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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 たまたま休日が合ったので揃って家を出た。「無口上手」と謳うだけあってお喋りな透馬だが、今日は無言だった。瑛佑も気を遣って喋ることをしない。静かなまま、駅まで歩いて、電車に乗った。空は雨が降りそうで降らない、薄曇り。陽がうっすらと差し、白い光を昼間の街にあてている。
 カード型の電子マネーは便利でいい。改札を潜ってからでも、行先が決められる。乗り換えも自由だ。ひとまずあらゆる方面への接続があるターミナル駅の、S駅を目指す。週末の昼間、どこのホームにも人が溢れかえっていた。
「予報じゃ雨降るって言ってたのに」とぽつり、透馬がこぼした。「こんな日でも、みんな出かけるんすね」
「休みだからな」
「休みの日ぐらい家にいればいいのに」
「いまは雨が降っていないし」
「今日、本当に降るのかな」
 と、ホームからは見えにくい空を見上げる。今日の透馬は元気がない。
 恋人は昨夜、少しだけ泣いた。
 真城綾から電話があったらしいのだ。詳細は知らない。瑛佑は仕事に出ていたし、透馬だってそれは同じだった。ただ、帰宅したらひどい顔の透馬がいた。先に帰宅をして夕飯の準備をしてくれていたようだったが、途中で電話が鳴り、だからまだ食事の支度が出来ていない、と。
 真城綾の第一声は、元気か、だったという。伯父さんは低気圧に弱いから、梅雨時はてきめんにダメなんです、と前に話していたのを聞いたことがある。気まぐれに電話を寄越した理由は甥への気遣いか、懐かしくなったか、淋しくなったか。思い出しただけにしろなんにしろ、真城綾への恋心を吹っ切ったかどうか、透馬は伯父の話を聞くとひどく敏感になる。長く苦しい片想いだったのだから、時間がかかって当然だ。こちらとしては、勘弁してほしい、というのが正直なところ。透馬が不安定になることは、あまり喜ばしくない。
 つらいか、と訊くと、透馬は自嘲気味に笑い、首を横に振り、「むかつく」と言った。
「突然電話とか、まじやめろよ、って感じ」
「……」
「『元気か?』って、元気だっつうの。別にもう、なんとも思っちゃいないし。瑛佑さんいるし、おれはここだし。全然、いいすけどね」
 強がって、口調が乱暴になっている。「夕飯、ちゃっちゃと作っちゃいますから」と言う腕を引っ張って、身体を腕で包み込んだ。
「――いいから」
「……」
「強がるな、透馬」
 そう言うと、透馬の身体に入っていた力が抜けた。と思いきや、渾身で胸をどんと叩かれた。「すげ、むかつく……」と真城綾の気まぐれへの怒りと、悲しみを、瑛佑にぶつけた。それでいい、と瑛佑は思う。透馬はもっともっと、感情をあらわにするべきだ。瑛佑に対してだけでいいから。
 その肩がふるえだし、瑛佑は髪を梳いてやる。梳いた場所にくちづける。耳や目元にも落とす。涙を吸うと、透馬は顔をしかめ、なにか言いたげにまた口をひらき、それは新しい涙になった。
 だから昨夜は、一晩中透馬を抱きしめていた。食事は取らず、あちこちをまさぐってキスをするだけの、セックスに満たないセックスに没頭した。明け方、雨が少しだけ降った。雨音を聞いた透馬が「今日どこか出かけませんか?」と言い出し、雨の止んだころ、表へ出た。
 S駅から、S線へ乗り換える。どこへ行こう、という話はしなくて、ただ人が少なさそうな路線を選んだだけだ。地下鉄ではなくJRを選んだのは、鬱々と暗い地下よりも地上へ出てみたかったから。各停ののんびりした電車は、終点まで乗ると、隣県へ行く。
 S駅出発直後は座れなかったが、次の駅でかなりの人数が降りたおかげで、座席に着くことが出来た。ふあ、と透馬はちいさくあくびをする。昨夜はまどろみとまどろみの間を抜けたような睡眠で、深さはなかった。瑛佑も眠い。
「梅雨のこの時期って、出かけられなかった」
 と、透馬が言った。
「伯父さん、いつも頭痛いって言って、ひどいと寝込むし。だからどこか行きたくても、ひとり。まあ、元々外出の好きな人じゃなかったし」
「うん」
「……こんな時期なのに、暁永くんがいれば、平気なんだ。今日、こっち来てるらしいすよ。暁永くんが学会で、ついでに、あちこち観光に来るって言って……」
「そういう電話だった?」
「まあ、会えそうならどうだって言われて、……だから嘘ついちゃいました。仕事があるって」
「うん」
「今日、瑛佑さんが休みで良かった」
 そう言って黙る。瑛佑は無言で頷く。
 かたんかたんと軽く音を鳴らし、電車は街を縫う。やがて透馬は眠り出した。触れ合う肩と肩、瑛佑の方向に力が傾く。重心の定まらなかった頭は、瑛佑の肩先に落ち着いた。髪が当たり、透馬のつかう石鹸のにおいが鼻に届く。
 少しだけ身体の位置を下にずらし、かしぐ透馬がきちんと瑛佑にもたれかかれるようにしてやる。そうして瑛佑も目を閉じる。
 透馬に言ってやりたい。もう悲しいことはなにもない。今日だって電車はゆく。透馬と瑛佑を揺らし、どこまでも進む。
 どこまでだって行けばいい、と思う。
 透馬と過ごす三百六十五日のどこかに、あてのない休日があっていい。


End.



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konさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
綾さん、ひどい人でしょう?(と自慢げに言う。)こういうただの気まぐれでしかない電話をしてしまうのが真城綾という人です。透馬くんにとっては苦しいことでありますし、瑛佑くんにとってもあまり喜ばしいことではないんですがね…。
少しさびしい感じの小旅行ですが、私としては、このお話は喜びがあると思っています。瑛佑くんと透馬くん、二人で過ごせる喜びです。konさんの仰る通り、たどり着いた先に晴れ間があるといいですね。
毎度のことながら痛快なコメントをありがとうございました。7月はまだ更新がある予定ですので、こちらもぜひお付き合いくださいね。
粟津原栗子 2014/07/02(Wed)07:40:45 編集
あづまさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
じめじめですね。お気づかい頂いて感謝です。私はと言えば、若干疲れています。夏のはじまりの雨期でこれなので、夏本番はどうなっちゃうんだろう、と心配です(ーー;)
ですがブログを更新することで癒されていますw
瑛佑くん、男度に一段と磨きがかかったようです。あづまさんと同じように、もっともっと透馬くんを甘やかしなさい!と私も思います(笑)
日常の延長のような小旅行ですが、電車に乗る様子を書けて楽しかったです。
あづまさんも体調にはお気をつけて、お互い夏を乗り切りましょう。
拍手・コメントありがとうございました!
粟津原栗子 2014/07/02(Wed)07:46:59 編集
プロフィール
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粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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