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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 梅雨前線の北上を追いかけるように、梅雨明けとともに実家へ帰省した。トラックで荷物を運んでくれた仲間に礼を述べ、父の倉庫に荷を下ろす。次男の唐突な帰省に母は「まあまあまあ」といつもの口癖で慌て、父は年齢のわりに有り余っている体力を発揮して荷運びを手伝ってくれた。
 兄は結婚して家を出ている。この近辺に新しく家を建てたのだ。妹も結婚し、やはり近場の借家で暮らしている。子ども三人の巣立った家には両親だけが暮らし、父と母で好きに空間を埋めたり持て余したりしていると聞いていた。だから私がいきなり帰っても場所があってありがたかった。
 ちょうど、妹が里帰り出産のために実家にいた。膨らんだ腹で「久しぶり」と言われる。両親よりも誰よりも冷静だったと思う。
「おとうさんたち、ちょうど噂してたんだよ。センセイの作品が仕上がって納品になったんでしょ? 静穏はどうするつもりなのかしらって騒いでたのはおかあさん。わたしならたまには家に帰ってみるかなって思うなあって言ってたところ」
「そうか。嵐、その腹からいつ出すつもりだ?」
「予定ではあと一ヶ月ぐらい先かな。静穏はいつまでいるの?」
「それを親父と相談したいんだ」
 え、もしかしてずっと? 妹の疑問を無視して倉庫に再び顔を出す。母屋へ来たのは母に土産を渡したからだった。S港で買い込んだ海産品を発泡スチロールに三箱分。藍川からの餞別も含まれているとはいえ、これで魚屋がひらけそうなぐらいだった。
 倉庫で父、仏師で石彫家の鷹島酷夜は、私が持参した作品の梱包を解き、じっと見ていた。
「――今夜は酒を飲もうよ」と父に話しかける。
「地酒も買ってきた。肴もたくさんあるから」
「母さんが、原野も呼ばないと、と大騒ぎしている。久々に一家が揃うか」
「いつもは好き勝手してる家だから、たまにはいいんじゃない」
 放浪癖があるのは父がそうなのだ。全国をあちこちしてはその場にある石材で神仏を彫ってきた父。ここ数年は歳だからとこの家から離れることは減ったようだが、旅好きは相変わらずだ。
 いいな、この薬師如来は、と父は言った。
「柏木の依頼品だろう、これは」
「そう。あと少し手を入れたいんだけど、藍川先生のところで制作は終わっちゃったから。先生はこれが完成するまではいていいと仰ってくださったけど、それじゃ先生の制作に差し障るみたいだったし。これで引きあげてきた」
「他にも随分と色々持ち込んだな」
「同時進行で色々と。ここで制作させてほしい」
「期間は?」
「十月十日(とつきとおか)」
 ふん、と父は唸った。
「なぜ?」
「いずれ帰る場所はあるんだ。でもまだそこには帰れない。芸術も生み出すものなら、嵐の腹の中で十月十日とどまるという胎児と同じ月日の分だけ、と自分に宿題を出したんだ。今日から十月十日後が宿題の提出日。藍川先生からギャラはちゃんといただいたから、家賃と生活費は払うよ」
「いらんよ。おまえの実家だ。またいなくなるというなら好きにすればいい。それにこれから金もかかるだろう。……藍川くんの作品は公開を迎えたそうだね。特集を組んである美術雑誌を読んだ。評判がいいらしい。俺も見に行こうと思ってる」
「ああ、ぜひ。先生の本領が発揮されている。貴重な機会をいただいた。学生の時より濃厚な二年間だったかも。先生はこれでようやく荷が降りるって安堵されていたよ。納品したあと、みんなで温泉に行ってきたんだ。最後まで楽しかった」
「羨ましい経験だ。ひとりでは出来ないことだよ、静穏」
「……」
「群れないと出来ないこともあるってことだ。帰れないのも分かるが、いつまでも放置はするんじゃないよ。十月十日と決めたならそれもきちんと伝えなさい」
「……わかってる」
「母さんには俺から話しておくよ。ここの倉庫は好きに使っていい。運が良かった。ちょうどコレクターに作品を持って行かれたところだった」
「ありがとう。おれからもおふくろには話す」
「ああ」
「とりあえず風呂使っていい?」
「好きにしなさい」
 そう言いながら、父はアトリエに戻っていった。運び入れた荷物の中から着替えと剃刀を取り出す。
 久しぶりの実家の風呂場に立ち、真上からシャワーを浴び、鏡の中の私と対峙した。
 髭面の、太い二の腕の、締まった体躯の。
 これがいまの私。
 そう心の中で呟き、シェービングクリームと剃刀を手にした。

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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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