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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 冬休みあけて三学期、すぐの土曜日。学校に無茶言って居残りさせてもらっていたら、スマートフォンが鳴った。三学年の学年主任からの電話で、出ると「まだ学校にいらっしゃいますか?」とお訊ねがある。
「あ、います。どうかされました?」
『さっき連絡がありまして。三年の藤見和乗が補導されて交番にいるらしいんですわ』
「――え?」
 危うく電話を取り落としそうになった。
「なにしたんですかあいつは」
『繁華街をこんな時間にうろうろしていたとかで、警察の方が声をかけたらしいんですけど、いったん逃げたとかで。事情を訊いて警察の方から連絡があったんです。藤見の家はいま誰もいないようでしてね。とりあえず学校側で引き取りに行きますと受けたはいいんですけど、私はいま妻の実家の方へ帰省してまして。すぐには行けんのです。陣内先生、お願いできませんか?』
「構いません、私が行きましょう。自宅へ送ればいいですか?」
『出来れば話を聞いてやってほしいんですわ。最近あいつは陣内先生と面談を重ねていますし、話もしやすいと思います。進路が決まって気が緩んでるのか、逆なのか、夏ごろからあいつはちょっとおかしいですね』
「分かりました。どこの交番か教えてください」
 上着を羽織り、自家用車で指定された交番へ向かった。繁華街にあるちいさな交番で、中を覗くと若い女性の警察官と一緒にいる藤見の姿があった。マフラーに顔を埋めて、身体を小さくしている。
「夜分にすみません、西和第一中学校の陣内と申します。藤見ぃ、おまえなにやってんだぁ?」
「あ、先生ですね。よかったね、先生来てくださったよ」
 婦警に促され、藤見は黙ったままぺこりと頭を下げた。
「なにやらかしたんですか、こいつは」
「ここから数百メートルのところにある『レッズ』っていうライブハウス、ご存知ですか? 最近あそこ絡みで事件が起きてますので報道をご覧になっていればご存知かもしれないんですけど。いまそこは警戒区域になっていて立ち入りを制限しているんですけど、そこに藤見くんがいまして。声をかけたら逃げるので、追いかけて話を聞いていたんです。まだ中学生なのにこんな時間にあんなところをひとりで歩いていたらね、藤見くんに事件性はなくても巻き込まれてしまうよ、という話をしていました」
「あ、じゃあ夜歩きしてただけですか、こいつは」ひとまずほっとした。
「今日はおうちの方がいらっしゃらなくて、夕飯を外に買いに出たついでにうろうろしてしまった、と。声をかけられて逃げたのは、びっくりしたからだと。でもよければ先生の方でもお話聞いてさしあげてください」
「それはもちろん。すみません、お世話をおかけしました。藤見、飯は買えたのか?」
 声をかけると、マフラーに顔を突っ込んだまま藤見はぶんぶんと首を振った。
「じゃあ、どっかで買って戻るか。婦警さんにお詫びとお礼を言いなさい」
「……すみませんでした。あと、ありがとうございました」
「いいのよ。もうこんなふうに夜を過ごしちゃだめよ」
「……はい、すみませんでした」
 頭を下げて交番を後にする。コインパーキングまで歩きながら、「今夜は冷えるな」と切り出す。
「腹減っただろ。家まで送るけど、話訊きたいから学校寄らせてくれ」
「今日土曜日だよ? なんで学校あいてるんですか?」
「ちょっと使わせてほしいって頼んであけてもらってるから。疲れてるか? 疲れたようなら今日はひとまず家に送って、話は明日以降で訊くけど。あ、でも親御さんいないんだっけ。今日は戻らないの? 遅いだけ?」
「いえ、戻りません。……ばあちゃんち行ってるので、みんなで」
「なんでおまえ残ったんだよ」
 ぐしゃぐしゃと髪をかきまぜる。冷たい猫毛だった。パーキングへ戻って精算していると、「カズ!」と声がした。裏通りに面しているパーキングで、暗がりから若い男が息を切らしてやってくる。
「警察に追っかけられてたからどうなったかと心配してたけど、よかった、無事だったんだな。これからどうする? おれのアパート来るか?」
「あの、タク兄、……」
「どうした? 怖かったよな。ごめんな。おまえ、寒いのか?」
 先ほど交番にいたときよりも、藤見はさらに身を固くしていた。男の指摘する通りに、震えが見て分かる。うつむいて後ずさるので、そのあいだに割って入った。
「どちらさんですかね」
「え、なんだよあんた」
「藤見くんの通う中学校の教諭です。彼が補導されたのを引き取りに来たんですよ。失礼ですが、あなたは?」
「ああ、センセイ。ふうん。それはうちのカズノリがご迷惑をおかけしました」
 若い男は、殊勝な口ぶりでも失礼極まりなかった。
「おれはカズノリのいとこです。こいつの親父さんがおれの父親の兄弟。せっかく引き取りに来てくださったところ悪いんですがセンセイ、今日こいつの家には誰もいないんですよ。親戚で集まってるんで。今夜はおれのところに引き取りますから、帰ってもらっていいすか? それでいいよな、カズ」
 あ、と思った。藤見の言っていた「ライブハウスでバイトしている大学生のいとこ」。それから藤見のこの震え方。
 ――ミサト、先生のこと、好きだよな。
 嫌な呼気が耳元を掠め、外気温のせいだけでなく鳥肌が立った。
「――いえ、今日中に報告をしないといけないので、彼にはこのまま学校へ来てもらう必要があるんですよ。他の先生方も藤見を待っている状態でして」
 そっと藤見の背に手を当てた。そっちへ行くな、と思いながら、コートの上から確かに触れる。
「遅くなるのでこれは申し訳ないんですけど、こちらも仕事ですので。親御さんをお呼びできないということですので、よろしければ学校へ父兄としてこのまま来ていただけますかね? ええと、お名前改めてお訊きしても?」
 睨みつけてくる目は、藤見のあの目の形によく似ていた。同じ血統であることがよく伝わる。藤見もこんなふうに育つのだろうか、と男の上背を見ながら思った。髪を染め、眉を細く整えて、ろくでもないスラングの入ったスタジャンを着て。
 ちっ、と舌打ちをして、男は背を向けて歩き出した。その背中に「帰られるんならご連絡先をお訊きしたいんですけどー」とあえて大きな声を出す。男は足早に路地裏へ消えた。
「――典型的なヤンキーって身なりだな、あれは。おまえ、あれがいとこで大丈夫なわけ? なわけないよな。おい、本当に平気か? 顔真っ白だぞ」
 背に当てていた手でそのまま押して、車へ押し込んだ。
「追い返しちゃった。悪いな。あいつがおまえにタトゥーそそのかしたやつなら、やっぱり一緒に帰らせることはできねえんだよな、こっちとしてはさ。えーと、家戻るか? 学校行くか?」
 助手席の藤見は答えなかった。寒さでがたがたと歯を鳴らしている。いや、寒さだけなのかは分からない。手を膝の上で固く握り、血の気はない。
「……あったかい方にしよう。なら学校かな。シートベルトしろ。動かすぞ」
 暖房を最大にして車を発進させる。車中はだんまりだったが、信号待ちで止まったときに隣で「ほんとだ」とぽつんと声がした。
「目を細めても、信号の赤って眩しいですね」
「……」
「美術の神農先生が、遠くから目を細めて絵を見ると、ぼんやりとするから陰影がかえってはっきりする、って言ってた。だから緋色の椅子もあやしいんですかね……」
「……夜だからだよ」
「……」
「夜だから警告がはっきりしているだけだ」
 青に変わってアクセルを静かに踏む。

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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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