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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「酒くさっ!」の声で目が覚めた。覚めた途端に後頭部にずきっと痛みを感じて顔をしかめる。もそもそと起きあがると四季が「換気するからね」と言って部屋の扉をあけ放していた。廊下の窓ガラスの外はとっぷりと暗い。
「もー、どんだけ飲んだの」と四季は散らかったビール缶を拾う。私はまだぼんやりとしながら辺りを見る。八束はしっかりと寝入っていた。図録を引っ張ると簡単に離れる。
「いま何時?」と顔をこすりながら四季に訊ねる。
「七時過ぎたところ。セノくん、ここに布団敷くから今夜は泊まってくといいよ」
「ありがと。……布団は自分で敷くよ。片付けるし。……八束さんも寝かしちゃおうか」
「あ、仲直りできた?」
「うーん」
 のろのろと起きあがり、テーブルの食器を下げる。四季も片付けを手伝ってくれた。八束は目覚めず、深い寝息で完全に沈没していた。
「ヤツカくん、ほらちょっとは起きて自分で動いて、」
 と四季が八束をこたつから引きずり出す。それを手伝ってこたつの代わりに布団を敷いた。四季は八束のベルトを引き抜き、ニットを脱がせた。寒さを感じたのか八束は身体を縮こめたが、起きなかった。
「代わろう。布団に入れるから」
 膝をつき、八束の背と膝裏を抱えた。簡単に持ちあがる。これじゃちょっと体力自慢の女性なら縛ることも可能だろう、と考え、あ、男だっけ? なんだっけ、と混乱した。八束を布団に移動させると、四季がすぐに掛け布団を載せてくれた。眼鏡を外して枕元にそっと置く。若い顔立ちがあらわになる。
「――あ、またこんなの見てたんだ。ホント好きだなぁ〜、鷹島静穏」
 本を拾った四季がそう言って私を見た。
「酔っぱらうと絶対にこの人の話するもんね」
 四季は図録をパラパラとめくり、「ふふ」と笑った。
「私もこの作品好き。いつか実物を見に行きたい」
「……常設じゃないから、タイミングをきちんと図らないと難しいだろうね」
 私は頭の後ろを掻く。
「作品の傷みも激しいみたいだし」
「傷んでるの?」
「乾燥で裂け目が広がってるらしい」
「修復は? しないの?」
「んん、まあ、……Kは遠いしね」
「ヤツカくんに言わないの?」
 図録を手に、四季が射抜く目でこちらを見た。
「……言わないだろうね」
「どうして」
「彼が大ファンと公言するから」
 すうすうと寝息を立てる男の髪にそっと触れた。やっぱり冷たいじゃないか、と思う。
「言えるわけないよ。……洗い物やっちゃうね」
「黙ってても、いつか分かると思うよ」
「それならそれでいい」
「投げやりなの? 臆病なの?」
「おれもねみーの」
 私はわざと大きなあくびをしながら立ちあがる。居間から続く台所へ向かう。
 南波家の店子の入金状況が記してある帳簿には、私は「セノ」と書かれているらしい。だから八束は鵜呑みにして私をそう呼ぶ。けれど店子の詳細な情報が記された個人情報簿を見れば一目瞭然だ。八束はそれを見ていない。けれど四季は見た。
 彫刻家・鷹島静穏(たかしませいおん)。大学在学中から木彫を中心に作品発表をはじめ、その技術力と世界観で各美術賞を総なめにしてきた。先ほど四季が見ていた図録のコンペでは、グランプリの副賞として一年間の渡欧留学が与えられている。だが彼はそれを蹴ってその賞金で世界中を旅行した。その経験をまた作品に落とし込み、さらなるファンを増やした。
 だが彼の作品発表は、その後数年で途切れる。ここ七・八年ほどは新しい作品発表が一切ない。メディアに顔を出さない人間で、SNSの類も行っていない。活動状況を知る人間は多くない。
 鷹島静穏がなぜ作品発表をやめてしまったか。私ははっきりと答えられる。彼は結婚したからだ。家庭を持ったから、正確に言えば作品制作に至れなくなった。大事なものを守ろうとしすぎるあまりに。
 タカシマセイオンという読みは、活動名だ。一見するとそうとしか読めないため、本人は諦めてそう名乗っている。だが本名のよみは違う。「静穏」と書いて「せの」と読む。
 鷹島静穏(たかしませの)。苗字だか名前だか分からないこの名前が、私の本名だ。風の全くない冬に生まれた。もうすこしで三十五歳になる。三つの大学で非常勤講師の口を持つが、非常勤であるのは、いつでも辞められるようにという目論見だった。
 もう何年も発表に至れていないが、再び彫刻家として活動したいと思っている。ずっと思っている。
 そういう、つまらない男だ。


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HN:
粟津原栗子
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非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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