかった。慣れないアジア人に、丁寧な英語つかって案内してさ。憧れたんだ。単純な話」
 瑛佑らしいな、と思った。ツアーコンダクターか。透馬には絶対に思い浮かばない職業で、憧れもない。けれど、得意の語学を生かしてあちこちを飛び回る瑛佑の姿は、格好良く思えた。声がよく通るから、一人も取り残すことなくきちんと引率してみせるのだろう。
「瑛佑さんは、海外って何度も行ってるんすよね」
「そうだな」
「留学もしてるし」
「透馬は?」
「ちっちゃい頃、カナダに、一度だけ。覚えていません」
「カナダもいい国だよな」
「行ったんだ?」
「留学中に、仲間と貧乏旅行」
 一体、瑛佑のパスポートはどうなっているのだろう。透馬はと言えば、パスポートはちいさい頃に取得して期限切れになって以降、持っていない。あれ、有効期限って三年だっけ五年だっけ? 大人は長いんだっけ? どこへ行ったら発行になるんだろう? それぐらい、なじみがない。
 行こうか、と瑛佑が言った。猫を追い払い、ベッドに横になり、透馬を見遣る。
「――え?」
「そうだよ、旅行しよう、透馬」
 JRのPR文みたいな文句であっさりと言われた。
「海外、すか?」
「国内でもいいよ。どこでも」
「おれ、パスポート持ってないですし、英語はできないし、金かかりますよ」
「いまから取得すればいいし、言葉はどうにかなるし、金はこれから貯めて行けばいいじゃん」
 一緒に行こう、と言われて、腹の奥がむずむずした。嬉しかった。そうか、旅行。いいな、瑛佑とならどこでも。
 Fじゃない場所に、出かけるのだ、瑛佑と一緒に。
「――行きたい」
「決まりな」
「どこ行くか、おれが決めていいんすか?」
「勿論」
 ベッドを這い出て、寝転ぶ瑛佑の背に覆いかぶさった。温かい。もう日中は暑いと言える陽気でも、こんなに人肌は安心する。
 笑うと、瑛佑も笑った。くつくつと一通り笑った後、そういえば、と言葉を変えるので、背中に顔を押し付けたまま「なに?」と訊いた。
「透馬はちいさい頃、なにになりたかったんだ」
「――」
「ん、ひょっとして嫌な話だった?」
「……いや、」
 笑い話になりますから。と、心の中で呟いて、しばらく瑛佑の背中で笑っていた。話そうかどうしようか迷うが、きっと話す。瑛佑が訊くから。


End.



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konさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
このお話の元ネタは、私がGW中に見た光景です。おそらく旅先であろう場所で、男性同士楽しそうに手をつないでいたので、ああなんだかあんな旅行をしてもらいたいなあと思って企てた(?)ようなお話でした。
ちなみにkonさんが透馬くんにプレゼンするならどこをオススメしますか? 私がプレゼンするなら、ヨーロッパです。芸術の都に感動しまくってほしいと思います。
国内なら九州か沖縄、と思うのは私がいま行きたい場所です(笑)
また彼らの話は書きたいです。見守ってやっていてください。
拍手・コメント、ありがとうございました!
粟津原栗子 2014/05/16(Fri)07:11:42 編集
みふゆさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
キリンになりたかった透馬くん、かわいいですよね。そりゃないだろう、というか。この後、瑛佑くんがどんなリアクションをしたのかは各個人にお任せですが、想像だけで楽しいです(笑)
そしてみふゆさんがなりたかったものも気になります。私が知らないかもですと…!!
ぜひ、メールなりなんなりなんでもよいのでお知らせください。
ちなみに私がなりたかったものは学校の先生でした。夏休みがあっていいなあとのんきに思っていたので、実情を知らないということは恐ろしいことですね…
拍手・コメントをありがとうございましたw
粟津原栗子 2014/05/16(Fri)07:17:38 編集
おそらくnさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます…で、あっていると思います。
頂いたコメントにお名前がなかったのですが、内容から察するに、というところです。間違っていたらごめんなさい。
透馬くんと瑛佑くんのささやかな未来のお話、でした。この後、とても幸せな眠りについたことでしょう。いい夜が書けて楽しかったです。
ところでリクエストですが、はい、早かったです。17時台にはすでに3人頂いていたので、締め切ってしまいました。先着順ということで、どうかご容赦を。
私も夏人くんのリクエストが来るかと思っていたので、意外となくて、おや、と思っていたところでした。うれしいです。
そして宇野さんに来るなんて!これもうれしいです!!(笑)
ネット動画、探してみます。情報、どうもありがとうございました。
拍手とコメントもありがとうですw
粟津原栗子 2014/05/16(Fri)07:23:21 編集
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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