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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 ――なあ、取引せんか。僕とおまえと。僕な、二年ぐらい前に体を壊して以降はほとんど隠居みたいな生活で、大きな家にひとりで住んどんのや。なにぶん家が広くて、僕ひとりじゃ手がまわらん。おまえはなんやようわからんが身を隠して住める場所がいんのやろ? おまえのおふくろさんがうちのおばさんにな、相談に来てん。まあ、そういう細い話はおいおいやとしてな、僕のところ来て、僕を助けてくれんかな。離れもあるから、手入れさえしてくれたらそこを好きにつかっていい。住むところを提供するから、代わりに僕じゃ手のまわらんことをやって欲しいんや。わるい話じゃないやろ。お互い知っとる仲なんやし。
 持ちかけたのは僕の方だった。けれどその台詞をくちにして、知ってるってなにを? と問いかえしてしまえた。あいつのことは世間がくちにするようにしか知らない。本当のところを、僕はまったく分かっていない。
 ――ええところや。静かで、海が近い。すこし、あの町に似てる。っても、おまえはあんまり思い出しとうないか?
 電話は、僕が一方的に喋るだけだった。あんまりにも黙っているので、本当にこの電話はあいつに通じているのかと疑うほどだった。だがあいつは僕の話を聞き終えて、やわらかく掠れた、発声を控えた声で、いいな、と言った。
 ――わるくないどころか、願ったりだ。ありがとうな。支度して、すぐ行く。本当にすぐ行くぞ。
 ――なら、取引は成立、ということでええな。待っとるで。
 そしてその翌々日、あいつはやって来た。荷物というほどの荷物もないからと身軽に、世間がくちにする噂とはずいぶんと異なるさっぱりとした顔といでたちだった。
 ――久しぶり。元気じゃなかったんだな、秋満(あきみつ)。
 ――高校以来だよな。おまえは聞いとる話とだいぶ違って、元気そうに見えるよ、馨(けい)。
 ――おれはさ、実のところは、そんなに困ってないから。困ってるのはおまえの方なのかなって思ったよ、電話。困ってるなら、助けたいだろ。
 取引は、はじめから見透かされていた。高校三年間を同じ町で暮らし、同じ教室で過ごした、たったそれだけの縁で、共同生活がはじまって半年が過ぎた。


 秋満。僕がきみにできる精一杯だから、あとは穏やかで、安静にして暮らすといい。
 握りつぶしてもつぶしても手に残った手紙がある。いっそ額装して家の玄関に堂々と貼り出してやりたい。でもそうはできない僕の意気地のなさで手紙は引き出しの中、夢を見て、うなされて、発作を起こしたらしい。何度も名前を呼ばれてようやく我にかえる。荒い呼吸が落ち着く中で、夜の正体があらわになる。ベッドの傍に馨がいて、僕の背をさすっていた。
「――すまん、また、僕、」
「うなされてた。最近多いな。落ち着けるか? 起きあがれるなら、水と薬を飲もう」
 馨は机の上に置かれた水差しを取る。手を借りて起きあがり、水を注いでもらってひと息つく。汗でびっしょりで、不快だった。
「着替えるか、身体拭こうか?」
「ええ、それぐらい自分でやれる。……すまんな、こういうことさすためにおまえをここに呼んだわけやないのに」
「意地張る必要もないだろ。こういうことするためにここに来てんだよ、おれはな」
 そう言われ、またベッドに沈んだ。
「――もうすこし眠りたい、けど、冴えてもうた。うまいこと眠れん」
「わかった」
 馨はほんのちょっと笑い、僕の枕元に腰掛ける。手を僕の背にあて、リズムを取って、ささやくように歌いはじめた。ごくちいさな、けれど丁寧で確実な発声で。
 烏丸馨(からすまけい)とは、高校のクラスメイトだった。中学三年の秋に祖父母と同居するために一家であの町に引っ越して、それまで西の方のそれなりに賑やかな街で暮らしていた僕には馴染みづらい土地だった。田舎で、山が近い。スーパーもコンビニも数が少なく、古臭かった。大学はまた西へと戻ろう、それまでの辛抱だと言い聞かせて進学した高校に、馨がいた。彼は根っからのあの町育ちで、町のことを嫌ってもいたし、諦めて受け入れてもいた。
 高校に入って同じクラスになり、馨が引っ越した先のすぐ近くに住んでいることを知った。知ってからは、登下校がなんとなく同じになった。向かう先が同じなので、時間があえば一緒になるのも自然な話。クラスの中じゃあまり喋らないのに、登下校が一緒になると、僕らはお互いのことをなんとなく喋るようになった。最近はまったゲームとか、読んでいる漫画とか、テスト範囲の話、クラスの女子の話題男子の興味。
 馨はよく歌をうたっていた。というよりは、くちから出せる音で遊んでいた、という表現が正しかったと思う。流行歌があれば曲を正確に再現してくちずさんだし、コーラスの部分や歌手の歌い方の癖、裏打ちのリズム、まっすぐに抜ける高音も転がるビブラートも、高いも低いも自在にうたうことができた。僕は一緒に行ったことはないが、クラスメイトとカラオケに行くとその再現度の高さから「くちからCD音源」と言われていた。そのうち文化祭などでバンドに呼び出されて、はじめはコーラスなんかで参加していたが、ボーカルを張るようになり、正直、その歌声にみなが心酔した。それぐらいに完成度の高い、天性の歌声の持ち主だった。
 どういう受験をしたんだかその苦労を垣間見せることもないほど、馨はあっさりと有名音大の声楽科に入学した。東京にある大学だった。僕は関西の大学に進んだので、そこで進路が離れた。けれど馨の噂は、町の誰かづてに、あるいは馨の母親と仲の良かったうちの母親づてに、伝わった。馨は大学卒業後、ヨーロッパのやはり名門と名高い音楽大学に留学した。そのままオペラ歌手として活躍するのかと思えば、帰国後、音大仲間とバンドを組んでポップミュージックのジャンルでメジャーデビューを果たした。馨がボーカルで、ほかに作詞作曲を担うギタリストと、ベーシスト、キーボード、ドラマーという構成。顔出しこそあまりなかったものの、曲にあわせて作られるアニメーションの世界観の完成度とビジュアルの高さ、一曲ごとにことごとく違う表情を見せる突き抜けた音楽性と、音大卒ならではの技術力の高さで、若者のあいだで非常に人気を博し、動画再生サイトではとんでもない再生数を叩き出した。街中どころか僕の周りでもよく耳にしたから、その影響力は世間にとって計り知れないのだと思い知る。そこまでいくと遠い存在で、高校時代に同じ道を自転車で通ったなんて、嘘みたいなできごとに思えた。
 国内でさらえる賞は根こそぎさらったし、若者から支持されるランキングは必ず食い込んだ。だからこそ半年前のニュースは、当時国会の解散が、とか、選挙が、とか、記録的な大雨が、とか世間の話題が事欠かなかったにもかかわらず、僕の住むちいさな海辺の町のローカル新聞紙にも掲載された。
『人気音楽バンド・ポップトラバース 解散を発表。
 若い世代に絶大な人気を誇る音楽バンド・ポップトラバースが解散を発表した。20××年のメジャーデビュー後、「トラジコメディ」「雷鳴」など数々のヒット曲を生み出し、動画再生回数の最多記録(当時)や音楽ダウンロード回数のレコード記録を樹立し社会現象を生み出した。ポップトラバースに関しては、ギタリストのTETSUさん(31)が麻薬所持で逮捕された他、ベーシストのタケジさん(30)の不倫報道、ボーカリストのケイさん(29)の心因性失声症の発表など、近年の活動に支障が出ていた。』
 失声症なんて聞いてないぞ、と新聞を眺めて思っていた矢先、故郷の母親からも馨のことを聞かされた。まさかこんな提案に乗るわけないだろう、そもそも昔に訊いた連絡先が通じるのかさえわからないのに、と思いながら、馨に電話して、通じて、いまに至る。失声症と聞いたから声が出せないのだと思い込んでいたが、馨は普通に喋ったし、僕の前では、うたう。
「いや、確かに声が出せない時期はあったんだよね。音あわせとか、レコーディングの時とか。でもいまは出せるし、別にフツーだよ。思い悩むこともさ、特に別にないんだよな。ただ、そう診断されちゃったのを事務所が体よく隠れ蓑みたいにして、要するにおまえはもう人前でうたうなって、言われちゃったんだよ、おれ」
 そうなった経緯は僕にはまったくわからないが、馨はそう説明した。とにかく休養、と言って、現在は早朝だけ新聞配達のバイトに出かけて、あとは家のことをやってくれる。家のこと、とは、僕の身の回りの世話も含まれる。食事、掃除、洗濯、庭の手入れ、病院への送迎、買い物に、風呂の支度。
 そこまでやらなくていいと僕は言ったが、病気をして以降は体力が落ちて重たいものを運べなくなったりもしていたので、馨の健康はありがたかった。
「おれがいないとだめな身体にしてやるよ」
 そう言ってふるまわれる基本を押さえた健康的な料理もありがたかった。馨は耳がよいことも手伝ってか感覚器が敏感で、人のふるまいに直感的に気づく。そして甘やかしたがる。だから多分、人をだめにするのが上手いんだと思う。
 中毒性のあるあの声を聴きたくて、ライブハウスに人が殺到しすぎて、押された人で怪我人が出た。そういうニュースもあったが、気持ちがわかる。


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粟津原栗子
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非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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