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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 ――ミサトの背中は綺麗だね。
 耳元で囁かれてぞくぞくした。ぎゅ、と目を瞑るも、それは男の声をかえって意識せざるを得なくなる。指が背中を這い、舌が背中をなぞる。尾てい骨まで下りた手は、そのまま尻たぶを割り、窄まりに沈んだ。
 ――綺麗で、いやらしいね。こんなになって。
 ぶんぶんと首を振って抵抗する。前にも手が伸びて、健康な直立を刺激される。
 ――あ、あ、
 ――欲しいだろう? 欲しいって言ってごらん。
 ――あ、欲しいっ……。
 ――どこに、なにが?
 卑猥な要求を口にしろと迫られる。嫌でたまらなかったが、言わないといつまでもとろ火で煮やされ続ける。前に拒み続けたらもっとひどい格好でひどいことをされたので、こういうのは素直に口にする方がいい、と学んでいた。だから望むように口にする。あたかもそうされたいと思っているかのように。
 ――いい子だね。いまあげるよ。
 言うなり一気に貫かれた。剛直が内壁を押し上げて、刺激で軽く射精する。またあられもない台詞を囁かれ、腰を使って打ち込まれる。
 ――ミサト、かわいいよ。
 ミサトじゃない、ミサトじゃないよ、と心の中で唱える。おれはミサトじゃない。
 ――僕のかわいいミサト。
 ――せ、先生っ、
 ――先生。陣内先生。
 いつの間にか大人の身体になっていて、下腹の下に叢もあった。いま自分の背後に重なっているのが誰だかわからない。なんだ、誰だ、誰? 腰を掴んでいる手は、まだ幼い。
 それが大きくなったり小さくなったりする。自分も年齢があやふやで、縮んだり膨らんだりを繰り返す。遠近感が麻痺する。でも身体は触れている。
 背後の熱が、ぷつりと消える。引き抜かれたのではなく、消失した。振り返ると背中を向けてシャツを羽織る男がいた。大人のような、子どものような。
 左肩に入れ墨がある。それがシャツで隠されていく。これ、知ってる、と思って肩を掴んだ。掴む自分の手は大人で、振り返る男は、少年だった。目だけが光っている。
 ――藤見。
 そこで目が覚める。汗をかいていて、夢精は免れていたが、しっかりと下着に染みを作っていた。時間、真夜中。くそったれ、と性器に手を伸ばす。
 誰をあてにしたんだかわけがわからないまま、興奮を擦って射精した。


 職員室よりも進路指導室にいる時間の方が、長くなっていた。藤見の話を聞きながらノートの添削をするようになったり、書類を作成するようになったり。藤見は藤見で、こちらにはわけのわからない参考書を解いていたり、学校のタブレット端末を使って囲碁のソフトで遊んでいた。交わす会話の中で、ある日、「先生の字ってすごく綺麗ですね」と褒められた。ちょうど生徒の漢字書き取り帳を添削しているところだった。
「先生の板書ってすごく見やすそう。先生の授業受けたかったな」
「そういや三年間なかったな、受け持ち」
「あ、そうか。国語って習字の時間もありましたよね。なんか冬休みの課題で出されてた気がする。今年もあるんですか?」
「この学校はあるよ。ちなみにこの学校の書写は、基本的にはおれが全部の字を見てる」
「え、そうなの?」
「手本書いてるのもそう」
「嘘?」
「嘘つくかよ。だっておれ、高校書道の免許状も持ってるし、親父は書道家で書道教室もやってるし、おれも芸術院に毎年出品してるし」
「うぉおおお?」
「なんだその反応は」
 面白いぐらいに素直な反応だった。それから「おれはすごく字が下手だから」とまじまじこちらの手元を見る。
「ていうかなんか、手先を動かすのが苦手らしくて。美術とか、音楽の授業の器楽とか、技術家庭科もあんま」
「そういうのはそういうので別にコツや感性や技術があるんだろうけど、……そうだな、おれも美術はちょっとかじったかな。レタリングとか、デザインの分野は面白かった。構図の話とか参考になる」
「美術、……いま授業で、三年間の集大成とかって言って、水彩絵の具でクラスメイトの絵を描かされてるんですけど」
「うん」
「椅子に座ってる友達、っていうテーマで。それが難しくて嫌になります。椅子、がすごく難しい。美術の神農先生に、『それじゃ展開図だよ』って言われましたけど、意味がわからない」
「椅子かあ。そういう写生的なところはおれも分からんなあ」
「なんだっけ、遠近法、ってのがあるんだと言われました。きみの椅子は実際に組み立てたら椅子の形になるんだろうけど、美術には表し方がある、とか」
「うーん、わかんね」
 笑ってから、藤見に「おまえ、なんでもいいから紙を出せ」と指示した。
「紙? ルーズリーフとかでいいですか?」
「いいよ、なんでも。書ければ」
 鞄を探って藤見が差し出した紙切れに、「見てろよ」と言ってから、添削用の朱色の筆ペンで字を書いた。

『めをほそめみるものなべてあやうきか あやうし緋色の一脚の椅子』

「めをほそめ、みるものなべて、あやうきか。あやうし緋色の、一脚の、椅子」
 あえて手本のように美しい文字ではなく、緩急つけた書体でくたくたに書いた。書いたものを藤見はそのまま呟き、なぞって飲み込むように再びそれを読んだ。
「村木道彦っていう歌人の短歌だよ。いまおまえが椅子って言ったから思い出した。おれが書ける椅子は残念ながらこっちだ」
「……すごい、すごいね、先生」
 藤見はルーズリーフをじっくりと眺め、しばらく黙り、続けて「すごいね」と繰り返した。
「村木道彦の短歌、おれはハマったなあ。歌集を古本屋で買ったもん。あやしいだろ、その歌」
「まだしっかり意味を読み切れてないですけど、……なんかみぞおちのあたりがひやっとします」
「な、なんかそんな感じなんだよな、この人の歌って。若い時に作ったものらしいけど、若さがそのままっていうか。不安定で、怖くて、無我夢中であがいていて、激しくて、苦しみながら惹かれるみたいな、そういう若い人の蠱惑的でただならないあやしさがたったこれだけの文字にされている。すごい才能だと思う。これもなんか、ハマったな」
 もう一枚取り、また別の書体で歌を書いた。

『するだろう ぼくをすてたるものがたりマシュマロくちにほおばりながら』

「――この、さ、ひらがなとカタカナの絶妙な選び方もいいんだ」
 二枚の紙切れを手にして、藤見は黙っていた。
「よけりゃやるよ。あー、だいぶ暗いな。もう最終下校時刻になるから、そろそろ帰れよ」
「――先生、」
 呼ばれて顔を上げると、そこには相変わらず燃え盛るような強い目をした少年がいた。目を細めても、緋色の椅子が怪しいように、その目の強さはひどく印象に残る。
「先生は、誰に捨てられたんですか?」
「――……」
「こんなのに感情移入できたら、辛いですよ」
「……そうだな。おまえは、しないか」
 立ちあがり、ぽん、と藤見の頭をはたいた。
「しないほうがいい。知らん方がいいだろう」
「先生、おれは、」
 二枚の紙を机に丁寧に並べ、藤見はうなだれて胸のあたりをぎゅっと掴んだ。
「先生のことを考えると、ここがすごく痛いです」
「……」
「これをあんまり味わってたら壊れる、けど考えてしまう。……この人の歌集、図書館にありますか?」
「あ。……どうだろう。古い本だしな。うちに歌集があるかもしれない。読むか?」
「知らずにいたい感情の、蓋、が、開く。……というか、名付けられてしまう気がします。でも、読みたいです」
「……分かった。探す」
 ルーズリーフを丁寧に綴じて、藤見は帰宅した。

 その数日後、冬休み目前、藤見はこの学校の誰よりも早く進路を決めた。そしてすぐに冬休みに入った。厳冬の時期がやって来た。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
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