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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 愛、という厄介なもののことについて考えるのは、高坂が愛に対して疑心暗鬼だからだ。幸福になりきるのを、どこかで拒んでいる自分がいる。こんなに心をまるごとすっかり委ねてしまって、いつか来るだろう別離のときが怖い。つきあうとき、日野は「みんなひとりだ」と言った。「ひとりが寄り添ったり集まったりしているだけだ」と言い切る彼もまた寄り添うことの悲しみ苦しみを知っていて、そんな日野とだからこそ添い遂げる決心をしたけれど、その恐怖からすべて解放されたわけではない。たまにぞっと、背筋に寒気が走るほど、怖くなるときがある。
 愛ってなんだろうな、と漠然と考える。答えは出ないのを承知で。たとえば日野に対して、眠そうにおおあくびしている姿を微笑ましいと思ったりすること、起きぬけの気だるい表情になぜかむらっと性欲が湧くこと、「しょうもない人だな」と言って、延々と考えをループさせてしまう高坂の頬にそっと触れるその熱量に、つきりと心臓が痛むこと。それらも次第に、慣れて飽きてしまうこと。いや、こういうのは恋の領域なのか? とりとめもなく考えをめぐらせながら、風呂に浸かったりなど、する。こんなことを考えてしまう自分はつまり、日野に骨の髄まで参ってしまっているのだし。
 日野が「Kに行こう」と誘うので、日野の店の定休日に合わせて高坂も休みを取った。特別快速が走っているおかげで、さほど多くの乗り換えをせずに、Kまでは一時間足らずで行ける。古い寺社が有名な街で、高坂はKに来たことがなかった。「けっこう歩くよ」と日野が言うのを適当に聞き流していたが、案内板に「K宮まで徒歩三十五分」だの「ハイキングコース4.5㎞」だのと普通に書かれているのを見て、いつもの休日の服装、いつもの靴でやって来た自分を、軽く後悔した。
「ここの、弁天様祀ってあるとこ行きたい。徒歩二十五分だって。バス、つかう?」案内板を覗き込みながら日野が高坂に訊ねる。
「あー、いいよいいよ、おまえに任す」
「じゃあ、ゆっくり歩く」
「なんで弁才天? 水や芸術の神様だろ、あれ」
「弁才天の才が財の言い代えで、財宝の神様。商売繁盛」
「ああ、なるほどね」
 なんでもありだな、などと言いながら、ゆるい坂道をのぼっていく。途中、山側の道へ折れる。最後の坂は、かなりきつかった。岩をくりぬいた参道に気分はけっこう上がって、抜ければかなりの人で賑わっていた。
「平日の午前中なのにな」
「修学旅行生とぶつかったっぽい」
 セーラー服を着た中学生と思われる体躯の少女や、スクールセーターを着た男子学生の姿がちらちらしている。日野と高坂の傍をきゃあきゃあ言いながら走り抜けてゆくのを、高坂はややうっとうしく思い、日野は「元気がいいな」と微笑んで眺める。
 お参りを済ませ、土産物やお守りの類をひやかして眺める。人の多さに、というよりも学生のうるささに少々うんざりしていた高坂は、早々に場から退きたかったが、日野が「お守り買ってく」というので休憩用に備え付けられた竹製のベンチに腰かけて待った。見上げれば、青空にうろこ雲が浮かんでいる。そういえば今朝はけっこう冷え込んだ。歩いたからいまは身体が火照っているが、紅葉がはじまっていたり、風がつめたかったり、気付けばすっかり秋だった。
 日野は店用に商売繁盛のお札を買った。来た道を戻ろうとして、さらなる学生の集団が前方からやって来たので、気が変わって、裏から出た。山を切り崩して建っているので、裏道もまた、すごい坂だった。くだり切る直前でまた別の寺社への看板が出てくる。今度は稲荷と来た。
「本当に寺社の数が多いんだな」それはもう、呆れるぐらいに。
「寄り道して行っていい?」と日野。
「お稲荷さんなんか興味あんのか?」
「いや、こっちの方は人が少なさそうだと思ってさ」
「ふうん」
 せっかくKまで来たしな、ということで、もうしばらく歩くことにした。参道に入る前に縁結びだという十二面観音があって、誰もいないさびれた御堂だったが、日野は賽銭を投げ入れて礼をした。「なんで?」と訊けば、「お礼」と言う。「神頼みはしてないけど、良縁は結んでもらったから」
「……悪縁かもしれないぞ」
「それはそれで死ぬまで離れなさそうだから、いい」
 日野が笑う。高坂は目を閉じて、不意に訪れた動悸をやりすごすように息を吸う、吐く。
 この稲荷もまた、山の中腹の立地だったから、階段がきつかった。延々と連なる赤い鳥居の下を歩いてゆく。苔むして、明らかに先ほどまでとは空気が違った。誰ともすれ違わないのがいいと思った。息を切らしながら、ようやく鳥居を抜ける。
 境内までたどり着いて、日野が案内板を読んだ。「ご利益……商売繁盛、家内安全、芸能上達」
「今度は家内安全でも願っておくかな」
「人、誰もいないね」
「あんまりご利益をうたうような有名な神社じゃない、ってことなんじゃないか」
 賽銭を投げ入れ、礼をして、目を閉じる。日野と過ごす日々を願う中で、本当に最後は一緒に死ねたら、いますぐ一緒に終われたら、ということをちらりと思った。目をあけると、日野はもう参拝を終えていた。こんな山の中の小さな神社であるのに、お守り、おみくじ、土産に占いと商売に余念がない。日野はそれを面白がって、「おみくじやろうよ」と高坂を誘った。
「おみくじなんて、いつ以来かな」
「俺、多分、小学生の家族旅行で姉貴と一緒に引いて以来」
「どこ行ったの?」
「あの時はどこだったかな。確か、四国の、」
 百円支払って順番にみくじを引いた。結果は日野が中吉、高坂が吉。どっちが良かったんだっけ? などと言いあいながら、互いの手元の紙くじを読む。願望、時をまて叶う、転居、うつったほうがよい、学問、はげめ。
 恋愛、愛しぬくこと、と書かれていて、高坂は寸の間、息が詰まった。
 隣の日野に「どうだった?」と訊けば、日野はふっと笑ってみせた。「恋愛のところ、すごいこと書いてあった」
「なに?」
「『愛しぬくこと』」
「……」
「あれ、滋樹も一緒?」
 運勢も他の項目も一致しないのに、するはずがないのに、恋愛のところだけはふたりぴたりと同じことが書かれていた。あいしぬくこと、と口の中だけで呟く。たかが百円のみくじでも、その言葉は、確かに響いた。みくじを結ぶことはせずに、そっとポケットに仕舞いこむ。
「中吉と吉とで同じことが書いてあったらだめだよな」と、誤魔化すように軽く笑った。
「こういうのって、あらかじめ文言が決まってて、ランダムに印刷されてるだけなのかな」
「そうかもな」
 なんとなく境内にとどまって、自販機で買った水を飲んだ。隣にいる日野のことが、愛おしくてたまらない。山道をのぼったせいで火照った身体がようやく冷えてきたころ、高坂の方から「そろそろ帰ろうか」と言った。
「滋樹」と手を引かれた。振り返ると、日野の目は静かに、情熱に燃えていて、高坂は息苦しくなった。たまらず、引かれるままに、高坂の方からも日野に身を寄せる。無我夢中で、キスをした。こぼれる吐息が熱い。こんな場所でなければ舌を差し込んだものを、と歯がゆく思いながら、くちびるだけを丁寧に重ねあわせて、慎重に離れてゆく。
 そのまま抱きあいながら佇んだ。
「……人来たらどうしよう」
「そうだね」
「こんなところでこんなことしてたら、ばち、当たりそうだよな」
「うん」
 耳元でさも苦しげに、日野が「あいしぬくこと……」と囁き、高坂は大きくふるえた。その身体を、日野はますます強く締めあげてくる。ぎゅっと腕の中に閉じ込められて、高坂もまわした手を締め返す。
「帰ろうか」
「うん」
 同じところへ帰るのに、名残おしみながら、身体を離した。
 愛とはいったいなにか、と、帰る道々でやはり高坂は考えた。こんな風に突然湧き上がってくる、くるしいほど身体をぶれさせる感情の、正体。
 これで帰れば、ひとまずふたりは、はらごしらえをするのだろう。きっと日野が今日も美味しいものを用意してくれる。ひょっとしたらそのために、帰り道の途中で食材を買い足してゆくかもしれない。
 食事の前に、高坂は風呂に浸かりたい。たくさん歩いて汗をかいたから。日野が食事を準備してくれているあいだでいい。おそらく日野も食事をした後、入りたいと言うだろう。
 そして多分、まだ陽の出ている時間から寝室に引きこもって、身体を、心を、むつみあわせる。高坂は日野の青いシャツを脱がせるところまで想像している。日野が自分の肌に歯を立てることを、ゆるす。まどろむように求めあいながら、愛しぬくことを、噛みしめながらきっと日野とセックスする。
 そう、愛しぬくこと。それを高坂は、考える。怖がりながら、でも、至極前向きな気持ちで。


End.



電子書籍化、ありがとうございます。

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ellyさま(拍手コメント)
コメントを頂くのはお久しぶりですね。いつもありがとうございます。
そして電子書籍の件、ありがとうございます。縦書きはやはり感動しますよね。ずっと憧れていたので、嬉しかったです。
他、ellyさんには諸々とお世話になりながらの電子書籍化であった気がします。こみあげるものがあるのは私も同じです(笑)
「愛しぬくこと」のタイトルはもうそのままで、引いたおみくじにあったものをまるごと拝借いたしました。すごい文言で、しばらくそれが離れませんでした。このふたりにこそぴったりだと思っています。
色々と思うことありますが、ひとまずこういうかたちで一作、世に出すことが叶いました。これからも精進してまいります。引き続き、どうかよろしくお願いいたします。
拍手・コメント、ありがとうございました。
粟津原栗子 2014/10/16(Thu)09:00:22 編集
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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