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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 伊丹は春原と直接姪の家に配送に出ると言って、ピアノを荷台に積み込んだトラックで春原と出ていった。残された三倉は留守を任された工場の職人らとしばらく談笑していたが、やがて「僕らも帰りましょうか」と言って立ちあがる。帰りはおれが運転するよ、と言われた。
「――え、それじゃ僕なんにもしてないですよ。行きは伊丹さんしか運転してないし」
「連れ去ってきたのそっちじゃん。眠くなったり疲れたら代わってもらうから」
 戻りの高速道のSAで、休憩の際に「あんまりおれを甘やかさないで」と三倉は言った。
「あまや、……かしてます、かね、僕」
「してるしてる。充分。今日だって俺が運転代わるって言わなきゃ自分で全部やるつもりだったろ。三倉さんは寝てていいですよ、とか言って」
「でもその役割だし」
「あとは自分の音楽プレイヤー買ってたね。俺に取られちゃったから」
「……取られた、という意識はない、ですけど、」
「鴇田さんはさ、俺にねだられると全部全力で、応えようと、しちゃうじゃん」
 そうかな、と思ったけれど、自覚のないやつ、の類なのかもしれない。三倉は飲んでいた缶コーヒーを空にして、ゴミ箱に捨てた。
「今日だって、もしかして伊丹さんとの連弾が聴けるかも、という理由で、俺を誘ったね」
「でも、……その、ただ三倉さんと一緒に行きたかっただけですよ」
「甘いよ」
「……」
「そんなに甘やかされたら、俺は元がこんな人間だから、鴇田さんにあぐらかいて、ぬけぬけと享受しちゃうよ。それはさ、だめじゃん。さすがに。俺だって鴇田さんのこと甘やかしたり喜ばせたりしたいよ。俺ばっかり受け取ってたら、ずるいよ、それは」
「そうなんですか?」
「まあ、そういうすれてないところが、あなたのいいところだとも思うんだけど」
 きゅ、と鼻の頭をつままれた。そのまますたすたと車へ戻る。冷房をがんがんに効かせて、夏の宵の斜陽からなんとか逃れようとする。
「俺さ、あなたにとって最初の人じゃん」
「はい」
「……素直な肯定もちょっと照れるな。まあ、それでさ。最後の人でもいたいわけで」
「……」
「人に触れてみたら気持ちがよかったから、他の男にも走ってみようとか、女性はどうなのかなとか、そういうことすら思ってほしくない。俺に夢中でいてほしい。俺は、鴇田さんを夢中にさせたままでいる自信なんかないけど、でも、努力はしてたい。俺も鴇田さんが最後の人だといいなと、思ってるわけで……のぼせてきたな。運転代わってくれる?」
「あ、はい」
 ばたばたと座席を入れ替わり、助手席でふーっと三倉は長く息をついた。
「まあ、あれだ。なにが言いたいかというと、鴇田さんもわがまま言ったり、甘えたり、していいんだよ、っていう」
「でも僕は、知ってるので、」
「え、浮気を?」
「それは知らないです。してるんですか、浮気」
「してないですごめんなさい。ジョークです。なにを知ってるの、」
「三倉さんが、僕にピアノを買ってあげようっていう名目で、ちょっとずつ貯金してるの」
「――……」
 うわー、という声が聞こえそうなほど三倉は天を仰ぎ、それから頭を抱えた。「すみません、ケントから聞きました」と正直に言うも、そっとこちらを見た三倉の耳は真っ赤だった。
 あ、かわいい。そうか、これをかわいい、というのだ、と思った。こんなの、甘やかさない方が無理じゃん。
 笑ったら、三倉は「ケントさんは口が堅いと思ってた……」と漏らす。
「いえ、ケントだって黙ってるつもりだったと思います。ただ、紗羽と話してるところをたまたま、聞いてしまっただけで……、前にも思いましたけど、三倉さんってコツコツやるの、わりと得意で好きですよね」
「うるさいよ。……人をなんだと思ってんの。そんなに俺は派手な人間に見えますかー」
「最初の印象では。でも、そういうところが見えるとますます嬉しくなるから、三倉さんが甘やかさないでとかいうのは、違うような気がするというか。僕だって好きでやってますし」
「あー、うるさいうるさい。恥ずかしい。……鴇田さん、いま、どっち?」
「どっち?」
「触って大丈夫な方の鴇田さん? 触ったらこわばっちゃう方の鴇田さん?」
 そう訊かれても。これも三倉が、自分を大事にしたいからする確認だと分かると、もう無理だった。
「三倉さんをくったくたにしたい方です」
「すごい言い回しだな。……こういう高速道路のインターを降りると、大概あるもの、なんだか知ってる?」
「……行った事はないんですけど、知識としては知ってますね」要するに、ラブホテル、というもの。
「決まりだなあ。行き先変更」
「待ってください、僕は入り方が分かりません」
「じゃあ俺運転するから、……なにやってんだろうな。まっすぐ家帰れよって話」
「帰りますか?」
「まあ、運転しながら考えればいいか」
 慌ただしく座席を(再び)入れ替えて、車はSAを抜ける。後日、この会話と車の向かった先は車に据え付けられたドライブレコーダーによって伊丹に筒抜けだったと知るのだけど、伊丹は一応、黙ってくれていた。
 きっと、どうしようもねえなあ、とか、思ってたんだろうと思う。


end.


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粟津原栗子
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成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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