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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 そもそも、はかなげに繊細な、見たものの心をひっかく美しさが、永遠(とわ)の現状をわるいものにしているにちがいなかった。
 英国人を父に、日本人を母に持つハーフで、離婚して郷里に戻って来た母親と共に田舎に現れた永遠は、この近辺の子どもとは明らかに異質だった。艶のある、亜麻色の髪。白すぎる頬、茶色に透きとおる瞳は、どういった作用だか時折青めいて見えた。通った鼻筋、ふくふくと赤いくちびる。そして長い手足。同い年の少年だとは思えぬほど、子ども時代の永遠は、特別だった。西洋の宗教画からそのまま抜け出た天使だ。
 英国人の血を引くなら、そのまま野獣のようにやたら巨大に成長してしまえばよかったのに、そこは小柄な日本人の母親の血を引いて、頑強には育たなかった。はかないまま、白いまま、美しいまま、永遠は育った。いつまでも少年期の線の細さで、もうお互いに二十七歳だ。
 永遠の母親と瞬(しゅん)の母親が仲の良い幼馴染同士だったおかげで、瞬は彼女らの帰国後すぐ、永遠と引きあわされた。トワって言うの、仲良くしてやってね。永遠の母親の言葉を耳に、格好こそシャツにベストに短パンという姿だったから間違えなかったが、女みてえだ、と思った。はじめから、虜だった。このちいさくてかわいらしいものをどうして無体にできるだろう――守ってやりたい、そういう気持ちだった。
 見た目が永遠のすべてを狂わせていた。厄介なものを惹きつける。性質悪いものを呼び寄せる。いじめられたり、からかわれたり、変質な教師にわるいことをされたりと、散々な少年時代を送る。そのたびに瞬の元へ泣きにやってきた。瞬は永遠と手をつないで、あるいは永遠を背負って、散歩してやる。
――ほら永遠、星が出てきた。
 美しい瞳には、うつくしいものだけを見せてやりたかった。瞬と永遠が住むのはずいぶんと山の中にある田舎町だったので、そういったものは、そこらじゅうに溢れていた。
――そこのあじさいも、じきに咲くな。おれ、あの花すきだ。
――男で花が好きだなんて、変だよ、瞬ちゃん。
――変なんかないじゃろ、すきなもんはすきで、ええじゃん。そうだ、今度じいちゃんと虫取りに行くんだ。この間すげえキレイなカラスアゲハ見た。あれがほしい。永遠も行かんか?
――こわいから、行かない。
――じゃあ、永遠には、つかまえたカラスアゲハ、見せてやるな。
 とにかく永遠を笑わせたくて、必死だった。手の中に感じる永遠の手のぬくもりを、一生離したくなかった。願っていれば、かなうのだと信じていた。
 大人になるにつれて、永遠は自己防衛を覚え、変わった。人を誘う魅力に悩んでいた少年期とは打って変わり、それを武器に街へ出るようになった。いまの永遠にはおそらく、自然を怖がる繊細さもないだろう。
 永遠は、毒を持つ蝶になった。街中の、色んな人間のやって来る大衆喫茶店で働きながら、必ず誰か――永遠は「パパ」や「ママ」と呼んだ――永遠の魅力のしもべを、持った。にこりと微笑み、あなたに興味があるな、とあまく深い声で囁き、メールアドレスを記したメモの一枚もティーカップの下にすべらせてやれば、今夜の宿は決まったようなものだった。誰でも良かった。高級住宅街に暮らすマダムにマンションの世話をさせていたり、冴えない中年サラリーマンに必要もないのに車を買わせていたり。評判は悪かったが、それさえも魅力とするのか、永遠は生き生きとしていた。
 永遠が飽きれば、捨てた。向こうの都合で捨てられる時もあった。そのどちらかの理由で宿がない夜、永遠は必ず瞬の元へやって来た。「今夜泊めろよ」と、微笑しながら。瞬がまだ実家で暮らしていた少年時代は、瞬の自室へ。家を出た大学時代は寮でも構わず、働き出して街へ出てからは、一人暮らしのアパートへ。
 もう何度目の雨だ。
 永遠がやって来る夜は、たいてい雨が降っていた。毛先に雨粒をしたたらせ、消えそうな笑みを浮かべて瞬を頼りにしてやって来る。湿気でたちのぼる体のにおいや潤む瞳に、くらくらした。この雨の中をとうてい一人にさせられなくて、瞬は部屋へ招き入れてしまう。永遠のために風呂を沸かし、自分のベッドを与え、食事まで用意する。
 雨がやめば、永遠はまた家を出て行く。だからずっと雨だったらいいなと思っていた。永遠が逃げられぬように部屋に鍵をかけて、ずっと永遠とふたりでいたかった。
 今夜も雨が降っている。瞬が渡したタオルで髪を拭う永遠に、「今回は誰だ?」と訊いた。
「うーん、と、変態のじいさん。俺みたいな若い男囲うのが好きでさ、そういうのが、別宅に何人もいるの。めしがうまかったからいたけど、さすがに始終裸でいろってのはね」
「趣味わるいな」
「だろ?」
「おまえだよ、永遠」
「寒くて風邪ひきそう。風呂入るな」
 瞬の不機嫌を悠々と笑い、永遠はバスルームへ行ってしまった。永遠の脱ぎ散らかした衣類を拾いながら、ちらりと見えた永遠の裸体を反芻し、自己嫌悪に陥る。
 瞬の留守中に瞬の部屋に男を連れ込んで、抱かれている永遠を目撃したことがある。
 瞬のベッドで、浅黒い肌をした男に組み敷かれ、喘いでいた。部屋の中扉が半分あけられていたのは、いまおもえば、わざとだった。ベッドの位置と体位のせいで、永遠を突き刺す男のぬめった怒張も、それを受け入れている永遠の柔軟な赤みも、いっぱいにひろげられた白い尻のゆがみも、男の腰に絡みつく長い手足も、全部見えた。没頭する二人はまた体位を変えて、永遠が上になった。扉越しに目が合い、あろうことか永遠は、微笑んで自身に手を伸ばした。――見ていて、とでも言うように。
 音を立てぬよう静かに扉を閉め、急いで部屋を出た。唐突な呼び出しに応じてくれた、当時つきあっていた恋人を、乱暴に情熱的に抱いた。恋人の姿は何度も永遠とぶれ、執拗な愛撫を、永遠を振り払うように繰り返した。
 いっそ抱いてしまえば? と本能が囁く。ほしいくせに、穢したいくせに、と。瞬は何度もかぶりを振って、深呼吸をする。永遠のことを、瞬だけはそういう目で見たくなかった。
 もし永遠がうつくしくなんかなければ、とは、いつも思う。永遠があの顔でなければ、体でなければ。瞬はなにも迷うことなく、永遠を魂から愛せたのに。
 風呂からあがった永遠は、瞬のベッドへ髪も拭かずにダイブすると、しばらくじたばたと身体を揺すった後に「瞬ちゃんのにおいがする」と言った。
 そうして戸惑っている瞬を見上げて笑う。
「俺、このにおいが一番安心する」
 それは子どもの頃、いじめられ瞬の元へやって来て、泣き止んだ後の、屈託ない笑みと全く同じであり、瞬の心をしめつける。大事にしてやりたい気持ちで、心の中がいっぱいになる。
「瞬ちゃん、一緒に寝てよ」
「狭いから嫌だ。絶対におれが落ちるから」
「いいじゃん、瞬ちゃん体温高いから、あったけえんだもん。腕枕して」
「痺れるから嫌だね」
「いいじゃん、瞬ちゃん」
「ああ」
 とうめくように呟いて、瞬は一瞬だけ目を閉じた。
「そっち、詰めろよ」
 そう言って、瞬も隣へ潜りこむ。明日の天気予報は確か曇りで、と夕方チェックした気象情報を思い出す。雨がやまなければいいのに。


→ 後編







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nさま(拍手コメント)
いつもありがとうございますw
予定していた時期よりも早まったのでお付き合い頂けるか心配だったのですが、予想外にご訪問頂いているようで嬉しいですw
これから木曜日まで更新がありますから、ぜひお付き合いをよろしくお願いします。
拍手・コメントありがとうございました!
粟津原栗子 2014/06/08(Sun)07:57:56 編集
Fさま(拍手コメント)
読んでくださってありがとうございます。
危うく美しい、というのは私の中で永遠のテーマである気がします。どうしてもそういう妖しいものに人は惹かれてしまいますね。その、人の気持ちの動きを書きたい、といつも思っています。
リクエスト通りですから失恋のお話なんですが、この幼馴染二人がどうなってしまうのか、今日の更新を楽しみにして頂けたら、と思います。
拍手・コメント励みになります。ありがとうございました!
粟津原栗子 2014/06/08(Sun)15:17:52 編集
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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