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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 寺へと続く門前の通りにはあれこれと屋台が並んでいた。ベビーカステラ、焼きそば、わたあめ。金魚すくいや射的なんかもある。こういうのは昔だったら四季が喜びそうだけど、いまはどうなんだろうな、と思いながら眺め歩く。においと呼び方の珍しさに釣られて「モダン焼き」を買った。広島風お好み焼きと同じだと気づくも、こういう粉物はうまいよなと思い直してついでに氷水に浸された緑茶も買い求め、寺の門をくぐる。
 祭りだからだ。昼間だけれど人で賑わっていた。夜は法要がある。どういうものかはよく知らないが火が焚かれるらしい。それを皮切りにありがたい仏像群が百日間だけ公開される。以降は数年おきの公開になると聞いている。
 門をくぐると汗で顔を真っ赤にした柏木が「探しておったぞ」とやって来た。
「あーあーそんなもの買いおって。食事なら用意があるのに」
「いやソース味のものなんか出てこないだろ」
「記者の方がお見えでお待ちかねだ。今日はおまえさんが主役なんだからじっとしていてくれないと困るんだがなあ」
「主役はおれじゃないよ」
 ちらりと本堂の方向に視線を移すと、めざとく気づいて「まあ、そうだな」と頷く。
「とにかくこっちだ」
「法要の当日にしない方が良かったんじゃないのか、取材」
「今朝まで納品を渋ってた輩の台詞じゃないだろう」柏木は笑った。
 柏木に連れられて本堂の裏までやって来ると、そこには数人の人だかりがあった。この暑いのに地味なスーツ姿で、私を私と認めると名刺を差し出してくる。
「横手新聞の浦沢と申します」
「亀湯新聞ですー」
「あおばタイムスと申します」
「月刊美術時間の相澤です」
「ウェブマガジンアーツプラネタの植村です」
 それぞれに渡される名刺に、それぞれに名刺を差し出す。皆奪い合うようにして名刺をさらっていった。苦笑しつつ記者の質問に答えていく。柏木も寺の代表者として一緒に取材に応じた。
「そもそも今回なぜ、どういった経緯で薬師如来像の制作に至ったのか教えてください」の質問に、まず柏木が答えた。
「もう五十年ぐらい昔の話になりますが、私どもの寺に元から存在した薬師如来像は火事で消失いたしました。そのまま年月が経っていたのを、鷹島さんの作品を拝見して制作の依頼をしようと決めたのが十年ほど前になります。私どもの寺では本尊を含む仏像群の公開を七年に一度の百日間と定めておりますので、そのタイミングに合わせて納品していただけないかとご相談したところ、今回のタイミングとなったわけです」
「鷹島さんはご依頼を受けていかがでしたか?」
「依頼はありがたかったのですが、その時の私はあまり作品制作に積極的な時期ではなかったですので、……とにかく時間をいただきたいとお願いいたしました。身勝手な話ですけどね。作れるかどうかもはっきりお返事できなかったので、そこを根気強く待っていただけたのはありがたいと同時に肝の冷える日々でした。納品出来てほっとしております」
「本堂に安置された薬師如来像、事前拝観いたしました。様々な素材が使われているようですが、何が使われているんですか? 技法も合わせて教えてください」
「素材には、本体には樫材を用いています。目が詰まっていて硬い木ですので、造作には苦労しましたがあの硬さが精巧な細工にはうってつけでした。装飾には金属と、陶製の部分もありますね。技法としては溶接と鍛造です。鋳造した部分もあります。素材は主に銅ですね」
「全ておひとりで制作されたんですか? 鷹島さんといえばT大大学院彫刻科の教授であられた藍川岳先生のお弟子さんとして、藍川さんの大日如来像を中心とした立体曼荼羅の制作プロジェクトでリーダーを任されていたのは存じております。あれは大きなプロジェクトで、公開も大変盛況でした。あのような人数を投じての制作スタイルにはならなかったのですか?」
「なりません。全てひとりで制作しました。もちろん、各方面のご専門の方にご助言はいただいたのですが。藍川先生と私は立場が違いますし、人脈も資金力も異なります。それに私は、誰かに指示を出すのは苦手な方です。自分でやった方が早いですので」
「大学で講師までされていた方がそんな」
 みな笑って場が和む。
 ひと通り答え、作品と私を一緒に撮りたいと言われたが、私は作品と作者の像は結び付けぬ方が良いと思ったので、一緒の写真は固辞した。その代わりに柏木が境内を案内しているところを撮るのだと言って一行は移動していった。その群れからひとり残った記者がいて、私は胃の痛みを感じつつあえて微笑んだ。
「相澤さん、お久しぶりですね。まだ『美術時間』の記者でいらしたんですね」
「編集長の辞令をのらくら躱して現場まわりにいさせてもらってます。鷹島くん、元気そうで嬉しい。変わってないなあ」
 と相澤は笑った。この編集記者はかつて私の活動が絶頂期を迎えていた頃から私に注目してよく取材に来てくれていた。尽きない美術論を夜通し語りあった相手でもある。私よりも十歳ばかり年上だが、取材されていた当時の穏やかな人懐こさ(と同時に、鋭い観察眼を備えている)は健在で、年齢を巻き戻されたような気になった。
「宿坊の作品展、こちらも先ほど拝見しましたので。今回はそのお話も伺いたくて」と言う。

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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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