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本格的な梅雨だった。そのおかげ、と言っていいのか不明だが、永遠はしばらく瞬の元に留まった。アルバイトには出かけるが、ちゃんと帰ってくる。たまにパンだのデリの惣菜だの酒だのをぶら下げて、「今夜は飲もうぜ」と屈託なく笑う。
瞬は、うれしかった。しあわせだと思った。自分はずっと、永遠とこうして暮らしていたかったと思い知った。永遠の衣服を洗濯するのも、二人分の食器を洗うのも、シーツを取りかえる際に永遠の茶髪を見つけるのも、二人で散歩に出かけるのも全部。
こうして暮らしていけるんじゃないかと、瞬は思った。なんてすばらしい暮らしだろうかと。もう少ししたらいまは間に合わせになっている食器を二人分そろえて、家具も整えようか。きっと永遠も居心地の良さを感じてくれて、傍にいてくれる。
一方で、飢餓があった。毎晩、永遠を抱きしめて眠ることは、拷問だった。永遠のにおいや、体温や、息づかい、瞬の腕の下で生々しく感じられるそれらに、欲望を抱かない方が無理だった。やすらかに眠る顔を暗がりで眺めながら、抱きたい、と思っている。
それでも触れられない。
胸が、ふさいであまくるしい。幸せなのか足りないのか。満ちているのか暴れたいのか。たとえば、永遠がまた出て行ったら、と思うといまこの手の中にあるうちに乱暴してしまいたい。だがそれをすれば、永遠との関係は決定的に変わってしまうと分かっている。もうこんな、許した態度は取ってくれない。瞬だけに見せる笑顔も。
傍らに永遠のいる幸福を噛みしめながら、次第に眠れなくなってきていた。それでも良い、と思いはじめてもいた。瞬にはもう、準備が出来ている。一生永遠を愛していく準備だ。セックスならよそでして、永遠のために、永遠の傍にいよう。それでいいじゃないかと自分に言い聞かせた矢先の、深夜に、電話が鳴った。眠りが浅くなっているせいですぐに起きた。着信はどうやら、永遠の携帯電話にだった。
永遠は眠っている。「おい、電話」と揺さぶっても、めんどうくさげに唸るだけで、起きない。仕方がないから鳴りやむのを待っていたが、ふと気が変わって、電話に出た。
電話帳登録は行っていないようで、むきだしの電話番号が表示されていた。もっとも永遠はいつもこうで、瞬の携帯電話の番号でさえ登録されていない。まったく知らない誰かからなのか、知り合いからなのか、さっぱりわからない。通話ボタンをタッチすると、相手は「ハロウ」と言った。
男のよく響く声は、永遠によく似ていた。永遠よりも重量感のある音質は、英語のアクセントなまりにたどたどしい日本語を繰り出した。寝てた? こんな時間にスミマセン。ロンドンでのアパートメントが決まったから、来てすぐに入れる。学校は……。
男の言葉が、耳に入って来ない。携帯電話を耳に当てながら振り返ると、眠っているはずの永遠は起きてこちらを見つめていた。普段はあやうい色をした瞳が、今日はくっきりと茶色に見える。
瞬から携帯電話を奪い取ると、一言ふたこと相手になにか言ってから、電話を切った。
「――どういうことだ」
自分でも驚くぐらいに低い声が出た。
「イギリスにいる父さんから。瞬ちゃん、俺、イギリスに行く」
「……どういうことだ」
「向こうの語学学校通う。そのまま永住したいから、父さんに色々世話してもらうつもり」
永遠の言葉は、未来があるのかないのか、分からなかった。留学ならば、喜ばしいことだった。少なくとも誰かに依存して暮らす、永遠の現状よりはずっと前向き。でも瞬は明らかにショックを受けていた。永遠が、いなくなる。
いままで永遠がその手の未来を口にしたことがなかったから、瞬はなんと言っていいのか、分からなかった。
「……いつ行くの」
「来月」
すぐそこに迫っている期日だ。思考がぼんやりとかすんでゆく。
「なぜ?」
と訊くと、永遠は大きくため息をついた。
「これ以上瞬ちゃんの傍にいて、瞬ちゃんを苦しいめにあわせたくない」
「苦しくなんかないよ」
「嘘つけよ、眠れてないだろ」
ぎくりとして、目を逸らした。確かに眠りづらくはなっている。だがそれがどうしたと言うのだろう。大したことではなかった。永遠が傍にいてくれるなら、全然。
「俺、瞬ちゃんの傍にいると、死にたくなる」
と、永遠は言った。吐き出した息は重たく、音がするなら、ごとんごとんと鈍い重量感で床に落ちただろう。
それは深いかなしみだった。
「瞬ちゃんの傍にいると、永遠を望みたくなる。瞬ちゃんの傍にずっといて、瞬ちゃんも笑ってくれてんだ。ずっと変わらない気持ちで、誰よりも親密。――でもそれはないって、経験上、知ってる。あんなに仲が良かった父さんと母さんも別れたんだ。同じ気持ちを抱き続ける方が難しいし、おかしいし、永遠を望む方が、無理」
「できるよ、永遠」
「できないよ。しかも俺は、だらしがないからな。絶対に瞬ちゃんを裏切る。前みたいに――平気で、残酷な気持ちで、瞬ちゃんの部屋で男に抱かれるんだ。瞬ちゃんに抱いてもらえばいい、って、何度も考えた。でも俺、瞬ちゃんとそうなるのは、怖い」
「……」
「瞬ちゃんは俺にとって正義で、太陽だ。瞬ちゃんに愛されたいくせに、俺なんか抱いちゃいけないと思う」
「……セックスを、後ろめたいものだと思ってる?」
「瞬ちゃんだってそうだろ。あんなに本能そのままの部分を、見せて絶望されるのが……怖い。瞬ちゃんは、光だからな」
「……じゃあ、一生しなくてもいいから」
「そういうわけにいかない。他の誰かを――瞬ちゃんは俺の代わりに、抱くの?」
永遠はか細くふるえていた。そのふるえに感化されてつい手を伸ばしかけたが、永遠は身を一歩引いた。抱きしめたくて、抱きしめられなかった。
「マイナスの方向にしか作用しないまま、気持ちに果てがない。だから瞬ちゃんと一緒にいると、そのまま死にたくなる。瞬ちゃんと永遠に一緒にいたいから。――だめだろ、それじゃ。瞬ちゃん、俺たちには先がない」
「……」
「――俺は強欲だから、生きたい。いまみたいに、死んだ風に生きるんじゃなくて、ちゃんと生きたい。瞬ちゃんにも生きてほしい。ちゃんと、まっとうに」
「だからイギリスへ?」
「そう、瞬ちゃんと離れるんだ。――でも絶対に忘れない。瞬ちゃんは?」
「未練だらけだろうよ、永遠を想って」
「良かった。おんなじ気持ちだ」
そう言って、永遠は笑った。今度こそふるえてはいなかったから、たまらず、抱きしめた。永遠はゆっくりと息を吐いて、瞬の腕の力任せになってくれた。
こうして愛する準備はできていたと思っていたのに、やっぱり怖かったのだと、永遠の体温で実感する。熱いのかつめたいのかわからなくて、鳥肌がたつ。
終わりが見えて、瞬は正直ほっとしていた。心の底から悲しかった。永遠のことを、はじめからずっと裏切っていた。
「――あめ」
「雨?」
「あがって、もうこれっきり、降らない、きっと」
瞬の予言のようなささやきに、永遠は首を傾げ、その傾げた頭を瞬に押し付ける。
長い梅雨は確かにその日、あけた。
End.
←前編
そしてリクエストもありがとうございました。お題というかたちで書かせて頂きましたが、難しかったです。そしてずいぶんと暗く…なりました(汗)
ですが楽しんで頂けたようで、ほっとしています。
永遠と瞬の名前は、分かりやすく対比できるものを、と思って選びました。結果的に彼らと彼らの状況にぴたりとはまってくれた、と思っています。
両思いですが、離れることを選んだ彼らは、ある意味でハッピーエンドだったのかもしれません。これきり会わない二人でしょうが、どうかそれぞれで幸せに、と思います。
お祭り、残りはド甘いものばかりですが(笑)、楽しんで頂けると嬉しいですw
拍手・コメントありがとうございました!
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